13話 ジャクリーン・スプーンベンダーの受難

「あら、アニマさん……でしたっけ。迎えに来てくださったんですか?」


 私が気分転換にウィトさんのダンジョンに向かおうと森を車椅子で移動していると、木陰からアニマという名前で呼ばれていたモンスターが現れました。


 彼女は私の質問に大きく頷くと、先導を開始します。


 ファハンという種類のユニークモンスターらしいアニマさんは、腕が胸から生えているし、大型の目が一つ大きくついているし、脚は一本のせいで常に跳ねるように移動しているし、正直なんでこんな姿に変化したのか私にはわかりませんでした。


 魔人族には人間に似た美しいモンスターも多いはずなのに、あれだけ人間らしい暮らしをしておきながらなぜこのような姿になってしまうのかてんでさっぱりです。


 契約はあの後滞りなく完了したのですが、ウィトさんはモンスター達の知力をCにするまで待ってほしいと頼んできました。

 

 何でも判断能力が低いモンスターはまだ子供で、自己判断能力が育つまで戦いに誘いたくないとのことでした。……甘いなんてレベルじゃないですね。ダンジョンマスターとしては三流も三流です。


 正直聞いてやる義理もないのですが、ウィトさんのダンジョンであれば上手くやれば数日で稼げると考えた私は、その条件を飲みました。どうせこちらも準備やタイミングがありますし。

 

「我が家へようこそ。ジャクリーンさん。言われたテレポーテーション、つけましたよ。とても便利ですね」


 ダンジョンにつくと、ウィトさんが迎えてくれました。


 テレポーテーションは特定の魔力波長の持ち主をコアルームと入り口の間に転送してくれる設備です。DPは高いとはいえ、日々の利便性を考えれば必須ともいえるアイテムです。

 

「ええ。なければ車椅子の私はこのダンジョンを出入りするだけで日が暮れてしまいますので……そういえば、このダンジョンって名前はつけないんですか?」


 さっきからこのダンジョンとかあのダンジョンとか、指示語が多くてうざったいんですが。


「つけてないですね。みんなつけるもんですか?」


 ウィトさんが私をテレポーテーションの範囲内に設定しながら聞きました。


「冒険者相手に開放したら勝手につけられるパターンもありますが、自分でつけるパターンもありますね。一般的なのは地名にダンジョンのコンセプトを足したものでしょう」


「そういえば、ここってどこなんですか?」


「……十年間気にならなかったんですか?」


「……あまり」


 ウィトさんが気恥ずかしそうに言いました。本当に自分のモンスターのことしか気にならなかったんでしょうね、彼は。


「ここは、ラグネルという国の、南の方ですね」


「あー……、じゃあ、『ラグネルの迷宮』で」


 ダンジョン名はすぐに、ごく適当に決まりました。ほんっっとうに自分のモンスターのことしか気にならないんでしょうね!!


「じゃ、飛びますね」


 ウィトさんによる命名が一瞬で済んだのち、テレポーテーションが起動しました。


 問題なく到着したことを確認すると、 私はモンスター達全員にも頭を下げました。


「それでは、本日は一日よろしくお願いいたしますね」


 この日私がラグネルの迷宮に来た理由は、彼らの生活を改善するためです。


 ……正直、ウィトさんのダンジョンが保有する戦力は異常です。私のダンジョンは300年続くBランクダンジョン、国もおいそれと手を出してこない大迷宮です。


 その大迷宮のボスモンスターの補正がかかった私に、ボスでもないDランクモンスターが食い下がってくるなんてありえない……ありえてはいけないことです。


 それに前回私が勝てたのは正直、初見殺しアイテムを使って敵の知識不足をついただけであって、正面から戦えばどうなるか分かりません。


 ですから私はリュウジョウ様を倒すために、彼らに不足している知識と経験を埋めてあげなければならないのです。そのための手段として、一度監査をして誤りを訂正するという作戦なわけですね。


 まあ、監査する前から間違いだらけなのは分かってますが。あの戦力があればこの森なんて好きに蹂躙できるのですし、もういかに効率よく敵を招き入れるかを考えなければならない次元に来ています。なのに、彼らは引きこもってばかりですから。


「こちらにもタイムリミットがありましてね。早く強くなって欲しいので、今日一日視察させていただきますね」


「もちろんです。よろしくお願いしますね。スプーンベンダーさん」


 そういって私達は握手をした。そこまではよかったんです。


「まずは、朝の体操を始めます。ラジオ体操第一~」


「はぁ!?」


 ウィトさんがそういうとモンスターが各々、奇怪な動きを始めました。


「……なんですか。その動き」


 私は頭を抱えて、飛び跳ねているウィトさんに尋ねました。


「健康の維持のために運動してるんです」


 運動してるのは見れば分かります!ウィトさんは、馬鹿みたいに両手を広げて、馬鹿みたいに振り回しました。なにそれ、雨乞いの儀式ですか?


