47話 神殿内部 (ピルリパート視点)
意外とここのダンジョンマスターは演出家なんじゃないかな。
本機は目の前に広がるギリシャ風の巨大神殿を見ながら、そんなことを考えていた。
あのラブカを倒して洞窟を抜けた先の空間は、絶景と評されるダイビングスポットにそのまま飛び込んだような空間だったからだ。
いや、どちらかといえば人工的なテーマパークかな?
神殿のなかには宝石珊瑚の森が広がっていて、小型の魚モンスターが泳ぎ回っている。こんな風景自然にはないよねー多分。
神殿内にはわざわざDPを使って太陽光が再現されてるし、ふむ。ダンジョンマスターのこだわりが垣間見えますな。
というか全然襲われないんだけど、もしかしてここ、セーフゾーン?
……なんて都合よく考えたけど、『アンチサーチ』を切ったらあの大量の小魚モンスターに襲われるのかも。
絶景の一部になった魚達が一斉に牙を剥くなんて独創的な造りだなー。
どんな演出があるのかちょっと楽しみになって身震いしたけど、流石にそんな舐めプはしない。
でも、まさかダンジョン攻略でこんな気持ちのいいスポットが見られるなんてねー。融合された皆も本機の中で楽しんでくれていることだろうね!
思い切って水着に着替えようかとも思ったけど、その前に試さなきゃいけないことがあるんだった。
「ダンジョンマスターさん聞こえますかー?」
大声で叫ぶ。すると、すぐに返事が聞こえた。
『……なんだ』
ボソボソ呟くような声。男の低い声だ。
危なかった!
結局始末する相手とはいえ、エグレンティーヌちゃんの身体を借りてるから、勝手に男に見せるなと彼女に殺されるところだった!
「やっぱ見てんじゃん!変態」
本機はダンジョンマスターに怒りを告げる。
『ダンジョンマスターなんだから見てるに決まってるだろう!』
……ダンジョンマスターはDPを払ってダンジョン内を見られる設備を追加できる。区画が少なめのこのダンジョンなら十中八九やっているだろうと思ったのだ。
しかし黙ってずっと見ていたとは、趣味の悪いやつめ!
「ふーんだ!見ていたなら言っておくことは一つだね。本機はあんたを全力で倒すから、持ってる罠全部使ってよね。出し切らずに死ぬのは嫌でしょ?」
『後悔することになる。お前がここに辿り……』
「あー、待った。ネタバレはなしね。即死トラップがあるのかどうかも、楽しみにしてるんだから!もう!」
ダンジョンマスターの決め台詞を打ち切ってやる。
『付き合ってられん』
「あはは。じゃーねー」
通信が止んだ。やっぱり多少は美学を持っているようだね。好感は持てるかもしれないけど、そもそもダンジョン外で人を殺しまくっているような奴だ。遠慮はいらない。
ただ、
やっぱり、ダンジョンを構築するものとして、自分の考えた罠を全部試してからじゃないと死にきれないもんねー。
────本機が現状使える種族スキルは、四人全員分を合わせて12個ある。
サリュちゃんの『五感強化』。『病毒無効』。『アイテムボックス』。
エグレンティーヌちゃんの『硬質化』。『触手生成』『正体秘匿』。
クラリーの『腐食』、『アンチサーチ』。『自己部品複製』。
そして本機の『土同化』、『遠隔操作』、『神経接続』だ。
スキルをこんな風に列挙するだけで楽しい気分になっちゃうんだけど、やっぱり人のスキルを使う感覚は何にも代えられない。
ただ今回借りられたスキルは人間同士の戦いであれば十分役に立つかもしれないけど、モンスターランクの差を簡単に覆すことができるスキルじゃない。
普通なら、DランクのモンスターがCランクのモンスターを勝つには十倍の数がいると言われている……だって相手も有用な種族スキルは持っているんだから。
CがBに勝つにも十倍の数がいるとされているから、DがBに勝つには百倍必要ということになる……ものすっごく単純化したらだけど。
だからほんとは、私達四人分のスキルで勝てる確率はかなり低いんだよね。
ただそれはパパの教えを受けてないモンスターの場合の話だ。格上狩りをするつもりがなければ、世界征服なんて目指さないのだよ!
