7話 ダンジョン狩り(ジャクリーン視点)

 その日私、ジャクリーン・スプーンベンダーは新たに誕生したダンジョンの噂を聞きつけ、とある森を訪れていました。私は以前から脚が悪く、車椅子での移動となりますが、魔法制御を身に着ければ多少の起伏や外敵であれば難なく回避することが可能でした。


 「立地は上々……といったところでしょうか」


 良いダンジョンマスターの条件には、運に恵まれているというものがあります。ダンジョンマスターはダンジョンができる土地を選べません。人里近くだと危険視され一瞬で終わりますし、反対に命を定期的に奪わなければならないという特性上、不毛の土地でも一年経てば滅びてしまう。


 理想の立地は弱くて愚かな魔物が繁茂した土地。


「ま、そんなところはダンジョンが完成する前に大抵人の手が入り込んでいるものですが」


 この森は、ボードリッタというありふれた宿屋町の南東にあたります。ボードリッタは過去、馬鹿な王様がとっても賑わっていたブループリンセスという町をコピーして作った町です。ま、町の賑わいは形状で決まるわけではありませんから、一瞬で廃れたのですが。けれど、近場に交易に重要な港ができたおかげで立ち直したようですね。心底どうでもいいことですが。


 ここを上々な土地であるとした理由は、生息している魔物は、新米ダンジョンにとっては対処しきれないほど強いものの、いないわけではないからです。ここにいる驚異的な魔物はDランクのウォーハウンド。同じくDランクのハルクスパイダー程度です。あとは……鳥型のDランクモンスターであるオニバードくらいでしょうか。


 こいつらは確かに新米ダンジョンマスターが召喚するGランクモンスターでは到底敵いませんが、上手く罠を配置すればむしろ、。つまりシステム構築が上手くいけば大きくなれる可能性がある立地です。


 まず、何も知らない新米ダンジョンマスターが適当に使用したDPが罠極振りの可能性が10%くらいでしょうか。極振りでも、くだらない罠……落とし穴だとか棘床ならDランクモンスターは狩れませんから、もっと確率は下がって5%ほどでしょうか。


 けれど反対に、その5%を引ければ後はどれだけダンジョンへモンスターを連れて行くかの勝負ですし、一年以上保たれるダンジョンが1%にも満たないと言われていることを考えればそれなりの立地ではないでしょうか。


 それに、人があまり立ち入らない場所ですので、ダンジョンの罠配置が上手くいきモンスターが狩りまくれて、人間にもずっとバレないという薄い線を引ければ、Aランクダンジョンの仲間入りが出来る可能性だってあります。

 

 「ま、だからそうなる前に私が来たのですが」


 独り言と同時に溜息を吐いた。せっかくいい立地を得られても、そういうマスターを狙う私のようなものがいるというのがダンジョンマスターにとっても辛いところですね。


 「さて、この辺りのはずなのですが……」


 そこには一面の森と切り立った岩壁が広がっていた。私がこんな何もない土地に訪れた理由は、新しいダンジョンが出来たかもしれないという話を姉妹から聞いたからである。


「明らかに近隣のモンスターではないモンスターの目撃情報。ま、新設ダンジョンの代名詞ではありますが」


 年に幾つのダンジョンが誕生するのかを正確に測れたものはいないでしょうけれど、ダンジョンが生き残り続けることがどれだけ珍しいことであるかは歴史が証明しています。数百年保たれているAランクのダンジョン数は全世界合わせても30に満たないといいます。


 けれど、反面新しいダンジョンが出来たという話は頻繁に聞きます。ダンジョンは最初が最も脆い。そこを乗り越えることができるかどうかが重要なのです。


「あら。ここがそうですか。というか、無駄足にならずに済んでよかったですね」


 岩壁にある横穴。覗いてみると中は煉瓦造りの廊下になっているようでした。


「初期設定のまま……あまり外見にはこだわらない方なのか、DPを徹底して温存することができるリアリストなのか。それに血の匂いがします。少なくとも、引きこもりダンジョンではないようですね」


