39話 ダンジョン・アタック その1 (三人称視点)

 ダンジョンアタック当日は、ローザローザ達がメルキセデス・トット等とパーティを結成してから一ヶ月ほど後のことだった。


 その頃になると既に町民ですらそのことを把握しており、街の広場で行われた結成式はハンターを応援する群衆と隣国から金の匂いを嗅ぎつけてやってきたハンターでごった返していた。


 「よくぞお集まりくださいました皆様!」


 そんな騒がしい群衆を静めたのは、一際高いお立ち台に立つ、男のそんな一言だった。


 ナディナレズレを拠点としていないハンター達は、今回自分たちが命を預けることになるリーダーはどんなやつなのだろうと、こぞってその顔を見上げた。


 暗い蒼髪のオールバック。全体的にぼんやりとした色合いのベストに、金色の眼鏡がやけに目立っている。疲れた顔だが、どことなく優しそうな笑みを浮かべている。その笑みを見て、他国の新人ハンターは皆、一先ずは人の意見を聞く耳がありそうなリーダーだと一息ついた。


 ニコラ・ベルモント。


 いかにも文化人気質に見える彼こそ、ナディナレズレの現ハンターズギルド長であった。


 そんな彼を、ローザローザとビオンデッタの二人は広場の奥に陣取りひっそりと観察していた。


「あれが前言ってたヤバいやつかぁ。確かにあーゆー影がある感じの優しそうな男って、大体正体黒幕だもんねぇ。ね?ビオンデッタちゃん…………あれ?ビオンデッタちゃん」


 ニコラを見るなり黙りこくってしまったビオンデッタを心配し、ローザローザが顔を覗き込んだ。


「……分かっちゃったわ。あいつね。ターゲット」


「ふぇ?なんでさ」


 ローザローザが目をまん丸にする。


「この街で過ごしているうちに分かったのだけれど、高位の人間は魔法や加護によってステータスを引き上げているでしょう?戦闘中がオン、それ以外はオフ。けれど、あいつは常にオン。人と触れ合うときにのみ、繊細な気遣いによってオフにしている。そんなの人間の所業じゃないわ。つまりあいつは、モンスターよ。それもダンジョンマスターという名前のね」


 ビオンデッタは誰にでも分かることのように言っているが、人間が力をいかにして抜いているかなど、仮に全ての音が聞こえていたとしても、とんでもない集中力がなければ判断することは不可能であろう。


 しかし、ビオンデッタにはそれが可能であった。彼女はウィトの前以外一時たりとも気を抜くことなどないし、集中力には普通限りがあることなども、とうの昔に忘れていた。


「了解。じゃ、あとはこのダンジョンの観察が終わって、このダンジョン攻略を失敗させたら成功だね」


 二人がそんなあくどい内緒話をしていると、広場から突如黄色い歓声があがった。見れば、ニコラの横に何やら新しい人影が見えた。


「それでは、今回の作戦の中心人物を紹介しましょう。今回の作戦には、Aランクハンターのチームが4つ来てくださいました。まず、シリウス様率いる『造鉄の天騎士』。次に、イヴリィさん率いる『竜星の導き手』。そして、ジェットさん率いる『偽禽の刃』。最後に、ヴァッシュさん率いる『不断の開拓者』。この4つのパーティに皆さん基本は従ってくださいね!」


 それぞれのパーティのリーダーなのだろうか。四人のハンターが壇上にあがる。皆、一様に麗々しく華美な鎧を身に着けていた。


 しかし作戦を失敗させることが目的である巫女の二人にとっては、その見た目の力強さも億劫なものにしかなり得ない。


「うわぁ強そう……この国に来てくれてるうちに毒、入れてときたいね。あ!あのイブリィさんって人、可愛くない?」


「……そうね」


 と、二人がそんなテレビの前でするような会話をしていると、突然ギルド長ニコラが二人の方を向いた。


 一斉に広場の視線が二人に集まる。ビオンデッタは一切動じず、ローザローザは咄嗟に笑顔を作る。


「それと皆さんにお伝えすることがございます。あそこにいる美しいご令嬢のお二人は、三週間足らずでDランクにまで駆け上がった有望株です。今はDランクハンターの男性二人と組んでいるそうですが、ぜひこれを機にお話してみてくださいね」


 ニコラ・ベルモントが微笑みながらそういうと、二人を見慣れたナディナレズレの住民を除く人々に、ざわめきが起こった。


 そして間もなく、少し巫女達と会話したことがあるもののなかから二人の美貌とその実力に関して、根拠もない噂話が立ち上る。やれ貴族がどうのだとか……恩寵がどうだとか。それは彼女達がギルドに入会した際、散々なされた噂話だった。


(げっ!なんか注目浴びせられちゃったんだけど……ま、私は友達が増えて任務しやすくなるか。……ってか、モンスターってことはバレてない、はずだよね?)


