9話 初めての侵入者
その日は朝から何故かモンスター達が静かだった。そんな時、コアに表示されている侵入者カウンターが動作したことを見張り役のビオンデッタが教えてくれた。
「サリュ。匂い分かるか?」
やたら、歯並びのいいアナグマのモンスター、コロコッタとなったサリュが首を左右に振る。つまり、知らない匂いだということだ。
「とうとう人間が来たかな」
用意してあった毛皮を身にまとう。ま、人間じゃない可能性もある高いと思うが。
「みんなは教えてあった作戦通りにね」
モンスター達に言いつけると、俺は長い廊下を走って下っていく。このダンジョンは軽度の斜面があり、以前魔牛と対峙していた時にしたようなゾンビアタックに最適な形状となっている。相手に遠距離攻撃持ちがいた場合を備え、俺が走るペースを維持できる程度の直線を残しつつ、角を増やしている。角待ちもできるから待つ側には相当有利な地形のはずだ。
このダンジョンはなんと、魔牛の呼吸を止めたクラリモンドが設計をした。彼女はどうやら軍略などが好きなようで、地球の戦争であった作戦や兵法を教えると、喜んで色々なことを考えてくれた。
「おーい」
声を出しながら向かう。突然登場すれば攻撃されるだろうからな。服は着ているが、動物の毛皮という野生丸出しの格好をしてしまっているし。
「俺、ウィトっていいます。あのーそれで、どうしてこちらにいらしたのでしょうか?」
ウィトというのは憂人の名をもじってつくった偽名である。魔法のある世界だと本名とか教えるとなんか危なそうだから作成した。断じて異世界の雰囲気に合わせたかったわけではない!
「ご丁寧にありがとうございます。ジャクリーン・スプーンベンダーともうします。私、近くの町に住んでいるのですが、近くにダンジョンが出来たって聞いて、どんな方がダンジョンマスターなんだろと思いまして……中を、見せていただきたいんですけどよろしいですか?」
そう言って女性が頭を下げると、鴉の濡れ場色の長髪がはなりと垂れた。最初はダンジョンを破壊するために来るのだから屈強な男だと思ったが、眼の前にいるのは、車椅子の20代前半の女性だった。……というか、日本人?日本人だとすれば、テレビに出ていてもおかしくない美人だが、異世界人というのはみんなこんな美人なのだろうか。目鼻立ちがくっきりしたどちらかといえば西洋よりの顔なのに、どこか幼さを感じるところや、幸の薄そうな笑みが日本人ぽさを感じさせるのだ。
そもそも、車椅子でどうやってこの魑魅魍魎が跋扈す森を超えてきたんだろう。何らかの魔法パワーがあるのだろうが、それを馬鹿正直に聞くわけにも行かない。
俺はとりあえず相手のペースに合わせて笑顔を作る。昔に新書で読んだことだが、笑顔が友好を示さない文化圏は地球上になかったそうだ。ここまで顔の構造が似ているんだから、異世界もそうだろう。
俺の作戦はこうだ。まず、一番いい状態は情報だけ引き出してお帰りいただくこと。次に情報がなくとも帰ってもらうこと。人を殺す覚悟は正直、ない。一応入口にはわざわざDPを使用して言葉を学び注意書きをしてあるが、それで殺されるのは自己責任だなんて言うほど図太くはない。だが、友好関係を築けない人間を最奥に招くことはできないので、敵対するなら早めにしておくべきだ。
「そうだったんですか。是非上がってください。あ、車椅子お持ちしますね。斜面、ここまで大変だったでしょ?」
ということで、この場合俺が取るべき策は、「馴れ馴れしい馬鹿のフリをして近づき、さっさと仲良くなるか油断して殺される」ことだ。殺されればそれから戦闘態勢を取ることができる。
正直このとき俺は、そんな作戦を取れば、すぐに殺されるだろうと思っていた。十中八九相手は凄腕の戦士だと分かっていたし。というか、怪しすぎるのだ。注意書きまである横穴に、ダンジョンと分かっておきながら車椅子で入ってくるなんてどうせ裏がある。車椅子が必要なことだって嘘の可能性さえある。背後を取ったらすぐに襲いかかってくるだろう。武器だけはどんな種類か見逃さないようにしなければ。そんな考えだった。
けれど予想に反して、スプーンベンダーさんは一切こちらに警戒心を向けてこなかった。そんなことがありえるのか?頭の中はハテナだらけだった。ダンジョンが物騒な組織なだけで、実は異世界はよっぽど平和な世界なのだろうか?でもダンジョンってそもそも人を殺すための設備だよな。何か裏技があってダンジョンマスターは人を殺す必要がなくて、共存しているとか?だとしてもここまで無防備になるか?などなど、様々な疑問が渦巻いた。