 けれど、その割に周辺には死体がなかったような……。しかし、その疑問はより大きな新たな疑問に上書きされてしまいました。


 入り口に、でかでかとエティナ語で「入ったら問答無用で命を貰う」という旨の注意書きがしてあったのです。


「エティナ語……新米ダンジョンマスターが言語スキルを優先的に取得した?現地の人間と交友することを夢見たのでしょうか。一度も人里に行ったことがなかったんですかね?それにこの記述……武人気質なのか、失命を匂わせることで人を遠ざけられるとでも思っているのか……。いや、人を殺したくない?」


 どの仮説もどこかしっくりきませんでした。そもそも、ダンジョンマスターになるためには、ある程度素質が必要なはずです。私に偉い神様の気持ちは分かりませんが、神様の目的を考えれば、より多く殺せる人間をダンジョンマスターにするはずです。


「これは、油断させるための罠と見るべきでしょうね」


 私はそう結論づけて、ダンジョンの調査を開始しました。今どきのダンジョン探索は進んでいて、対策をしていないダンジョンであれば外からでも道具を使って構造程度は把握することが可能です。


 確認したところ、廊下は全て微妙に登り坂となっており、30mほどの間隔で曲がり角があるようでした。入り口を除けば全てが左回りのため、四角錐上の形をしたダンジョンのようです。階段がないので、車椅子に優しいダンジョンですね。ま、車椅子の女が攻め込んでくるなんて今日私と相対するまで思わなかったでしょうが……。


「とても賢いダンジョンマスターであることは読めましたが、この立地でこの形状?やはり、武人なのでしょうか」


 ダンジョンが取れる戦略は無数にありますが、生き残れる戦略となると、数種類に絞られます。そして、これは明らかに生き残れるダンジョンです。一本道でありながら、曲がり角が多いため直線で出せるはずの速度が出せず、魔法の通りも悪くなる。傾斜をつけることで常にリポップする側が地の利を確保する。


 うん。悪くない設計思想です。相当考え抜いたのでしょうね。これは、初めてが出るかもしれない。そう思って、私は頬を思わず緩めました。


 しかし、解せないのはこのDランクモンスターが跋扈する森で、罠ではなく肉弾戦を取るタイプなダンジョンだということです。罠を使えば楽に狩れるのに……やはり、戦い好きなのでしょうか。


 ある程度どういう攻め手で敵がやってくるのか予想した後、私はそのダンジョン内に侵入しました。しばらくすると、向こうからアクションがあるはずです。


 そう長くもない時間の後、予想通り曲がり角の先から「おーい」と声が聞こえてきました。私はか弱い女子に見えるよう笑顔を作ります。


 角から出てきた男は警戒がまるでないような笑顔で声をかけてきました。まだ十代に見えます。悪意の滲んだ箇所のない真っ白な笑顔なのに、どこか頼りにならなそうな雰囲気を感じ取ってしまうのは、彼の見た目が幼いからでしょうか。


 彼は武器を持っていないと主張するためか、両手を挙げていました。全裸ではないのは偉いですね。ダンジョンマスターなんて滅多に人と関わらないし、関わるときは殺し合いですので、服を着ることを忘れるほど見た目を重視しない人を今まで何人も見てきましたから。


 「俺、ウィトっていいます。あのーそれで、どうしてこちらにいらしたのでしょうか?」


 「ご丁寧にありがとうございます。わたくし、ジャクリーン・スプーンベンダーともうします。近くの町に住んでいるのですが、森にダンジョンが出来たって聞いて、どんな方がダンジョンマスターなんだろと思いまして……。中を、見せていただきたいんですけどよろしいですか?」


 もちろんこの世のどの村にもそんな無意味な生贄制度のような風習があるとは思えませんが、人間社会を知ることができないダンジョンマスターにはこんな嘘が通ってしまうのです。私がそういうと、ウィトはこの世全ての悩みが雲散霧消したかのように晴れやかな笑顔を作りました。


