46話 グラブスドレッド島の海中洞窟
「ふむふむ。デルナタの鉄杭が通用するなんて、やっぱり情報は足りてないみたい!」
ピルリパートは島の中心にある大きな湖の周辺にまでたどり着いていた。周囲は依然高い樹木に覆われていたが、その湖面だけは陽が指し、キラキラと輝いていた。
正確にはその穴は海水に満ちており、海底ダンジョンへの入り口となっているのだが。
ピルリパートはその周辺の地面に小さな鉄の杭を差し込み、ワクワクしながらその様子を見ていた。
……デルナタの鉄杭と呼ばれたその杭はダンジョン外から中の造りを把握する装置である。以前ジャクリーンに『ラグネルの迷宮』が使われたアレだ。
そこから得られる構造情報に、ダンジョン改築に興味を持つピルリパートは目を輝かせていたのだった。
こうしたアイテムは十年前、神々による代理戦争が始まってから市場へと出回るようになった。杭はその最たる例である。
そして、そうしたアイテムの登場がハンター黄金時代の幕開けを引き起こした要因の一つでもある。
代理戦争に参加しているせこい神々の一部は、他のダンジョンが簡単に潰されることを願ってハンター向けのアイテムを日夜作成している。デルナタという神もその一人だったというわけだ。
「へっへーん。いくら
ピルリパートはカッコつけたニヒルな笑みを浮かべながら、手早くダンジョンマップを完成させていく。
この十年で新しく誕生したダンジョンはそうしたアイテムの対策もしているだろうが、昔からあるダンジョンはまだまだ対策が追いついていない……そもそも侵入者がいないせいで、そうしたアイテムの存在を知らないものも多いのだ。
そしてグラブスドレッド島を統べる存在であるこのダンジョンも、そうしたダンジョンの仲間だといえた。
ピルリパートは続いて描いたダンジョンマップから読み取れることを判別し、その対策を書き込んでいく。
「以外と通路が見やすい位置にあるんだよねー。隠すのが定石だと思ってたけど」
────ダンジョンのルールには、「絶対クリア不可能な配置はできない」という、とても大雑把な決まりがある。
かなりの強制力があり、ウィトも何度か試したが通路を極端に狭くするなどの抜け道も全て潰されている。
具体的な規則があるわけではないのだが、ダンジョンマスターの意識を読み取っているかのように、インチキをしたそばから対策が講じられるのだ。
……ナナヤ女神の傍若無人さと抜け目のなさが良い方向に作用した結果といえるだろう。
「まあでも、深海に耐えられる身体じゃないと駄目で、途中で空を飛べないとダメ、か。クリアさせるつもりはないかな!」
といっても、「絶対クリア不可能な配置」は女神であるナナヤ基準なのか、空を飛べないといけなかったり息が一時間続かないとクリアできないといったようないわゆる「無理ゲー」なダンジョンも許されてるのだった。
そこにハンターが加護というチートを用いて攻略する、というのが従来のダンジョン攻略のバランスなのだ。
……閑話休題。ピルリパートはダンジョンマップに線を引き最短ルートを割り出すことに成功した。
それまでに五分もかかっていない。『アンチサーチ』が刺さったのか、見張りに見つかる気配はまだまだなさそうだった。
「よーし、意外と時間はかからなそうだぞ!……と思ったけど、ボス部屋は不可避かぁ、やっぱり」
ピルリパートは地図を見て溜息をついた。
ボス部屋は、ダンジョンに設置できる設備の一つであり、モンスターを倒さないと通過ができない仕組みになっているタイムアタック泣かせの設備である。
正々堂々戦わなければならない分、今回作戦に参加している非戦闘組の四人には都合が悪い。
「ヘーゼル姉がいたら余裕なんだけどなぁ」
ピルリパートはそうした真っ向勝負において最強の戦力を持つ姉の名を呟いたが、最強の戦力ということはウィトの防衛を任せなければならない。
それがナナヤの巫女の共通認識であった。
(本機がヘーゼル姉くらい強かったらボディガードとしてパパとずっといられたのかなー……萎え)
などと不埒なことを考えつつも、ウィトに喜んでもらうにはこの場を自分達で突破しなければならないのだと、ピルリパートは再び覚悟を固めた。
そして、満点の笑顔を浮かべる。彼女にとって楽しむことこそが、戦闘態勢なのだから。
「そんじゃま、行きますか。せーの!」
そういうとピルリパートは海水に飛び込んだ。
敵地のど真ん中に攻めこんでいる状況だというのに彼女が最初に思ったことは、結構冷たくて心地いいな。ウィトや皆ともダイブしたい、などという陽気極まりない感想だった。
────しかし、敵地は敵地である。ピルリパートがダイブした瞬間、穴に満ちた海水が真っ赤に染まった。よく見るとそれは、壁面に埋め込まれたライトの放つ光だった。
そして、ビーーー!ビーーー!
