51話 慰労パーティ(ローザローザ目線)

 帰宅を楽しみにしていたロザロザちゃん達の前に飛び込んで来たのは、ピンクのネオンに照らされた海だった。島の真ん中には流石に間に合わせのものだと思うけど、ザ・お城って感じの白亜の宮殿が建っていた。


いや、間に合わせじゃなかったら困る。それほど無難で面白みのないデザインだったのだ。


 ……なんかこのイメージの感じ聞いたことあるなぁと思ったけど。


「ラブホテルじゃない?これ」


 お兄ちゃんの教えはとんでもなく多岐に渡る。けれどその中でも知識の山のかなり奥底に眠っていた知識を、ロザロザちゃんは呼び起こした。


 ロザロザちゃんのその呟きに、送迎役のエグレンティーヌちゃんがとろけた声で教えてくれた。


「ええ。海は水棲族たるわたくしの管轄ですもの!愛に満ちたデザインにしたかったのですわ!」


 ……それでピンクのネオンで周辺の海を照らしてるわけか。エグレンティーヌちゃんらしいなぁと思ったけど、ビオンデッタちゃんはそう思わなかったようだ。


「ウィト様の……ウィト様の威厳が……」


 ビオンデッタちゃんが眼鏡を握り潰して怒りを露わにしている。あーあ、これは帰って早々、また会議かなぁ。


 XXX

 

「これが新しいパーティルーム?すごい!」

 

 ロザロザちゃん達は早くウィト様に会いたいとうずうずしながら、慰労会が行われるという部屋に辿り着いた。


「おかえり!ビオンデッタ!ローザローザ」


 扉を開けるなり、お兄ちゃんが出迎えに来てくれる。温和な笑みを浮かべていてくれていて、嬉しそうに周囲の皆に私達の帰還を知らせてくれている。


 ……そっと胸を撫で下ろす。よかった。ロザロザちゃんのことをまだ愛していてくれてるみたい。なんだかんだ長く離れるのも初めてのことだったし、ロザロザちゃんは自分で思っている以上に、忘れられていないか不安に感じていたようだった。


「どうだった?新しい島は」


 お兄ちゃんが嬉しそうに尋ねる。


「そうだね!割りといい感じかな!もうちょっとお兄ちゃんの本拠地に相応しい感じには整備していきたいけどね!」


「だなー。ダンジョン以外の設備も整えたいし……ま、そんなこと今はいい!これからローザローザとビオンデッタとの慰労会だ!それと、ジャクリーンさんが自分のダンジョンマスターに呼び出されて帰っちゃうみたいだから、その送迎会も兼ねてのパーティになる」


 お兄ちゃんが両手を広げてにっこりと微笑んだ。引っ付いていいという合図である。ふふふ、少女の姿になることによってお兄ちゃんの警戒心を解くという作戦は相変わらず成功しているようだね。


 けれど、一ヶ月で不足したお兄ちゃん成分を補充しようとロザロザちゃんがガバッと飛び上がった瞬間、巫女最速の名を欲しいままにしているビオンデッタちゃんによって地べたにはたき落とされてしまった。それもバレないように後ろからグイっと。


「ただいまウィト君!嘘!私達のためにパーティ開いてくれたの」


 外に居た時はあんなに不機嫌だったというのに、お兄ちゃんの前にシュバッと駆けつけた彼女は、頬を紅潮させ、その顔を屈めてお兄ちゃんの顔にひっつきそうなほど近づけた。


彼女は外ではウィト様と呼んでいるが、本人と話す時は新婚のような話口調になるという、珍しい敬称の使い分けをする女の子だった。


 ……ってアレ?嘘、ビオンデッタちゃん泣いてる?

 

「ごめんなさい。一ヶ月もウィト君の傍から離れるなんて今までなかったから……。でも、そんな私のことも考えていてくれたんだって知れて、嬉しくってぇ」


 涙をぽろぽろとこぼしながら胸元に飛び込んだビオンデッタちゃんに対して、一瞬所在なさ気にしたお兄ちゃんだったけど、結局彼はビオンデッタちゃんの背中に手を回してそっと抱きしめた。


(チッ。ビオンデッタの奴、キャラ変えすぎだろ……お兄ちゃんの善意を利用しやがって)


 っと、いけないいけない!お兄ちゃんの前で喧嘩をしたら嫌われちゃんもんね!


 けど、このままだとビオンデッタちゃんが美味しいところも全部持っていっちゃいそうなので、ロザロザちゃんは万感の思いで抱き合っている二人に向かって、報告を開始することにした。


「お兄ちゃん、それより大事な報告があるんだ!」


「ん?どうした?」


 お兄ちゃんがビオンデッタちゃんの頭に埋めていた顔をこちらに向けてくれた。……ビオンデッタちゃんが屈んでいてよかった。主に彼女の胸のせいで大変快くない光景になっていただろうしね!