それにスキルのコンボで強敵を捲くるのも、カードゲームっぽくて好きなんだよね!
本機は二度と見ることのないであろう海底神殿を写真に納め、次はどんな仕掛けが待ち受けているのかとニヤニヤしながら次の区画に進んだのだった。
XXX
しかし、三分後には本機は怒りに震えることとなっていた。
「もーエグレンティーヌちゃんのスキル使い勝手悪すぎ!」
高圧電流に晒されながらも、『アイテムボックス』から武器を次々と取り出しては使い捨てにする。
……デルナタの鉄杭で描いたマップには、区画が大きくわけて四つあった。
あのラブカの部屋に、海底神殿エリア。そして三番目が、この電気部屋エリアである。
通り道全てに常に高圧電流が流れていて、普通の人間にとっては即死級で回避不可の罠!
やっぱりあのマスター余裕ないんじゃないの?!
本機はそのトラップをエグレンティーヌちゃんのスキル『硬質化』によって回避していた……いや、絶賛回避中である。
彼女の『硬質化』は、単純に硬くなるバフではない。身体全体を貝殻と同じ成分にすることができるスキルである。
貝殻の成分である炭酸カルシウムはほとんど電気を通さないから勝ちじゃん!と思ったのだが、全身貝殻にするとすげー動きづらいのだ。
だからそのエリアを回遊するモンスターを動かず倒すために、触れずに道具を扱うスキル『遠隔操作』で、取り出したサリュちゃんの剣やら槍やらを頑張って使って攻撃する。
でも、ただ武器を『遠隔操作』で操ったくらいでCランクのモンスターに勝てるわけない。バリスタも当たんないし、「爆弾」も海中じゃ効果半減だし……。
幸いなのは、『硬質化』のおかげで向こうの電気攻撃も効かないことだ。
そうして状況が膠着してから、既に三分が経ったということだ。
このままじゃいつか精神力が切れるし、動けるうちに『遠隔操作』の鍛錬でもやろっかなーなんて思っていると、突然電気が止んだ。
あまりにウダウダやっているからジリ貧だと思ったのか、応援を呼ぶためにマスターが電気を切ったようなのだ。
大量の大きな魚が、こちらに向かってくる。今までこのエリアは電気が流れていたから侵入できなかったのだろう。
ただ、正直これは本機にとってはラッキーな出来事だった。
「敵が来てからコンセプト変更は美しくないぜい。グラブスドレッド島のマスターちゃん!」
そっちが後出しジャンケンをするなら、こっちも応援を呼ばせてもらうぜ!
「『禁忌は真理に転じたはずなのに』『私の道は二つのまま』『浪漫とは有機的生命を得て疾駆す鋼鉄の蒸気機関車である』『さぁ!神話に革命を起こそうか』『資本主義とは徹頭徹尾、変態のためにあるものなのだから』」
そういって左手で頬に触れる。これは、バトンタッチするための合図なのだ!本当は必要ない合図だけど!
「こんだけ武器が散乱してるんだからさ!かっこよく決めてよね」
そして本機は、意識を手放しつつも、サリュちゃんに激励を送ったのだった。
……それから本機は、サリュちゃんの頭の中で彼女の戦いを見ていた。
彼女は
かっこよく武器を取っては目の前のものを切りつけ、後ろ手にアイテムボックスから投げナイフを取り出すと、それを目眩ましにして剣を敵のエラに突っ込んだ。
普通怪人になったら身体能力の向上に身体が慣れないものなんだけど、サリュちゃんはそんなものを毛程も感じさせず、ずっと冷静に流れ作業のように敵を切りつけていた。
……サリュちゃんはゲームのジョブで言うならウェポンマスターが近いんだよね。何でも使えるし、こうしてアイテムボックスのものを散乱させては、好き放題達人のような妙技を使って戦闘している。
というか戦闘に役立つ魔法も大体使いこなせるから、オールラウンダーってことになるのかな。
あー!今本機の『神経接続』使ってた!実はサリュちゃん羨ましがってたりして!無機物に自分の神経を通して身体の一部みたいにする便利スキルなんだけど、サリュちゃんはそれを完全に戦闘スキルとして昇華しているようだった。
もう!なんで『怪人作成』は融合された素材同士で会話ができないんだろう。エグレンティーヌちゃんとクラリーと一緒に観戦できる機能もついててほしかったな!
