52話 宿にて

「ナディナレズレ……なかなか良いところじゃないか」


 十年ぶりの人里は懐かしいというより、テーマパークに来たような気分になった。まあ石畳の通路に木造建築が並んでいるようじゃ、日本を思い出せというのにも無理がある。


 往来は人の行き来が激しく、その点では前世の都市を思い出すような気がする。けれどその喧騒は日本のような目的をもって歩き回る人々によるものではなく、大道芸人や酔っぱらい、それに野次を飛ばす人々によるものだった。


 しかし、この場で何より注目を浴びているのは他の誰でもない俺である。というより、俺が連れてきた巫女達だな。今回の作戦に参加するメンバーであるアニマ、ヘーゼル、デリラの三人。


 ただの四人の観光客など、この街で珍しいものでもないはずなのに、ただただ外見が美しいというだけで彼女達は注目を集めてしまうようだった。


「……なんか人が多くてイライラするわね」


 デリラがボソボソと言った。事実彼女は、周囲の視線に落ち着かなそうにきょろきょろとしていた。


「そうだなー。今回の仕事が終わったらローザローザ達に良いところを案内してもらおうか」


 俺がそういうと、「はい」と、デリラが頷いた。うん。いい案かもしれない。彼女の卑屈さも外で太陽にあたって過ごせばいずれ良くなっていくだろうし。


「……お、ここが宿みたいだな」


 俺はローザローザとビオンデッタが情報をまとめてくれた地図に示されている地に辿り着いた。木製の大きなドアを開くと、中は宿屋というよりは、エントランスもきちんとあるホテルと言った方が正しい造りだった。


 カーペットもあって、日本のそれとは比べ物にならないが、高級ホテルに分類される建物だということは雰囲気で伝わった。


 俺はホテルフロントのお姉さんに話しかける。


「ローザローザ・ヴィンシーの紹介で伺ったものです」


「はい。最高級スイートランクの四人部屋ですね?」


 お姉さんが見事なビジネススマイルで言った。……それにしてもスイートランクとは、彼女達にはお金の使い方をちゃんと教えた方がいいかもしれないな。


「ええ、そうです」


「はい!こちらがお部屋の鍵でございます。とても美人のお連れ様ばかりですね」


「いえいえ、それほどでも」


 日本人として、身内を褒められたら謙遜すべきだと、条件反射でそう言った。しかしその瞬間、隣でガタンという音が鳴った。


「私が……美しくない?!」


 慌てて振り向くと、後ろではアニマが震えていた。俺は受付のお姉さんの方を向き直した。


「こほん。あーごめんなさい。とんでもない美人ばかりです」


 XXX


 ナナヤの巫女達による情報交換はウィトの入浴中に素早く行われた。


「今度から浴室の情報も調べておいた方がよかったわねローザローザ。いつもビオンデッタに身体を拭いてもらうわけにもいかないし」


 ローザローザとビオンデッタはイヴリィを口説くためナディナレズレに戻ってきていた。しかし塔の攻略作戦に参加するわけでもないので、下の階に寝泊まりしている。


 ビオンデッタがウィトの身体を拭く係に選ばれたのは単純に彼女は同じ建物にウィトが居る状況で会議に参加したりしないからである。浴場もあることにはあるが、巫女達にとって有象無象の男とウィトが同じ湯に浸かるというのは耐えられることではなかった。


 そのため、ローザローザ、アニマ、ヘーゼル、デリラの四人での情報交換が、夜の密室で続けられる。


「ほんとうは王宮に泊めてもらおうとしたんだけどさ?私だけなら大丈夫みたいだけど、知らない男の人は泊められないらしいんだよねー」


 ローザローザが当然のことを極めて不服そうに言った。


「信頼が足りてねーッスね」


「……不敬すぎ。なんて名前なの?そいつ」


 しかしそのことにツッコむものはおらず、イヴリィへの不信感が募っていく。


「しょうがないんだってば!しきたりとかそういうのなんだって!悪い子じゃないんだよ」


「その子がこの地の「代行者」になってくれそうなのよね?」


「うん!間違いないよ」


 代行者……今後ウィトが世界を征服するあたって、代わりに国を統べる存在。だが当然、問題なければ現地の王をそのまま使用した方が楽に決まっている。


「ま、そっちはじっくりやりゃいいんっスよ。まずはナディナレズレの巨塔っスしね」


「前のグラブスドレッド島の攻略戦でDPをがっぽり稼ぐのにもハマっちゃったしね!それに、ジャクリーンちゃんを完全に仲間にもしたいしぃ……それでさ、攻略法はもう決まってるの?」


「デリラの火力が足りない可能性があるのよね。話を聞いたところ縁も細そうだし……ただ、ヘーゼル姉とデリラが二人で無差別攻撃を仕掛ければ、我が主マイ・ロードの前に敵を一人も出さずに勝つことはできるかもしれない」


 ローザローザの疑問に答えたのはアニマだった。


「そーっスね。あとは、ジャクリーンちゃんが敵のダンジョンマスターに操られて敵として出てくると思うっスけど、それも倒せばオールオッケーっスね」


 不安材料はそこだけである。もし彼女達が巨塔に攻め入れば、ジャクリーンはダンジョンマスター権限によって強制的に戦いに駆り出されるだろう。


「……ま、睡眠対策もしてあるし。ひどいことにはならないわよ。きっとね」

 

 そのアニマの一言で、四人の会議はお開きとなったのだった。

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