 ニコラの優しげな目元には一切の感情が表れておらず、ローザローザはその感情を読むことができなかった。


 といっても二人が注目を集めたのは一瞬のことであり、ニコラが具体的な作戦内容の話に移ると、皆の視線は再び壇上に集まった。


 ────しかし、Aランクハンターの四人だけはずっと、品定めするように二人を見つめ続けていた。


 ビオンデッタはそんな四人を無表情のまま見つめ返す。


(問題ないわ。こいつらを品定めするのは、私達の方よ)


 XXX


『ナディナレズレの巨塔』…………海岸近くに建てられたその塔が目を引く点はやはりその高さだろう。


 150階建てのその建物は、下からではその頂上を仰ぎ見ることはできず、雲に覆われている。


 その塔の姿はナディナレズレ国からであってもぼんやりと見ることができ、特に外に害を振りまくものでもないそれは、威圧感を与えることさえなく風景の一部としてその地に馴染んでいた。


 ただし、実際に攻略しようとその地を訪れるまでは。


 近くに訪れたものは皆一度、目を見開くのだ。高さではなくそのに。


(……直径は大体、2000歩分くらいでぇ、階段が毎回対角線上にあることを考えると……敵や罠がなくたって普通の人間なら登るのに二日はかかるだろうね。お兄ちゃん風に言うなら……野球ドーム四個分?)


 攻略に来たハンターの多くは、その塔を一目みて思うのだ。「こんな巨大なダンジョン、本当に踏破出来るはずがない」と。


 それでもダンジョンは強力であれば強力であるほどそのコアに満ちた魔力は凄まじく、神に奉納するだけで人生の成功を約束されるも同然である。そう思えばこそ塔の巨大さに物怖じしたハンター達も、目立たないよう後方支援に従事し、分け前を貰おうと少し遅れてダンジョンに入るのだった。


 そんななか、即席のパーティである「トット攻略隊」は、他のどのパーティより先陣を切って進んでいた。ぐんぐんと進むローザローザに連れられる子供のように。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ローザローザさん!さっきAランクの人達についていった方がいいって言われてたじゃないか」


 石造りで出来た巨塔の内部は、ローザローザのブーツとビオンデッタのヒールの音がコンコンと高く響いていた。正方形の白い石畳がひたすら続く廊下はどこか病院のようで、本来戦地であるはずのその場は堅苦しい静謐さを保っていた。


 一階部分は今だ拠点設営の声でうるさかったが。


 本来であれば、先陣を切る役目はAランクパーティの集団のはずである。しかし、彼らが一階で仮拠点を築いている間に、違う目的を持つ、ローザローザとビオンデッタは二人を呼び出して歩みを進めていたのだ。

 

 「おい!待てって!ここのリーダーは俺だ!そうだろ?」


 「ちょっとだけだって!ほら、あんな仮拠点設営なんかやってても点数貰えないよ二人共ぉ。ここで一番槍に挑戦するからこそ、あの陰気ギルド長の覚えもめでたくなるってもんでしょ?」


 (ま、本当はトット君が先導したことになるんだけどね!!)


 先んじてダンジョン内に潜り、巨塔の戦力を正確に把握する。そしてあらかじめトットとアランに飲ませていた睡眠薬を起動させて眠らせる。


 後は、毒を広める罠を置いといて、独断先行は全てリーダーとして登録してあるトットのせいにする。


 ……トットがごちゃごちゃ言った時のために自分の腕くらいを千切っとけば毒への関与は疑われないだろう。


 と、それがローザローザの作戦の全貌であった。

 

 ────しかし、早速彼女にとって想定外のことが起きる。それは、道中役に立てようと思っていたトットとアランが、ダンジョンモンスターに歯が立たなかったことだ。


(嘘でしょ?Dランクハンターってこんなにお守りがいるの!?)