「うわっ!うるさっ!」
ピルリパートは咄嗟に耳を塞ぐ。
次の瞬間、大きな音でビープ音が鳴り響いたのだ。
「元々ダンジョンに入ったらマスターにはバレるはずだから……ダンジョン内にいる「何か」に、知らせてる感じかな?」
底知れぬ深さの海底に、けたたましい警報の音。真っ当な侵入者であれば、この時点でパニックを引き起こしていただろう。
ピルリパートはそんな中冷静にダンジョン内にある仕掛けの意図を考察する。
しかし、考察もむなしく、数秒後ピルリパートはこのビープ音の真なる目的を知ることになる。
────もし彼女がサリュの種族スキル『五感強化』を借り受けていなければ暗闇に潜むソイツを補足するのはもう少し遅れていただろう。
ゴポゴポと音を立てて下から何かがせり上がってくるそれは、超巨大な
灯りない海底の奥底から、湖面から柱状に続く海底洞窟とちょうど同じ太さのソイツは大口を開けて昇って来ている。
都心に聳え立つビルと同等の質量を持つソレが、全身を煙のようにくゆらせることで速度を生みながら、猛然と迫ってくるのだ。
銀色に光るその姿は、海底火山が噴火し、その灰が舞い上がったかのようにさえ見える。
しかし、その巨大で無機質な目と尖った歯を見たものは、火山灰の方がマシだったとすぐに気づくだろう。それほどその深海サメの顔は恐ろしかったのだ。
……けれど、その巨大さは浪漫を追い求めるピルリパートにとっては興奮材料にしかならなかったのだが・
「うおーでけーっ!すっげー」
ピルリパートは目を輝かせ、水中だというのに声を控えることもせず。ゴポゴポと大量の泡を口内から吐き出した。
「あはは、ロジーナちゃんとエグレンティーヌちゃんみたいにDランクなのに図体が大きいパターンじゃないよね」
そして、次の瞬間には戦いの準備……スキルの発動を始めていた。
巨大な怪物に浪漫を感じる彼女だったが、ヒーローが巨大な怪物を打ち倒す姿にはもっと浪漫を感じるのだ。
「自分でもこんなの使う機会ないだろって思ってたんだけどさ!やっぱやって得する大発明、だぜ!」
ピルリパートは両手を広げると、その背後に黒い穴が現れる。
それはサリュの種族スキル『アイテムボックス』により生じた異空間であった。
『アイテムボックス』そのスキルの凶悪さは名前の間抜けさも相まってあまり人里に知れ渡っていない。
本来このスキルは人間のような高度な知能を持つ存在に与えられることは滅多にない、知力が低いモンスターにだから許されていたスキルなのだから。
強力ゆえ多くの縛りを持つそのスキルだが、それを掻い潜れるだけの知能を持つ存在がそのスキルを使用すると、まるで高ランクの加護のような効果を発揮する。
ピルリパートの背後の暗黒から、木で造られた建造物が現れた────それはよく見ると建造物ではなく、建物と見紛うほどの、極大サイズのバリスタである。
黒い木材で造られたそれは要所を鉄板で補強され、その図体が見掛け倒しでないことを周囲に誇示していた。本来なら水中で無軌道に沈み行くはずのそれは、敵軍の将を見つけたかのように、真正面から巨大なそのラブカを睨みつけている。
そして、その深海サメに負けず劣らずのサイズを持つその兵器は、本来バリスタが鳴らすような機構が噛み合う音ではなく、太鼓を力いっぱい叩いたような音を響かせた。
それはあまりに速い矢が発射される際に大きな波を作り、洞窟の壁面全体に高速の波を打ち付けたからだった。
洞窟で声が反響するように、水に満ちた空間でさえ響き渡るほどの爆音をそのバリスタは鳴らしたのだ。
「はい、ドーン」
そして、上から下に放たれたその矢は、自然落下より遥かに速くラブカの眉間に命中した。
通路全てを埋めているということは、反対にいえば適当に撃っても当たるということなのである。
