10話 ユニークモンスターって?

「ようやくお目覚めですか」

 

 目を覚ますと、やれやれと頭に手を当てているスプーンベンダーさんがいた。どうやら彼女がベッドに寝かせてくれたみたいだ。お礼を言おうとしたが、彼女は俺達の命そのものといえるダンジョンコアを横に置き、ずっと手をかけたままだった。……どうやらさっきのは無効試合というわけにはいかないようだ。


「……完敗でした。先程は刺して申し訳ございませんでした」


「いえいえ、こちらこそ突然押し入りましたので、いいっこなしですよ。そんなことより先に、あの機械族のユニークモンスターと呪具族のユニークモンスターを大人しくしていただけますか?」


 スプーンベンダーさんが冗談めかして言った。口調の堅さの割に態度はフランクなんだよな。この人。


 スプーンベンダーさんが目をやった先を見ると、二人のモンスターがずっと彼女を威嚇していた。うちのモンスター達の中でも睡眠を必要としない二人だから、眠らせてくる魔法に負けず警戒していてくれたのだろう。スプーンベンダーさんがうちのダンジョンコアを人質にしていなければ、今すぐにでも襲いかかりそうな佇まいだ。


「デリラ。ピルリパート。彼女は客人だ」


 俺が告げると、二人はこちらに向かってきたので、頭を撫でてやる。心配をかけてしまったようだな。


「デリラさんとピルリパートさん?はなんという種類のモンスターなのです?」


 スプーンベンダーさんはこちらの命そのものともいえるコアを抑えている割には、やたらと落ち着いていた。間違いなく命のやり取りには慣れているのだろう。とはいえ、緊張して怒鳴られるよりは落ち着いた経験豊富な人の方が頼りになる。……たとえそれが、命をかけた取引であっても。


「デリラはお察しの通り呪具族で、アニメイテッドブックという種です。ピルリパートは、デコレーションパペットですね」


「ふむ……。やはり聞いたことない姿ですね。種族名から大体のことは分かるとはいえ……。このユニークモンスターの数は驚異ですね。ダンジョン内に13体のモンスターを確認しておりますが、いずれもユニークモンスターでした。狙って生み出せるものではありませんし、このダンジョンはどのようにして配下のモンスターの育成を?」


 スプーンベンダーさんは本当に不思議そうな顔をして言った。けれど、不思議なのは俺の方である。


「そもそも、ユニークモンスターってなんですか?」


 なんで知ってる前提なんだ。こちとら十年引きこもってたんだぞ。


 尋ねると、スプーンベンダーさんはなぜ知らないんだとでも言うような、不審げな表情で俺を見た。……知らないものは知らないんだからしょうがないじゃん。


「……モンスターはランクアップする際に、数種類の決まったモンスターに進化いたします。例えば、不死族のG級モンスタークロウリーハンドであれば、Fランクにランクアップする際、体力を鍛えた個体はゾンビ、知力を鍛えた個体はエディンム、吸血スキルを強化によりつけておけばウピオルとかそんな感じですね。これらは条件を満たした中から、モンスターの嗜好によって決まるとされています」


 知らなかった。つまり、うちの子達の姿はある程度彼女達が望んだものだったのか。


「そういった条件はアイテムクリエイトでモンスター知識の書をクリエイトすれば読めるはずです」


 スプーンベンダーさんがジト目で俺の勉強不足を注意した。………………あれ?おかしくないか?あまりに事もなげにいうから聞き逃しそうになって、慌てて突っ込む。


 「ちょっと待ってください!スプーンベンダーさんはダンジョンマスターなんですか?」


 そうだ。人間の彼女がどうしてアイテムクリエイトのことを知っているんだ?


