12話 異世界人
そこは様々な建築様式が折り重なって作られたなんとも統一感のない一室でした。部屋には紙が散らばっており、真ん中に位置するダンジョンコアには幾重にも柵が施されていました。
……そして、この部屋こそ私、ジャクリーン・スプーンベンダーの産まれた場所でもあります。
「それで、お前はラグネル周辺のダンジョンを破壊して回っているんだな」
私のマスター……リュウジョウ様はエティナのものではない、どこかの世界の天球を眺めながら尋ねました。
異世界。その存在を知っているものは滅多にいません。ですが、幾つものダンジョンを攻略したことのある私なら分かります。他は知りませんが、少なくともダンジョンマスターという奴は例外なく異世界人です。
それぞれ別の異世界から呼び寄せられているようで、ウィトさんのいたという地球、The Earthとやらにも聞き覚えはありませんでした。
「ええ。そうですとも。こちらにコアをお持ちしました」
私は、ウィトさんのダンジョンに攻め入る前に攻略したダンジョンのコアを2つ、マスターに渡しました。
「よくやった」
私がモンスターの聴力を持っていなければ聞こえないくらいの声で、ぼそりと感謝の言葉を伝えられました。
そして、マスターは私が持ってきたコアを自身のダンジョンコアに飲み込ませました。ダンジョンは魔力を持つアイテムをコアに入れることでDPに変換できますが、他のダンジョンのコアを飲み込ませた場合は、とてつもない量のDPを手に入れることができます。
しかし、それだけのDPを手にしたというのに、もはやリュウジョウ様の表情には何の喜色もありませんでした。そして当然、同族であるダンジョンマスターを狩った自責もありません。そんなもの彼には、私が物心ついたときからありませんでした。
「何かすることは?」
私はリュウジョウ様に尋ねました。彼にバレないよう裏切りを進めるためには、仕事の結果を出し続けなければなりません。
「侵入する冒険者の数が減ってきている。宣伝を頼む」
リュウジョウ様が、コアから浮かび上がった数字を見ながらいいました。
リュウジョウ様がマスターとして統べ、私が産まれたこの『ナディナレズレの巨塔』という名のダンジョンは、300年ほど続く、国際的にもBランクに認定された超大型のダンジョンです。配置された宝、仇討ち、ダンジョンからしか得られない難病の治療薬。トレジャーハンターがダンジョンに入る動機は十分にあります。しかしそれでは、まだまだ足りません。
どれだけハンターがやってこようとも、もはや私もマスターもダンジョンが攻略されるかもしれないなんて思いません。その気になれば、私一人で国を滅ぼせるくらいの戦力差が人間とダンジョンにはあります。
そうしないのは単にメリットがないということと、人間を辞めた強さの連中が集う、幾つかの軍団に目をつけられたくないからという理由のみです。
「そうだな。Cランクアイテムの宝箱を1階層に配置しておこう。それを拾ったものを闇討ちしてアイテムを回収しろ。殺さない程度にすれば騒ぎ立てて、噂も広まるだろう」
「かしこまりました」
ダンジョンマスターとしてのリュウジョウ様は一流です。油断なく、無駄遣いもありません。
……だから、私が彼を倒そうとしているのは純粋な私欲でしかなく、以前ウィトさんがおっしゃった何もかもを切り捨てる生き方をしているというのは、間違いではないでしょう。
でもよかったです。ダンジョン外での活動が可能な命令でしたので、うまくやれば隠れてウィトさんのダンジョンに通うことも可能でしょう……。
なんだか浮気している気分になってきました。実際には、もっとひどい裏切りをしているのですが。
「それと、脚を見せてみろ」
リュウジョウ様が、まるでその日完成した書類に目を通すかのように、事もなげにいいました。
「……はい」
毛布をどかして、老いた下半身を見せる。私は身体を接いだそのときから、ずっとこの時間が嫌いでした。
「やはり死んでいるか。この下半身は完璧だったからもう一度使用したかったのだが」
200年経ったのだから、死ぬに決まってるでしょう、なんてことは言いません……ずっと言えませんでした。それに、彼は何度もこの下半身の死を確認したはずなのに、私の脚が突然生き返るとでも思っているのか、この確認は度々行われました。
……いえ、理由は分かりきっていますね。彼の人間をクリエイトするという300年の努力の成果物は、今なお私のこの脚だけです。だから、彼は自分の努力が無駄でなかったと確認するために、私の脚を見なければやってられないのでしょう。ま、その脚も今やこのザマですが。
「もう100歳を過ぎているよな。本来であればもう腐り落ちているはずだが」
もう200歳ですよ、リュウジョウ様。私がこの下半身の若さを維持するためにどれだけの苦労を払ったか。死後は保存魔術だけだからマシでしたが、一時は自分の身体が死んでいくことに耐えられず、気が狂いそうなほどアンチエイジングばかりしていました。
「ええ、保存魔術によってケアしておりますから」
この話も、もう既に何度もしたはずでした。
……ダンジョンマスターは、一年生き延びることが難しいです。けれどそれ以上に、長く続いたダンジョンでは正気を保つことが難しいのだとその濁った目が表していました。
毎日命を狙われ、命を取らなければ生き残れない。そんな環境の中で彼は、もうかつて共に最期を迎えた恋人をクリエイトするという目的以外が見えなくなっていました。
……ダンジョンマスターでありながら人間をクリエイトする
その目標を持つことは自由でしょう。けれど、異世界人の恋人を蘇らせるなんてことは現実には不可能で、そのために彼は味方のはずの私の命さえ、犠牲にしようとしていました。
愛想をつかした……ということになるのですかね。何一つこのダンジョンで良いことはなかったのに、何故か未練が残っていることが自分でも不思議でした。
「そうだな。次の素体を探しておこう。それと、上半身も探しておけ。そのまま接いでもスキルを上手く使えば、適合する可能性もある」
「……ええ。ええ。そうでしょうとも」
身体を裂いて繋げて……もしそれで生きていたとしたら、それはもはや人間じゃないですよ。なんて言っても、もう通じないんだろうな。
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