単純な威力だけでその矢は、数十トンはくだらない巨大生命体を押し返したのだ。
ピルリパートはその威力を見て満足気に頷き、笑みを作った。
……マルガリータが交渉人、ビオンデッタが諜報を担当するように、ピルリパートの役職は発明家である。
といっても、ウィトは重火器の作り方など知らない。彼が頑張って設計図を書いたところで、作成できた兵器は弩が限度であった。
それは既に人間の国で使用されているものであったし、オーバーテクノロジーや知識チートとは到底呼べるものではない。
……しかしそんなものでも、ピルリパートはウィトを信じて作成にニ年の時を費やしていた。そのため発明家としての彼女の発明品はせいぜい10個止まりである。
けれど、そんな再発明は、決して無意味ではなかった。
ピルリパートの作ったバリスタは人間向けに普及したものではなく、モンスターが使用するのに適したサイズ、弦の太さであり、その威力も人間が使用するものの比にならない。
彼女はそんなモンスター規格の武器を数々自作しており、この馬鹿げたサイズのバリスタも、人間社会には……いやエティナに当然存在するはずのないものである。
だからこそ、その矢は全ての知性体の予想を裏切る威力を発揮するのだ。
一度しか放てないその矢の威力は凄まじく、矢のみでも人間百人を束ねたほどの太さがあった。
……しかし痛みに怯む知能すらないのか、あるいはスキルの効果か、激しく血を流しながらも、ラブカはそのまませり上がってきた。
だがピルリパートは、それでこそだとニヤリと笑った。
「よろしい。ならば迎え撃とう!」
彼女が再び両手を広げると、海中の通路に大量の弩が並ぶ。
「早速のコラボ技を受けてもらうぜ。私の『遠隔操作』と、サリュちゃんの『アイテムボックス』の合体技。ゲートオブバビ……は駄目だから、
ピルリパートは手を拳銃の形にすると、「パン」っと撃つ振りをした。水中だというのに彼女のマフラーがはためいているのは、彼女がカッコつけるため簡単な風魔法を発動していたからである。
彼女が引き金を引くフリをすると同時にバリバリバリという音と共に大量の矢が放たれる……実際には二つのスキルを同時に使用しているだけであり技でもなんでもなかったのだが、その火力は確かに奥義と呼ぶに値するものだった。
寸断なく放たれるその矢の雨は水中での威力減衰をものともせず、ラブカの皮膚を貫いていく。
そしてラブカはピルリパートに届く寸前25mほどの地点で穴だらけとなり、息絶え底へと沈んでいったのだった。
「うわ。血の量凄っ。もうここ泳ぎたくないんだけど!あーあ、カッコつけずに毒使えばよかったぁ」
……ピルリパートは血の海となった穴の底を見て、ウゲーという顔をしながらそんな愚痴を漏らす。
しかし次の瞬間には、「あー楽しかった!次はどんな敵がいるんだろ」なんて言いながら、ニコニコと笑いながら真っ赤な海中へと潜っていった。
機械族であるピルリパートは、誕生したときは感情が希薄な方だった。
そのため彼女の人格はほとんどウィトとの時間で培われており、彼女の脳内がお花畑なのはウィトの教えがお花畑なものだったからに他ならない。
しかし、だからこそ彼女は喜楽を覚える度自分の存在が全てウィトのおかげだと実感できたし、それほど教わってない悲しみや憎しみなんて、覚えている暇がないのだった。
「いひひー。パパにあのラブカの写真見せたげよっと。リポップ前に撮らないとね!」
そして、浪漫の止まらない彼女は、ウィトとの談笑に胸を弾ませながら、戦地の最中で死体と自撮りを繰り返すのだった。
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