 「いいえ、私はとあるダンジョンのモンスターですよ。本も借りて読んだだけです。」


 とあるダンジョンのモンスター?人間にしか見えないが……。ランクアップし続ければこうなるのだろうか。うちの子達は何度ランクアップしても、人間の姿になるどころかだんだん遠ざかっているんだけど。水棲族のエグレンティーヌとか特にめちゃくちゃデカくなってるし。


 「あの、どう見ても人間にしか見えないんですけど……」


 「何をおっしゃいますか。先程私の胸を刺したじゃありませんか。人間だったらとっくに死んでますよ」


 そういうと彼女はフフと上品に笑った。


「ま、その辺の話は本題にとっておきましょうか。今後、長い付き合いになると思いますので、まずはお互いのことをお話しましょうよ」


 そういって、彼女はお互いの立ち位置をはっきりさせるように、ダンジョンコアの表面を撫でた。それは純粋な悪意による脅しというよりは、こちらの反応を楽しんでいるかのような仕草だった。


「ユニークモンスターの話でしたね、先程までは通常のランクアップの話なのですが、時折既存のランクアップをしないモンスターがいます。そういった特有のランクアップをする個体をユニークモンスターといいます。全く同じ育て方をしても再現できないということも多く、謎が多いですね。精神的要素……例えば強い意志のようなものの作用が大きいのではないかとも言われています」


「なるほど。うちの子達は確かに個性的な子が多いですからねー」


 もちろん、ランクアップする以前から特別だったが、こうしてダンジョン外の人間から認められるとどこかこそばゆい。しかし、彼女は俺の能天気な返事が癪に障ったのか、少し顔をしかめた。


「…………個性的も個性的ですよ。私の強さはAランク相当……人間の国家同士が争っている戦場なんかは単身で制する力があるんです。彼女達のランクはどれくらいですか?」


「Dランクですね。全員二回ずつランクアップしてくれました」


 それを聞いて、スプーンベンダーさんは、前世地球でも見たことないような、見事な萎え顔をした。


「引きこもりのウィトさんは知らないかもしれませんが、Dランクなんてその辺にもいるんです!人間のハンターでも十分対処可能な強さなんですよ?一つ軍隊がなければ倒せないとされているAランク相当の私に適うわけないんです!」


 スプーンベンダーさんが少し声を荒げる。自分がAランクの割に弱いと思われるのが嫌なのだろう。別に弱いからって舐めたりしないんだけどな。そもそも俺達負けてるし。けれど、ずっと落ち着いている彼女を崩せる場面かもしれないと思い少しつついてみることにした。


「そうはいっても、さっきの例えの国家同士の戦争とかだって、色々あるじゃないですか。わかりづらいっていうか……」


 俺がそういうと、彼女は初めて年齢相応……若々しい表情を見せてくれた。といっても笑顔ではなくブチギレ顔だったが。


「Aランクは……あれですよ!国家に伝わる伝説の儀式によって、千年の眠りから目覚めたのが私でも、全然がっかりしないです。むしろオーディエンス湧きまくりです!」


 そういって、彼女は壊れた車椅子を器用に浮遊させて、俺の側に詰め寄ってきた。撫でていたデリラとピルリパートがピクリと動いた。大丈夫だ、と安心させるためより強く撫でる。


「いや、千年の眠りから目覚めるってなったら流石にEXランクとか、Sランクの方が盛り上がりません?」


「あのですねー……Sランクモンスターなんて神話級の怪物ばっかりなんですよ。過去数千年編まれた神話の、そのトップ層を形容するために、一番強い!ってことでSランクなんです。Aランクモンスターは現役トップなんです!」


 なるほど。Sランクは規格外の強さということなのだろうな。しかしやっぱり今の話を聞いても、千年の眠りから目覚めるならSランクの方が盛り上がる気もするが、そこまで言うと本当にコアを割られかねないので黙っておくことにした。


「じゃあ、スプーンベンダーさんは現役トップなんですか?」


 俺が聞くと、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。


「あのですね……さっきから質問ばかりなさってますが、先に質問をしたのは私なんですよ?」


 あ、それは普通に失礼なことをしてしまった。人と会って言葉を交わすのも十年ぶりだからか、うまくテンポが掴めていないのかもしれない。


 えーと、みんながユニークモンスターになった理由だっけか。もちろんユニークモンスターそのものを知らないんだから、そんなこと分かるはずもないんだがなあ。


「思い当たることがあるとすれば教育ですかね。うちの子達にはずっと読解や算数、理科なんかを教えてます」


 俺の太もものうえでピルリパートとデリラが頷いた。特に、ピルリパートは科学や数学の成績がずば抜けているしな。正直俺が教えられたのは高校数学の基礎くらいなのに、彼女は既に色々なことに応用しているようだった。


