8話 決着(ジャクリーン視点)
ゴンッ、と衝撃と共に大きな揺れを感じました。
私の停戦協定を突っぱねた言葉が終わるか否かくらいのタイミングで、ウィトさんが私の車椅子のタイヤを蹴飛ばしたようでした。こちらが完全に背後を晒しているのだから、首でも締められるかと思っていました。完全に外されてしまいましたね。
不意をついたのだから、次こそは弱点をつかれるかと思ったのですが、彼はなんともう一撃を車椅子のタイヤに食らわせました。
「どんだけ復活前提なんですか!先に移動手段を狙うとか、陰湿!陰湿です!」
私が口撃しても彼は悲しそうな顔をして、車椅子への蹴りを繰り返しました。はあ、ノリが悪い。本当に人を殺したくないのだということは、顔にそのまま書いてありました。
「『金の布』『怒りのエクリチュール』『天の嬖人ラクウィプへ』『トマトスープ』『カツオの香草焼き』」
火魔法の簡単な詠唱を唱える。すぐに火球がウィトさんを包み込みました。
「でもね、ウィトさん。殺さなければ殺されるんです。そうですね。私はもう十人殺しましたよ」
この発言を聞いて、少しでも彼が罪悪感を失って、やる気を出してくれればいいのですが。
それに……と、ウィトさんが燃え尽きたことを確認してから呟いた。
「そんな風にされると、私もやりづらいんですよ」
お願いです。見逃してください。人を殺したことはないんです。殺すのも、殺されるのも嫌なんです。そういったウィトさんと、昔の自分が重なる。ま、私はその時、ダンジョンに侵入する側、殺す側で言ったのですが。
いけない。感傷に浸っている場合ではない、こちらは移動手段を潰されたのでした。
「やりやがりましたね……。はあ、長い戦いになりそうです」
車椅子を直すなんて器用な魔法はありませんが、ちょっと浮かす程度ならできます。車椅子を捨てることも考えたのですが、動かない脚を引きずって飛翔する自分は気に入らなかったので、やっぱり車椅子にのって飛ぶことにしました。
それからは、他のダンジョン同様、全裸で特攻してくるウィトさんを待ち構え大火力の魔法で消し飛ばし続けました。魔力切れ狙いなのでしょう。少しは角で待ち構えたりしてよさそうですが、あまりにも徹底しています。確かに魔力は消耗しますが、精神的な面では気楽でした。
そういえば、彼の胸に何かアクセサリーのようなものが埋まっていたことも気になりました。体内に埋め込まれるなんて呪いの装備以外になさそうですが……。
「しかし、ステータス振りがよくありませんね。恐らく攻撃にはDPを使用しているのでしょうが、もう少し魔法防御に振るべきでは?というか何故今振っていないのでしょう。そんなに余裕がないのですかね」
何やらきな臭い匂いはするのですが、なかなか秘策を出してきませんね。私もこのまま炎魔法を使い続けてもよいのですが、余裕ぶって消耗すると負けちゃいかねませんので、こちらもカードを切りましょうか。
ウィトさんが近づいてきたときに、今までとは異なる魔法を発動させる。
『豚の油を浴びる者。子を背負い川を渡る者。その全てに熱い悦びの泥濘を』
睡眠魔法。あまりメジャーでないこの魔法は、ダンジョンマスター特権の即時復活を前提とした戦略を取っているダンジョンに対しては非常に有効な手段です。そして、私の得意技でもありました。
あらゆるダンジョンには弱点……攻略法があります。例えば、初心者ダンジョンマスターの中には、通れないくらい罠だらけの廊下を配置して、突破できないと勘違いしてしまう方も多いのですが、ダンジョン探索者は罠の解除ができてしまうので、あっけなく敗れてしまいます。同じように、ダンジョンマスターのゾンビアタック頼りであれば、精神汚染系の魔法で難なく突破できてしまうというわけです。
