11話 同盟と契約と乾杯と

「私、ジャクリーン・スプーンベンダーは人間とモンスターのキメラなんです」


 一通り驚愕を済ませた俺に、彼女はそう告げた。俺は困惑しながら、とりあえず彼女に落ちてしまった腰掛けを渡す。


「どうも」


 スプーンベンダーさんはぶっきらぼうに言った。今になってスカートを脱いだことが恥ずかしくなったのだろうか。いや、じゃあなんで脱いだんだよ。


「ま、そういうモンスターだと思ってください。このように若々しくって可愛い上半身が不死族のモンスターでして、この老いた下半身が人間のものというわけです」


 つまり、モンスターは老いることがないから、上下の身体の老いに差ができたということだろうか。

 

「ええっと今おいくつなんです?」


「失礼な!といいたいところですが、別に私、モンスターの中なら若い方なんですよね。200歳ちょいくらいでしょうか。ま、当然人間部分はとっくに死んでいて一切動かないんですけれど、落ちないだけマシでしょう。……保存魔術がありますから壊死等はしておりませんし匂いもありませんが、ま、時間の問題ですね」


 淡々という彼女に俺は、どんな顔をしてよいのかわからなかった。


「……それで、怪物にするっていうのは?」


 今までは感情豊かに会話を楽しんでくれた彼女だったが、この話題になってからは顔に笑みは貼り付けたままで、一本調子な口調だった。

 

「契約魔法ってご存知ですか?」


 いや、使えますけど。とは言わないでおく。


「はい」


 俺がそういうと、彼女は「そうですか」と視線を床に向けた。


「怪物にするというのは簡単な話です。ウィトさんにはまず、私のダンジョンのマスターを倒してもらいます。そして脅迫でもして私のマスターに契約魔法を取得してもらって、私との契約を契約魔法により解除させてください」


 まさか、モンスターにうちのダンジョンマスターを倒してくれと言われるとは思わなかった。


「……何故そんなことを?」


 疑問をそのまま口にする俺に、彼女は今までの表情からは考えられないような、強い眼差しでこちらを見た。


。ですかね。私、ダンジョンマスターが人間を作ろうとしてできた失敗作なんです。といっても、不死族のモンスターグリムウィアードのスキルを使って、人間の死体をくっつけてるだけなんですけどね。……それはいいとして一番の問題は、中途半端に人間なせいで私、モンスターなのに寿命で死にそうなんですよ」


 200年生きれば十分だろ。とは言わない。俺もダンジョンマスターには寿命がないからゆっくり十年もの間モンスター達との日常を楽しめたわけで、長く生きればむしろ、死とはより恐ろしくなるものなのだ。


「その、マスターさんにお願いしてみては?」


 またしても彼女はクスクスと笑った。


「無理ですよ。彼の目的そのものなんですから、人間の制作は」


 そういうスプーンベンダーさんの顔には、自身のダンジョンマスターが絶対にそれを諦めないだろうというある種の信頼があった。それにしたって、他人を犠牲にしてまでする目的ってなんだよ。とは思うが。言っちゃ悪いがスプーンベンダーさんは失敗作らしいし、死なせる意味が分からない。


「それで、契約を解除した後は?」


「同じく契約魔法で、私をあなたのダンジョンモンスターとして契約してください。後はお分かりかと思いますが、ダンジョンのモンスターになれば、DPで色々と改造が可能ですので、私の下半身も怪物にしてくださいな。それでこの、醜い脚ともおさらばというわけです。もちろん、契約内容は少々いじらせていただきますが、そちら側の安全保障を契約に組み込んでもかまいません」


 なるほど、確かによく考えられた策である。


 それに、取り引きにを抑えている。


「スプーンベンダーさんの望み、よく分かりました。自分の願いのためにあらゆるものを切り捨てるその感じ、とても素敵だと思います。命を握られてなくても手伝ってもいいくらい」


 俺は彼女のその、自身の出身地も、身代すらも引き換えに若さを求めるという人間らしさに強い共感を抱いた。


 分かりあえない目標なら、最後の最後で裏切りを招くようなこともありそうだが、これが彼女の全てなら、今後も仲良くなれそうな気がする。


「……ええ。ええ。そうでしょうとも。そのため単身で乗り込んだのですから。ただ、一度攻略者としてこのダンジョンに来てみてよかったと思ってるんですよ?良いダンジョンだなーって思いました」


 彼女のあまりに自然な言葉は、こちらが生殺与奪の権を握られていることを忘れてしまいそうなほど穏やかだった。


「良いダンジョンといってもらえて嬉しいです」


 ぶっちゃけ他のダンジョンを見たことがないから、何が良いダンジョンなのか基準は分からないが。


「同盟相手ですし、ジャクリーンでいいですよ」


 そういうと、彼女は一瞬のためを作って、恥ずかしそうに言った。


 「……ウィトさんが同盟相手にいいと思った理由は、強さだけじゃないんですよ?ウィトさんって……話を聞く限り怪物に忌避感なさそうじゃないですか。私が全身化け物になっても、話し相手になってくれますよね?」