そして間もなく、ステータスはさっきまでの本機と変わらないというのに、サリュちゃんは単純な武技だけで敵を殲滅してしまった。すると、彼女が溜息をつきながら自分のほっぺたを触った。
あ、合図、使ってくれてる!優しいサリュちゃんに合わせて、本機は意識をサリュちゃんから再び自分に切り替えた。
「お見事でしたっと」
彼女に感謝をしながらアイテムをしまう。サリュちゃんめ!面倒くさいことは本機に押し付けやがったな!
『さっきの詠唱、加護か』
と、本機がせこせこ落ちた物を拾っていると、ダンジョンマスターから声がかかってきた。
どうやらずっと見ていたらしい。ま、そりゃ見るだろうけど。
「どーかな!教えないよ」
本機はあっかんべーしてその言葉を無視して進んでやった。勘違いしてくれるなら好都合だしね。
けど、その質問は陽動だったのかも。次の瞬間、電気部屋区画が突然ゴゴゴという音をたてて、縦に向き始めたのだ。
そしてすぐに激流が生じ、身体が持っていかれる。いや違う!これ、自由落下だ!
本機、ただ今落下してます!
「最後の区画はこの罠に全部使うの?大胆すぎ!」
廊下の先は本当に何もない円柱状の空間だった。初めて水洗便所に流される気持ちを味わっちゃう!
水の流れる先はお決まり通り溶岩で、壁に手が付いてストップができないよう、かなり広い部屋になっていた。
廃棄場でもイメージしているのか、壁は機械染みた造りになっている。
これ絶対に空飛べないと突破できない神殿じゃん!飛んで泳げて電気通さない身体じゃないと駄目って、ちょっと侵入者に求めすぎじゃないかな!
「あはははははは。でも、あんまり私達をなめんなよー」
すかさずエグレンティーヌちゃんの便利スキル『触手生成』を発動する。飛べなくても、手が伸びたら大丈夫なのだ!
エグレンティーヌちゃんの触手を伸ばした所、壁の抜け穴にまで触手が届いた。元々巨大なエグレンティーヌちゃんに備わっているスキルだからだろうか、20mは先の壁でもへっちゃらである。
……先にマップを作ってなかったら、巨大な空間の中腹に抜け穴があるなんて思わなかったかもしれないけど。
「いやー、楽しかった」
本機は触手で壁にぶら下がりながら、胸をバクバクさせて呟いた。
ダンジョンがそのまま移動するみたいなギミックの後に、即死トラップはいいアイデアかも!
受けた側はスリルが得られるし、仕掛ける側は相手がパニックの内に死んでくれるかもしれないwin-win仕様である。
やっぱ練られた罠もいいけど、こういうドデカイ区画丸ごとスリル満載なトラップっていうのは、ワクワクする。
「彼が死んでも、このアイデアは継いであげよっと」
パシャリ。と記念にその区画の写真を撮る。
あー楽しかった!それじゃ、本機が楽しんで見学できるのもここまでかな。
「次の区画は本機よりもっと楽しめる人がいるからね」
そう言いながら目の前の区画の入り口を見上げる。
そこには禍々しい文様が描かれた、巨人だって通れそうな大きな石扉があった。それは命を賭けた決闘の合図、ボス部屋の証なのだった。
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