「これからDP稼ぎですよね?どうせ運動するでしょう?」


 私が尋ねても、ウィトさんはまるでネジを巻かれた人形のように、頑なに動きを止めようとしませんでした。

 

「今日は授業の日なので、運動ないんですよね」


「授業の日ってのは?」

 

「もちろん放課後には運動もするんですけど、昼過ぎまではずっと座って勉強する日があるんですよ」


 いや、モンスターを狩ってDPを稼げよ。


 …………ここまでひどいなんて知りませんでした。ダンジョンマスターとして三流どころか、ダンジョンマスターっぽいことを何一つやってないじゃないですかこの男!


 けれど、一日視察を銘打ってる以上、初っ端からツッコミを入れるわけにもいきません。私は喉まで出かけた「働け!」の言葉をグッと抑えました。

 

 そうして、授業が始まりました。一限目は、生物らしいです。


「モンスター学の教科書を開いてください」


 そういうと、モンスター達が一斉に本を開きました。いや、回し読みしてくださいよ!DPの無駄ですって。動かない脚が貧乏ゆすりしている幻の感覚が湧いてきました。


「先日、我がダンジョンの同盟相手となってくれたジャクリーンさんから興味深い話がありましたねー。モンスターはデザインした神の影響を受けるということで、今回はそれぞれの種族をデザインした神様を調べてみましょう」


 そうして、分厚いモンスター辞典から特定のページの名前を挙げていき、みながそれを読み込んでいきます。


 ……文字が読めるということは、ここにいるモンスターは皆知力がC+相当あるということなのでしょうね。


 Dクラスのモンスターともなると別におかしくはないのですが、比較的知力が低い獣族や水棲族、不定形族のDランクモンスターが会話を超えて文字まで読めるというのは稀でしょう。


「やはり、ウィトさんは知力を重点的に鍛えているのでしょうね」


 正直な話、モンスターの知力を上げるという選択はあまり取るべきではありません。いくら知力が高くとも敵のモンスターの耐性が優秀であればどうにもなりませんし、そもそもダンジョンマスターがブレイン役を取る以上、戦線をよほど広げるつもりがなければ指揮官は不要です。


 ……さらには、裏切りにあう可能性もあります。ちょうど、今の私がしているように。


 しかし、今のところその心配はなさそうでした。今この場にいる13体のモンスターはいずれもウィトさんを慕っていることが目に見えてわかりました。


 ウィトさんが授業の一環で名前を読んだだけにも関わらず、彼女達は身体を震わせて喜んでいます。よかったですね~あんな優しいダンジョンマスターがいて。


 一時間ほど経って、ウィトさんが話を終えると、休憩時間になりました。するとモンスター達が一斉にウィトさんの方に集まります。人間の学校であれば微笑ましい光景ですが、大きさや外見も様々なモンスターが集うと襲って食べようとしているようにしか見えません。


 しばらくすると、ウィトさんが集団を抜けてこちらにやってきたので、文句を言ってやろうとも思いましたが、やはり、今日一日はとりあえず見守ることにしました。


「次の授業は何ですか?」


「次は絵の授業ですね。アニマが担当してくれます。今日案内してくれた子ですね」


 コアルームの奥に倉庫のようなものがあるのか、ファハンさんは奥に入っては、画材を取り出していました。


「モンスターが授業をするのですか?」


「ええ。それぞれの子達に、それぞれの趣味があるでしょう?数年前までは、個別に教えていたんですが、それももったいないですし、彼女達の趣味はもう先生をしていいレベルにまでなったのでね。復習も兼ねて授業してもらってるんです。人に分かりやすく伝えるというのは、いい経験にもなりますしね」


 ウィトさんはグッドアイデアだろ?とでもいいたそうにニコッと笑いました。が、まったく意味が分かりません。


「……で、モンスターが授業している間、ウィトさんは何を?」


「一人で死体漁りをしてますね。流石に、僕が教えた内容を僕が教わっても時間がもったいないので……。といっても、受けたくはあるんですけどね」


「……時間の無駄にもほどがありますね」


 あ、ついピキっときて言っちゃった。ほんと、ユニークモンスター以外ろくなところがないですね。このダンジョン。


 色々言いたいことが浮かび上がってきましたが、今日一日は我慢です……我慢……。


 そして、風呂敷を担いで出ていったウィトさんを見送ると、アニマさんによる授業が始まりました。


 それにしても絵……。絵ですか。……描いたことありませんね。クリエイトされたときはゾンビで、すでに殺し合いばかりでしたし、気に入られてランクアップしてからも、道具を使った趣味は道具を用意することが出来ませんでしたから。


 DPを使用できるのはマスターだけですし。


 だから、たまたま忍び込んだ神殿で飲んだビール以外に、私に趣味はありませんでした。


 ですが、絵を描きたいと思ったこともありませんし、ダンジョン運営において停滞というものは死を意味します。時間のかかる趣味というものをとてもではありませんが肯定する気にはなれませんでした。