「僕突然ダンジョンマスターになってしまって分からないことばかりなんですよ」
当初の計画では友好的であれば情報を引き出すつもりであったが、ダンジョンの戦略的なことまで聞いてしまうと本当に友好的な勢力だった場合、無用な心配をさせてしまうので、結局世間話ばかりになってしまう。
他愛のない会話を繰り返していると、あっという間にダンジョンの真ん中辺りについてしまった。俺はこのまま彼女をコアルームに通していいかを迷っていた。というか、客間を作っておけばよかったと後悔していた。そこでやり取りをして帰って貰えばいいからだ。コアルームにたどり着く直前にちょっと片付けますといって作らせてもらえば一応コアから遠ざけることはできると思うが。
そんなことを脳内で考えながら会話をこなすと、スプーンベンダーさんがぽつりと呟いた。
「いつ殺してくれるのかなぁ?って思っているでしょ?」
正直不意をつかれた。襲いやすいように、
俺が焦って否定しても、彼女の語りは止まらない。
「いい作戦だと思いますよ。ウィトさんはダンジョンの形状的に何度も殺されて突っ込むつもりなのでしょうが、序盤はコアルームから遠くて効率が悪いですから。どうせ私を殺すつもりなら世間話でもして情報を引き出しておくべきでしょう」
「あのね、ウィトさん。あなたは馬鹿のフリが下手すぎます。この状況で武器も持ってこないような馬鹿を演じるつもりなら、もっとみっともなく私を責めたてて、自身の置かれた状況を問いただすべきなんですよ
「それに、こんな仄暗い廊下で人の車椅子を勝手に押すような横暴な人柄と、入り口の注意書きも矛盾しています。まあ、そうやって侵入者にも責任を負わせたいという思考は好感が持てますがね」
こうして彼女が俺の全てを丸裸にしている間も情けない俺はどうにか殺さずに追い出すかで頭がいっぱいだった。
「…………最後に、お願いです。見逃してください。人を殺したことはないんです」
そして、最後は、きちんとお願いするしかないという結論に至った。
「申し訳ございませんが、それはできません」
そこまで言ってもらってようやく、俺はモンスター達を守るために人を殺す覚悟を固めたのだった。
その後はいつも通り復活して焼かれてを繰り返していたのだが、どこかのタイミングで意識が遠のいていくことを感じ、彼女を通してしまうことになったのだった。
しかし、一応してあった催眠対策が効果を発揮した。あの魔犬を倒した戦法から編み出した、一人の相手につき一回しか通じない奥の手である。
「……預からせて……ます。なかなか……でしたよ。ユニークモンスターに、……。……しませんから」
何かが聞こえる。コアから復活してすぐ聞こえるということは、俺のモンスター達が倒されてしまったということだ。そんなに痛い思いをしてなければいいが。
しかし問題は、スプーンベンダーさんがコアに触れてしまったことだ。このまま彼女が力を込めてしまうと、俺も、13人のモンスター達も死んでしまう。
けれど、俺はなんとなく彼女が悪い人じゃない気がしていた。かれこれ30分くらい話して分かった。彼女は金や経験値のような物質的なものを求めて狩りに来ているわけではない。何かもっと、大事なものを求めているんだ。それこそ、俺にとってのモンスター達くらい大事なものを……。
けれど、やはり俺も大事なものを守らなければいけない。せめて、スプーンベンダーさんの怒りも全部受け止めようと思って目を開けたまま彼女を刺した。
「ごめんなさい。本当に殺したくなかったんです。でも、コアが壊れちゃうと、みんな死んじゃうんです」
俺は、その肉を割くあまりに薄い感触に、吐かないよう必死だった。けれど、彼女はどこにも焦った様子がない。
「でも、残念です。下半身を刺していれば、殺せたかもしれないのですが」
そういった上着を破った彼女のブラウスを見ると、そこには血が一滴も滲んでいなかった。
「ウィトさん。ウィトさんの狙い通り、最後の最後は油断してしまいましたが、化かし合いは……やっぱり私の勝ちです。さて、今日はもうお疲れでしょう。申し訳ございませんが、今は少しだけおやすみください」
俺はその心地よい声を聞いて、ようやくそこまでひどいことにはならなそうだと確信し、同時に人殺しにならずに済んだと安堵したのだった。
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