結果として残っているダンジョンの多くは、罠もダンジョンマスターによる波状攻撃もモンスターも全部やるというところが多いです。1つに頼っていては1つの技で返される。つまり、こうしてモンスターを全く配置せずいるようなダンジョンなら私程度の技であっても、攻略できてしまうというわけです。
「それにしても、やはり自身の強化にDPを消費していたのでしょうか。しかし、複数のモンスターに攻められれば自身の強化のみでは危ういでしょうし、ダンジョンはそれほど開放せず500DPを貯めていたと考えるべきでしょうね」
500DPを納めさえすれば、ダンジョンの入り口を閉じている限り死ぬことはないですし、いかなる術であっても閉鎖中のダンジョンに入ることはできません。
「もう少し、張り込みしてから入ってみればよかったかもしれませんね」
今回のダンジョンマスターもこの程度であれば協力者にはなり得ないでしょうね。なかなか優しそうな人だったのですが……。
「私に一太刀も入れられないようじゃ、あと一年も残れないでしょうし。せめて、眠っている間に殺してあげましょう。……なんて、言っていれば」
最上階についたようですね。そこには、木で出来た優しい雰囲気の扉がありました。居住空間でしょうか。最後まで奥の手はなかったようですね。そう思って、扉を開けました。
「何、ここ?」
驚愕のあまり声を漏らしたのはダンジョン攻略で初めてだったかもしれませんでした。今まで外装に気を使っていなかったくせに、急にファンシーな部屋に入ったというのが一つ目の驚きでしたが、最も驚いたことは、入った瞬間入り口にバリアが貼られたことです。
「ボス部屋?」
ボス部屋の利点は一つ、どちらかが死ぬまで出られないというだけ。今までは入ってくるなという設計のダンジョンだったくせに、急に逃さないと言われたものだから、面を食らってしまいました。けれど、驚きはそれだけでは終わりませんでした。
「ユニークモンスター?」
ユニークモンスター……、ランクアップした際に、何らかの条件を満たし特別な姿に変じた個体。部屋の中にいたのは一度も見たことのない白いゾンビでした。
全身が灰のように真っ白で、顔はなく、口にも縫い後のようなものがあります。それに驚くことにそのゾンビは黒いドレスを着ており、その動きはとても人間らしかったのです。身長は平均的な女性と同じくらいでしたが、胸の大きさに対してあまりに身体が細く、触れれば折れそうなアンバランスさを感じました。
戸惑う私に反して、そのゾンビはまるでマニュアルでもあるかのように行動を始めました。腕をこちらに伸ばしたかと思うと、その腕が千切れて私の方に飛んできたのです。
「……ッ!」
飛んでくるものを咄嗟に避けられたと思えば、瞬間、飛んだ腕が爆発しました。これは完全に予想外のことで……そもそも腕が飛んでくる時点で予想外でしたが、まさか何もしてないのに肉が飛び散るなんて思わないでしょう?
しかし、当然無意味に爆発するはずはありません。私はすぐに自分の身体にできた見たことのない赤黒い斑点ができていることに気づきました。それは知らない症状だったものの、病毒だということはすぐに分かりました。
『蠍よ。あなたの尾は白く輝ける夜天の王ナンナニールに似る。蠍よ。あなたの鋏は雄牛の神アバイティの角に似る。我を許し、傷を炙りたまえ』
咄嗟に詠唱して毒を打ち消しました。見ると、ゾンビの手がみるみる再生していて、既にもう片方の手で発射する準備がなされていました。なにそれ!マスターに反して殺意が高くありませんか!?