「アゥアゥ……Ugrrr」


 アニマさんがキャンパスが配ります。絵のモデルは牛の骨格のようです。


 私は後ろでずっと見ていました。皆、筆という小さなツールに対して力が強すぎるのでしょう。度々筆を折ってしまっていました。彼女達はヨレヨレの線で何とも判別のつかない絵を描いては、一歩引いて真剣に眺めていました。アニマさんだけは絵が趣味というだけあって、ずば抜けて上手く、タッチも繊細です。


 けれど、それ以外の方の絵なら、正直私でも勝てそうですね……。描いたことありませんが。


 しかし、彼女達は決して一箇所にとどまることはせず、何度も折れた筆をのりでくっつけては、絵を順調に仕上げていきました。そして、線を描き終えると、彼女達は陰影をつけていきます。


 観察してみると、絵の構図はそれぞれ違えど、陰影の付け方は皆同様のプロセスのようでした。授業ではそういうことを教えているのでしょう。


「凄い……」


 陰影を付け始めると、彼女達の絵がだんだんと見映えのするものへと変わっていきました。そして、お互いにそれを見せあってキャッキャと騒いでいました。自分の絵が上手く見えるのがよほど嬉しいのでしょう。


 皆が楽しそうで、そして真剣でした。

 

 そういえば私はいくつものダンジョンを回ってきましたが、モンスター達が笑顔で遊んでいる姿というものを、今まで見たことがありませんでした。


 そして、その光景にはどこか人間の村の子供達に劣らない不思議な魅力があるのだということも、そのときに気づきました。


 ……………………。


 私はアニマさんを呼びました。


 「お姉さん面をしている私ですが、実は、今までの人生で絵など描いたことがなかったのです。もしよろしければ、教えていただけませんか?」


 私がそう尋ねると、アニマさんが一つの眼で器用に笑って、筆の持ち方から懇切丁寧に教えてくれました。


 XXX


 それからは少し、彼女達に馴染めたような気がしました。そして理解しました。遊んでいるわけではなく、真剣に学ぶことを楽しんでいるのだということを。


 絵を描き終わった後は、彼女達の個室にも案内してもらいました。私は個室を持ったことないのに、みんな趣味部屋まであってとても羨ましかったです。私もビール専用部屋が欲しいです。


 というか、ベッドも羨ましいですね。私もモンスターですので別に身体を痛めはしませんが、ダンジョンの床で眠るのはとっても惨めな気分になります。


 しばらくすると、ウィトさんが帰ってきました。素材もたくさんでホクホク顔です。


 よく生身であのモンスターだらけの中生還できましたね。このダンジョンはユニークモンスターも異常ですが、ウィトさんの根性というか、持ち前の機転も少々異常ですね。

 

「この絵、どう思います?初めて描いてみたのですが」


 私は、ウィトさんに今日描いた絵を見せました。正直絵は私が思っていたよりずっと難しかったのですが、アニマさんが仕上げを手伝ってくださり、とても上手……に見えるイラストになりました。


 正直背景と陰影はほぼアニマさんなのですが、それでも自分の描いた箇所が絵の一部となっているとおもうと、それだけで嬉しいのだから、不思議なものです。


「素敵です!素敵ですよジャクリーンさん!初めてとは思えません!これ、多分構図と線がジャクリーンさんですよね。普通、初めてでこんなバランスよく配置できませんよ!それに、骨格だけのはずの牛から力強さが伝わってきますもん。絶対才能ありますって」


 そういって、騒ぎ立てるウィトさんはあまりに必死で、自然に笑みがこぼれました。ウィトさんは次々と他のモンスター達の絵も褒めていきます。


 ……このダンジョンのモンスター達が人間っぽい姿にならないのって、ウィトさんがどんな姿でも褒めすぎるせいなんじゃないでしょうか……。


 それからは全員で死体漁りの時間となったので、私はアニマさんと二人でコアルームに残って補習を受けるという贅沢な個人レッスンの時間を過ごさせていただきました。


「……それでは、今日はありがとうございました」


 帰る時間になると、モンスターが総出で見送りに来てくれました。


「それで、俺のダンジョンはどうでした?改善点、ありましたかね?」


 ウィトさんが、あえてもじもじしながら話しかけて、私が改善点を言いやすい雰囲気を作ってくれました。彼自身、改善の余地があれば直したいとは考えているのでしょう。

 

「いえいえ、とても楽しいダンジョンでしたよ」


 このダンジョンに入ったことで、殺してDPを稼ぐ以外にも強くなる方法があるんじゃないかと思えました。そもそもよく考えてみれば、一度戦って純粋な強さで負けているのですから、私が手を加える必要はないということなのでしょう。けれど……。


「そうですね。一つ言うとするなら……」


「一つ言うとするなら?」

 

 ウィトさんの唾を飲み込む音が聞こえました。私は少し言いづらくて、咳払いをして言いました。


 「あの……彼女達が言葉を話せないのは、人間の言語であるエティナ語のスキルしか持っていないからであって、モンスター用の言語……地獄語とかのスキルを使えば多分喋れますよ」


 「えええええ!!!!!」


 ウィトさんの驚いた声が、ダンジョン内に響きわたりました。

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