「そうだったんですか。是非上がってください。あ、車椅子お持ちしますね。斜面、ここまで大変だったでしょ?」


 そして、私の許諾を得る前に車椅子の持ち手を掴んで押し進めてしまいました。


「僕突然ダンジョンマスターになってしまって分からないことばかりなんですよ。いやー、初めて人間のお友達ができそうでよかったです」


「そうなんですね。何が分からないんです?」


「何もかもです。罠とかモンスター創造とかさっぱり。生き残るのにやっとですよ」


 そんな他愛のない会話を数十分もしていると、わたしとウィトさんはダンジョンの中腹に差し掛かろうとしていました。しかし、私があまりにも核心をつく行動……敵対や、安全の要求をしないため、ウィトさんは思考の堂々巡りに入ってしまったようでした。私はそんな冷静を装っているウィトさんの焦りを見抜いていました。


「聞いてますか?ウィトさん。好きなグローブの形状を聞いているんですが」


「へ?あ、そ、そうでしたっけ。特にないですけど、無難なショーティーがいいですね」

 

 もちろんそんなことに一切合切興味はないのですが、敵か味方か分からない存在に必死で話を合わせているウィトさんが滑稽で、少々意地悪をしていました。

 

「いつ殺してくれるのかなぁ?って思っているでしょ?」


「へ?何のことです」


 ウィトさんは裏返った声で言いました。我ながらグッドタイミングでした。割りかし駆け引きが上手そうな彼の動揺を引き出すことができました。


「不用意に武器を持たず近づいてきたのも、私の油断のためでしょう?けれど、殺すつもりじゃなく、殺されるつもりでいらっしゃった」


「もー怖いことばっかり言わないでくださいよ」


 私が詰めると、彼はすぐに冷静さを取り戻したようでした。けれど、私も世間話にはすっかり飽きてしまいました。本当の攻略ならこのまま案内してもらうのですが、今回は試験ですので。


「それも何度も殺されるつもりでしょう。一度だけじゃ私が油断しないと思っているから」


「ふざけたことばかり言っていると、帰ってもらいますからね!」


「いいですよ。このまま黙っていれば、コアルームに到着してしまいますが」


 そう言うと、とうとうウィトさんは黙ってしまった。


「いい作戦だと思いますよ。申し訳ございませんが、先にダンジョンの形状を調べてしまったんです。ウィトさんはダンジョンの形状的に何度も殺されて消耗させるおつもりなのでしょうが、序盤はコアルームから遠くて効率が悪いですから。どうせ私を殺すつもりなら世間話でもして情報を引き出しておくべきでしょう」


「あのー玄関まで送りますし、お土産も持たせますのでちょっと帰ってくれませんかね?」


 そういって車椅子を方向転換させようとしたウィトさんの手を掴んで止めた。


「あのね、ウィトさん。あなたは馬鹿のフリが下手すぎます。この状況で武器も持ってこないような馬鹿を演じるつもりなら、もっとみっともなく私を責めたてて、自身の置かれた状況を問いただすべきなんですよ」


「畜生!なんで俺がこんな目に!」


「遅いですっ!」


 こんな状況でユーモアを出してくるだなんて驚きました。何か秘策でもあるのでしょうか。


「それに、こんな仄暗い廊下で女の車椅子を勝手に押すような横暴な人柄と、入り口の注意書きも、温和な口調も矛盾しています。まあ、私は知識の面で有利なので、化かし合いで負けるはずもありませんが」


 私が探偵ごっこを終えて振り返ると、彼は音もなく頭を地面に擦りつけていた。どこの文化かは知らないが、それが最上級の懇願だということは簡単にわかった。それにやけに慣れていることも。


「…………最後に、お願いです。見逃してください。人を殺したことはないんです。殺すのも、殺されるのも嫌なんです」


 私はそのセリフを遠い昔に吐いた誰かさんを思い出して、思わず笑ってしまいました。

 

「申し訳ございませんが、それはできません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る