 しかし、教育によりうちの子の一人がそんな素晴らしい才能を開花させているにも関わらず、スプーンベンダーさんは理解不能なものを見るように俺を見てきた。


「……はあ。なんのためにそんなことを?」


「いや、なんのためって……彼女達のためですよ当然。戦ってばかりより、色んなことを学んだ方が人生楽しいですし」


 まさか、感情もあって俺に懐いてくれる彼女達を戦闘マシーンのように扱えというのだろうか。そんなことができるのは血も涙もない奴だけだろう。


 しかし、ジャクリーンさんは納得していないようだ。


「確かに、見た目がおぞましく、頭も悪いあのGランクモンスター達に教育を施していたという点は称賛に値しますが、それだけで何か変わるものですかね」


「いやいや、彼女達は十年前から色々精神的に成長していますよ。それは絶対です。この成長は、知力のステータス上昇云々じゃない、人格の成長なんです」


 俺の熱弁は、彼女にまったく刺さらなかった。それどころか、


「はあ!?十年?会話もできないのに?外と交流せずに?」


 と、声を荒げてしまった。


 スプーンベンダーさんは驚いているようだが、彼女はGランクモンスターのことをよく知らないのかもしれない。


「いやいや、意思疎通はできますよ。皆愛情が足りてないだけですって。人間だって生まれて三年はろくな意思疎通できませんからね?彼女達は一年くらいで日常的な質問にはジェスチャーで答えられるようになったんだから、俺達人間よりずっと優秀ですよ」


 それに、地球の物語を語ってあげると彼女達は身体で喜びを伝えてくれたり、その物語をジェスチャーだけで表現したりしていたので、むしろ彼女達の方が俺より表現力が豊かな気さえする。しかし、俺のその言葉にもスプーンベンダーさんは納得できないようだった。


「あのですね、人間含む哺乳動物が子供に何年も教育を施すのは、我が子だから、自分と姿が似ているから、可愛いからなんです。Gランクモンスターなんて、魔法で生まれて、人型じゃなくて、恐ろしい外見をしているじゃないですか」


 いやー、俺もそう考えていた時期があったなあ。


「うちの子達が特別なだけかもしれないですけど、実はGランクの姿はGランクの姿ですごく可愛いんですよ。ずっと上に乗ってくるところとか、新しく憶えたことは何度も試そうとするところとか……」


「ぜんっぜん分かりません。はあ……ようやくパートナーを決められたのに……いや、Dランクの段階であんな強いモンスターを連れているんですから、将来性はあるんですけれど……」


 彼女はユニークモンスターの秘密があんまりなものだったからなのか、自分の世界に入って考え始めてしまった。それにしても、パートナー?そういえば、彼女がここに来た理由をそろそろ聞いてもいいかもしれない。


「あの、それで、スプーンベンダーさんがどうしてこちらにいらしたんでしたっけ?」


 勇気を出して俺が聞いてみると、彼女は数秒黙ったのち、「はぁ」と息をついて、車椅子の背もたれに体重を預けた。


「……そうですね。もうお話してもいいでしょう。あの、どっちにしろ拒否権はないので、あまりごねないでくださいね」


 その一言は話を切り替えるために放たれた、取引の合図だった。今までの会話のなかでも、彼女は俺という人間のことを色々測っていたのだろうな。そして取り引きに進んでくれるということは、一応合格ということなのだろうか。


 さて、会話の節々から常識人オーラが溢れているスプーンベンダーさんが、こんな強攻策をとってまでしたかった取引とはなんなのか。


 …………どうせ、ろくなもんじゃないだろうなぁ。鉄砲玉か、囮か、あるいはDPを定期的に奉納しろとか?ま、どの場合もむさ苦しい男に取り引きを持ちかけられるよりはマシかー。スプーンベンダーさん美人だし……。


 しかしげんなりしている俺の心配をよそに、なんと彼女は


「ちょっと、何してるんですか!?うちのモンスター達も見てるんですよ!」


 俺は咄嗟にデリラとピルリパートの目を塞いだ。いや、デリラは本だし、ピルリパートは人形だから目はないんだけど……。


「うるさいっ!スカート脱ぐだけですよ!」


 まったく……と彼女は呟いて、かかっていた腰掛けまでを捨て去った。


「さて、それでは私のお願いをお教えします。死にかけの私をどうか、


 外気に晒され、瑞々しい脚線美で視線を誘うはずの彼女の下半身には、似つかわしくない老婆のような脚があった。

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