 巨乳がお兄ちゃんに愛される最高効率ってか?ああ?


 けど、ビオンデッタちゃんが巫女最速ならロザロザちゃんはお兄ちゃんの膝の上占有率ナンバーワンなのだ。お兄ちゃんの気を引く勝負で負けるわけにはいかない。


 ロザロザちゃんはとっておきの爆弾を発射することにした。


「お兄ちゃん聞いて!ロザロザちゃん、と仲良くなったんだ」


「へーそうか。王族か。偉いな……ん?王族」


「うん!たまたまイヴリィって娘とダンジョン内で遭ったんだけど、その子が王族でさあ」


「でさあ!じゃない!こんな中世丸出しの世界観で王族と会うって……なんか罪着せられたりしなかったか?」


「してないしてない!いい娘だったよ!」


 ……あの日、ロザロザちゃんとビオンデッタちゃんの熱烈キスを覗き見していたイヴリィちゃんは、ナディナレズレ王家の娘だった。それから色んなことを彼女に聞いたんだけど……。


 このままの体勢では真面目な話ができないというオーラをロザロザちゃんが放つと、お兄ちゃんはビオンデッタちゃんの背中に回した手を解いた。


 しめしめ、予想通りである。


「どんな話をしたんだ?」


「うーん。何から話せばいいかなぁ。ま、一先ず彼女と協力できそうってのは分かったよ!イブリィちゃんは強いらしいんだけどぉ、戦闘特化の加護しかないんだって。だからそのせいで俺らがいないと仕事回らないだろ?って脅されてるらしいんだ」


「脅されてる……って誰に?」


「ニコラ・ベルモント……後できちんと報告するけど、ナナヤちゃんが言ってた、世界を裏から支配しようとしてるダンジョンマスターだよ」


 ロザロザちゃんがそういうと、お兄ちゃんの眼がスッと細くなった。


 私達が帰ってきた直接的な理由はそれである。イブリィという現地の権力者との協力関係の取り付け。これが決め手となって、作戦を次のステップへと移すことになったのだ。


「そうか。……ナディナレズレの巨塔を本気で攻略する時には、俺も一緒に行くよ」


 お兄ちゃんが真面目な表情でそういった。……彼が本格的にダンジョン外に攻めに出るのは初めてのことになる。その大胆発言によって今まで賑わっていた会場の空気が一瞬にして張り詰める。


「ちょっと待ってくださいっス!危ないっスよ」


 ヘーゼルちゃんが止めに入る。いつもならすぐにお兄ちゃんが反論をするけれど、言い合いになる前にすぐ、ジャクリーンちゃんが車椅子を漕いで間に割って入った。


「いえ、待ってください。ウィトさんが来てくださると正直助かります……やはり人間同士での会話の方が、ダンジョンマスター……リュウジョウ様への説得が上手くいくかと思いますので」


 その一言に、ロザロザちゃん含めたナナヤの巫女全員が彼女を睨みつけることとなった……確かに彼女のことをお兄ちゃんは気に入っているけれど、彼女の事情をお兄ちゃんの安全より優先する理由は私達にはない。


契約書に書かれている内容にも、ウィト本人の参加は含まれていないはず。


 けど、そんなにも睨まれているに、ジャクリーンちゃんはいつもの微笑を崩すことはなかった。


「みんなそれまで。我が主マイ・ロードが我々を自由にしてくださったように、我が主マイ・ロードにも自由に外に出ていただけるはずでしょう。安全が気になるというなら、ヘーゼル姉とデリラが一緒に来ればいいわ。もちろん、私も同行する」


 アニマちゃんのその一言に場は静まったけれど……ジャクリーンちゃん。何のつもりなんだろ。


 XXX


「アニマさん。ありがとうございました。どうしてもウィトさんには、私のダンジョンに来てほしかったので」


「何もしてないわよ私は……貴方の策が正しいなら、我が主マイ・ロードは自然とそちらをお選びになるはずよ。いくら私達がこんなデザイナー特権を活かして、密室ではかりごとをしようとね」


「……そうですか。アニマさんも来てくださるのですよね、よろしいのですか?」


「ええ。むしろ私しかいないでしょ?にいていいのは……問題は貴方よ。言っておくけれど、私は貴方が作戦を急に変えるような我儘をしても、許してあげるつもりでいる、いやそれどころか、貴方に我儘を言ってほしいとさえ思っているの」


「あはは。良い方に作戦を変えられるチャンスがあるなら、私もそのチャンスを逃さないようにしますね」


 ジャクリーンは扉と扉の間にある隠された空間での密談を終えると、人生が振り切れたかのように、アニマとのくだらない雑談に花を咲かせた。

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