 そういって彼女は、コテンと首を可愛らしくかしげて握手を求めた。その仕草は、俺よりずっと強い癖して男の庇護欲やらちっぽけな虚栄心やらを掻き立てる見事なものだったが、俺には聞き捨てならなかった。


「……うちの子達のどこが怪物に見えるんですか!?」


 こんなに可愛いのに!?しかし、ジャクリーンさんも譲れないようで、負けじと声を張り上げた。


「どうみても怪物、怪物でしょう!ここのユニークモンスター、ぶっちゃけ他のダンジョンのモンスターより外見は怖いですからね!ひぃ!」


 気づけば、俺達の大声でうちのダンジョンの子達も起きたようだった。先程の話をきいて、特に自分の外見に自信のあるビオンデッタとアニマが、ジャクリーンさんに詰め寄っていく。当然だ、まだ十代の女の子に対して言っていいことではなかったからな。


「ほら、ビオンデッタとアニマは特に容姿にこだわってるんですから。いくら同盟相手でも彼女達のことは尊重してください!」


「いやいや、ビオンデッタさんって見た目まんま蜂じゃないですか!?てかこれって寄生バチですよね!あんま近づけないでくださいよ!私上半身アンデッドなんですから、卵植え付けられます……。このアニマさんって人も、魔人族なのになんで単眼モノアイなんですか!?Gランクのときは人型でしょう?ランクアップして姿が変わって、どうして眼や手足が減るんです!」


 ファハンというモンスターであるアニマは、身体の全てのパーツが一つしかなく、腕が一本胸から生えていたり、眼がおでこに一つだったり、脚も一本だったりするのだが、それも彼女の美学なのである。


 それに、寄生バチのモンスター、パラサイティックワスプであるビオンデッタも、外殻がシルバーと琥珀色アンバーで成り立っており、なかなかかっこいいと思う。……のだが、ジャクリーンさんは気に食わないようだ。ちなみに、卵は植え付けない。


「アニマ、ビオンデッタ。美しさなんて主観的なものなんだから、何も気にすることはないんだぞ。……でもどうしても気になるなら、何か美容アイテムをクリエイトしようか」


 俺がそうフォローすると、二人は胸元に飛びついてきた。その光景を、ジャクリーンさんが信じられないものを見るような目で見た。


「私が契約したら無駄なものにDPを使うのやめてもらいますから……。はぁ。調子狂うなぁまったく。……それじゃ私の気が変わっちゃわないうちに、早速契約しますよ。条件に合うマスター探すの本当に大変だったんですから」


 そういって彼女は契約書を取り出した。俺は一通り目を通し、事前の話し合いと齟齬がないことを確認すると、それに印を押した。


「はい。ありがとうございます。それでは、早速……。『人と獣を分かつもの。名をパンとビール』『女神デニーバジの恵みに最大限の感謝と、三代に渡る宴を』」


 その詠唱を聞いて、俺はてっきり彼女が契約魔法を発動したものだと思ったが、どうやらそうではないらしかった。彼女の手にはいつの間にかジョッキが握られ、そこにはなみなみに注がれた……あれはビール!?


 「ウィトさんの分です。どうぞ」


 彼女にジョッキを手渡される。いや、なんで?俺が疑問に思って彼女を見ると、ジョッキが再び出てきて、虚空から現れたビールが注がれていた。目を点にしている俺を横目に、ジャクリーンさんが質問に答える。


「……モンスターが敵を殺してランクアップすることが可能なように、人間には人間の強くなる手段があります。人は、敵を殺しても強くならない代わりに、捧げ物をして、神と契約することによって新しい力を得ます。私も半分人間ですからね。神と契約することができるというわけです」


 それは……知らなかった。俺はてっきり、この世界の人間は経験値でランクアップとかするもんだと思っていた。でも、なんで今この話を?


 「人間一人が契約できる神は一人か、多くても二人と言われています。神様が許しませんし、経済的にも難しいですしね。そこで私は、この方しかいないと思ってビールの女神デニーバジ様と契約を結んでいただいたというわけです。そしてその加護のおかげで、いつでもジョッキとビールを召喚できるというわけです」


 彼女は、本当にぎりぎり、あとほんの少しでこぼれてしまうのだという量にまでビールを注いた。


「それまた、なんで?……ビールの女神と?」


 俺があまりに突飛な話に目をパチクリさせてそう聞くと、彼女は黙ってジョッキを俺の前に突き出した……乾杯か。俺もジョッキを突き出すと、チャキン、と小気味いい音がした。


 彼女は満足そうに微笑むと、壊れた車椅子にもたれかかって、喉を鳴らしながらそれは美味しそうにビールを飲み干した。


「ぷはぁぁ。だって、ビールより美味しいものってこの世になくないですか?」


 その幸せそうな顔を見て俺は、引きこもりをやめる理由が彼女ならそれも悪くないと思ったのだった。

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