確信しました。あの病毒は解毒が遅れれば、死ぬ。
「ごめんなさい!遊んでいる場合ではなさそうです!」
私はとうとう、最終手段を使用しました。ダンジョン攻略をするうえで、あまりにアンフェアだから使いたくなかった手段でもあります。
モンスターにもGランクからAランクがあるように、アイテムにもGランクからAランクがあります。モンスターにおいてもアイテムにおいてもランクの差は絶対で、勝負になればランクの高いものがほぼ確実に勝利します。それだけでなく、ランクが一つ違うアイテムを持っていれば、ほぼ圧勝できると言われています。
……ここ最近新しい大きなダンジョンが出来ない理由一位はこれですね。どこの国もAランクのアイテムを一つくらいは持っていますから。本当に国が困れば、ダンジョンなんていつでもどうとでもなるということです。と、いうことで私は虎の子のAランクアイテム『デニーバジの祝杯』を車椅子の下部から取り出しました。
詠唱も必要ありません。
それを掲げると、白いゾンビは眠りにつきました。『デニーバジの祝杯』の効果は、高性能広範囲の無制限催眠です。発動すれば、並のダンジョンであれば、コアルームまで直行できてしまうほどのイカれた性能のアイテムです。
ゾンビが眠ったことを確認して、私は落ち着きを取り戻しました。それにしても、このモンスターはなんでしょう。不死族っぽいですが、手足が飛んでいくなんてモンスターはいないはずですよね……。
その時、後ろでドサリとしたがした。刹那、刃が振り下ろされました。私は咄嗟に隠し持った短剣でそいつの首を飛ばします。
「非戦闘員の方ですかね?機械族のモンスターが隠れていたとは」
機械族など一部のそもそも睡眠が存在しない生物には『デニーバジの祝杯』も効果がない。そのモンスターもユニークモンスターのようでしたが、戦闘用ではないようでよかったです。その不意打ちはいかにも初めてといった感じで、純粋な不意打ちの腕前ならあのダンジョンマスターの方がうえなくらいです。
そうして、私は一応機械モンスターの潜伏兵を警戒して周囲を探索しました。すると、あちこちにモンスターが隠れていることが分かりました。普通に攻略すると骨が折れそうだなと思うくらいには、集団戦を心がけているようでした。
そして、何より驚いたことは全員ユニークモンスターであったことです。これは単純な確率で考えればありえないことで、手品の種が存在するということになります。
「合格ですね。ようやく見つけました」
私はコアルームに入ってようやく一息つきました。私に命の危機を感じさせ、『デニーバジの祝杯』を使用させるということは、そこいらの中堅ダンジョンを圧倒する実力を秘めているということです。私はコアルーム侵入の音を聞きながら、コアに触れました。
「こちらは預からせていただきます。なかなか良いダンジョンでしたよ。ユニークモンスターに、肝の座ったマスター。悪いようには、しませんから」
最後の勝ち名乗り。その瞬間でした。
「ごめんなさい。本当に殺したくなかったんです。でも、コアが壊れちゃうと、みんな死んじゃうんです。俺はみんなを守らないといけないんです」
コアから這い出たウィトさんが、見てるこっちが吐きたくなるくらい怯えきったかわいそうな表情で手にナイフを握りしめ、私の左胸を突き刺していました。脳内に様々な疑問が湧き上がります。
眠っているはずのウィトさんがリポップした?どうして?タイミングよく野生のモンスターが入ってきた?そんなはずはない。いくらなんでもタイミングが良すぎる。数秒考えて、ようやく合点がいきました。
「殺してもらったのですね」
あらかじめ、部下に自分を殺すよう命令していたのですか。精神汚染系や捕縛への対策として。
「最後に教えてください。どうやって、私がコアに触れるタイミングがわかったのですか?コアルームに来る途中、伝令に向かったモンスターは一匹もいませんでしたが」
私があまりに淡々と質問するものだから、ウィトさんも混乱しているようでした。
「……スライム系のモンスターにお腹のなかにいてもらったんです。それで、コアルームの警報と連動して、俺を殺すようにと」
なるほど。古今東西探しても、そんな自分の命をなんとも思っていない戦略を取るマスターはウィトさんだけでしょうね。これは、文句なしに合格でしょう。なんせ無名ダンジョンのマスターが、私の心臓を突き刺したのだから。
「でも、残念です。下半身を刺していれば、殺せたかもしれないのですが」
私は自分の上着を一枚、破ってみせました。なかのブラウスを見て、ウィトさんの顔が驚愕に歪みます。私のブラウスには血が一滴も滲んでいなかったからです。
そもそもウィトさんは前提が間違っていたのです。ずっと人を殺したくないとか、殺したことないとか言っていましたが、私は自分が人間なんて一度も言ったことありません。ジャクリーン・スプーンベンダー。下半身のみが人間で、上半身はゾンビの怪物。
「ウィトさん。ウィトさんの狙い通り、最後の最後は油断してしまいましたが、化かし合いは……やっぱり私の勝ちです。さて、今日はもうお疲れでしょう。申し訳ございませんが、今は少しだけおやすみください」
そういって私は睡眠魔法をもう一度発動した。そして私は、眠ったウィトさんを抱きかかえながら、ユニークモンスターだらけなダンジョンの攻略を達成したのでした。
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