 1階層に出てくるモンスターは全部で三種類である。不死族のアニメイテッドホーンズ。機械族のミミックドール。魔人族のアサルトクラウン。


 彼らの異様な共通点として、「黒髪ロングの髪型をした人型」ということが挙げられる。ローザローザは最初ジャクリーンに似ていて戦いたくないとも感じかけたが、しばらくそいつらの動きを見て、全くその心配が必要ないことに気づいた。


 三種類のモンスターは人型だったが、それは人の形をしているだけということであり、全く人間らしくはなかったからだ。ゾンビだし、人形だし、肌の色がちょっと紫で瞳が金色に光っているし、そんなモンスターの姿や挙動は、ローザローザが気に入っていたジャクリーンには似ても似つかなかった。


 そのため、ローザローザが最もイラつくことは敵の姿ではなく、味方の無能さだった。そんなモンスター達との一対一だって、トットとアランは手も足も出ないのだった。

 

 ────トットはハンターの基礎として身体強化スキルは扱える。


 しかし、加護は持っていなかった。神の加護を受けている人間は全人口の10%だという事実を考えれば、それもおかしなことではないだろう。


 川に溺れたイケメン全員へ加護を与えるナンナキシュ女神の加護にかけて、川に飛び込んだこともあるトットだったが、ついぞそれは敵わなかった。


 単純に加齢による動きのキレの悪さと、戦闘の才能のなさが、トットの弱さの原因であった。


 反面、アランは火の神の加護を受けている。


 しかし、その加護は特別強力なものではなく、彼が使用できる加護は高度な魔法使いであれば再現可能な程度のものであった。それでも十分価値あるものではあったが。


 アランが役に立たないものだと扱われている何よりの理由は、意気地がないからであった。


 ……彼らはDランクハンターの中では特別役立たずであったが、それでもこのダンジョンに出てくるモンスターがCランクである。そのことを考えると、今回のローザローザの作戦にはDランクの誰を連れて行っても結果は同じであったかもしれない。


 モンスターはそもそも人間より強い生物だ。Cランクモンスターともなると、Cランクのパーティがそれぞれのモンスター毎に対策用なアイテムを揃えて挑むような難易度である。


 ……ローザローザも当然それは知っていたが、まさか本当に彼ら二人が何もせずに怯えているばかりだとは思っていなかった。これは十年間もウィトというステータスが人間並みでも活躍しまくる規格外を基準にしてしまっている弊害であった。


 そして最大戦力であるビオンデッタはAランクハンター達の素性を調べるためにダンジョン内の音に集中している。


 となると、戦えるものは本来裏方のローザローザしかいない。


「あーもう!こんなのかわうぃーロザロザちゃんの仕事じゃないのにぃ!イラつく!イラつく!『金貨の隠し場所はクッションの下。暖炉の奥。靴下の中』『これは強禦きょうぎょ討つ日雷ひがみなり』『鯨波を刈る裁きである』焼き払っちゃえ!ファイアストーム」


 ローザローザの手元から炎が立ち上り、人型の群れを薙ぎ払う。


 魔法に耐性があったのか、アサルトクラウンのみが炎から飛び出して襲いかかる。


「ひ、ひぃいいいいい!ローザローザさん!助けて」


 アランが攻撃されたわけでもないのに、地に倒れ伏して叫ぶ。


「……ああもう!ほいさ!『頓馬の逍遥』『怯懦きょうだせよ底なき魂共』『禍胎秘めし大地よ。起きたまえ』!喰らえぃ!ランドスピアー」


 襲いかかっていたアサルトクラウンは、ローザローザの魔法によりアランの目の前で地面から出でた槍によって貫かれた。アランは、腰に挿した剣を抜いてすらなかった。


「よ、よかったぁ!ロ、ローザローザさんがそんなに魔法が上手いなんて知らなかったよ」


 アランが立ち上がり、ズボンについた砂埃を払いながら笑顔で言った。まるで、戦闘に参加していたかのように。……アランは少し天然なところがあった。


「…………全然大したことないよ」


 ローザローザは溜息をグッと堪え、なんとか口角を上げてみせた。


(こいつ等、ほんとにほんとの本当にお兄ちゃんと同じ種族なのぉ……?デリラちゃんが見たらお兄ちゃんの汚点になるって焼き払われちゃうんじゃないのかな)


 ローザローザは内心へとへとになりながら、毒の設置スポットを探したのだった。


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