40話 ダンジョン・アタック その2
一般的に、モンスターと人間ではモンスターの方が強い……正確には、モンスターが人間に勝てるように産み出された生物であるというべきではあるが。
では、人間とモンスターの強さを分かつものとは何か。もちろん、地球で人間が熊に勝てないように、モンスターらしい翼や爪の存在など、身体の機構も重要である。
しかし実際には、モンスターの驚異の大半は、純粋なその体躯のみでなくモンスターが持つ『種族スキル』によるものである。
例えばローザローザの場合は、Gランク時、ヴェノムヴァインだったときの『毒生成』、Fランク時、ブラッドローズだったときの『植物操作』、Eランク時、ヴァインホラーだったときの『吸精』。そして、Dランクになって得たユニークスキル『毒会話』。この4つのスキルはどう頑張ったって人間に扱うことはできない。
この差がモンスターと人間の立ち位置を明確にしていた。
────少し『種族スキル』について説明しよう。
モンスターは一部の例外を除きランクアップ前の種族スキルを用いることができるため、種族スキルはGランクの時は1つ、Fランクの時は2つと、ランクアップする度に1つずつ増えていくこととなる。
大抵は高ランク時に得た時の種族スキルの方が有用だとされているが、ビオンデッタがGランクで得た『広範聴覚』を使ってスパイ任務に従事しているように、Gランクで得た種族スキルであっても基本的には使いようが存在する。
……ウィト達の10年間を見れば分かることであるが、基本的にモンスター達はモンスター同士で争うことを宿命づけられた生命体である。そのため、弱い種族スキルを持つモンスターなどそもそも淘汰されて消え失せている。
ナナヤの巫女達は全員、Dランクであるために1人4つしか持っていない種族スキルを、各々の個性として最大限活用していた。
彼女達はさらに、Dランク時に種族スキルの代わりとして強力無比なユニークスキルを手に入れており、もはや「ランクアップをすれば種族スキルはより強力になる」という法則から離れているのだが、それはかなりのレアケースとして今回は横に置いておこう。
……では、人間がそんな強力な種族スキルを持つモンスターに対抗するにはどうすればいいのだろうか。
その答えは、どの人間に聞いても『加護である』と答えるだろう。人口の10%のみ使用できるとされる加護は、マッチポンプのように「
……そういう風に作られているのだから当然なのだが。だからこそ人々は神に加護を貰うために毎日熱心に働くこととなるのだ。
超高ランクのハンターは大抵加護持ちであるし、各地の王族なども大抵はどうにかして加護を得ている。
また、例え貧しかろうと、加護を貰えばどんなものであっても食いっぱぐれることはまずない。それがエティナにおける加護というものの立ち位置である。
しかし、神に愛されていなくとも人間がモンスターに対抗する術はある。────神とは強欲なものなのだ。自らが愛していない、加護を与えていない人間からも供物が欲しいものなのである。
……それでは、加護無しの人間が扱えるスキルとはどのようなものか。
それは2パターン存在する。
まずは『汎用スキル』。これはステータスがある程度あれば誰であっても訓練により習得可能なスキルであり、人間だけでなくモンスターも習得できる。
『毒防護』、『自動小回復』などのパッシブスキルの多くがここに当てはまり、ステータスを高めればいくらでも習得が可能であるため、高ランクのハンターであれば大量に保有していることが一般的だ。
また、『硬化』『俊敏化』などの、大して強くはない一時的な身体強化スキルも汎用スキルとなる。そうした、簡単に使用できる身体能力向上系スキルをいかに上手く扱うかがハンターの強さの肝であると言われている。
まとめると、加護ほど強力でないパッシブスキルや自己強化スキル、耐性スキルなどが汎用スキルであるといえるだろう。
そして、もう一方の人間が使用できるスキルは『代償スキル』と呼ばれているものである。
その名の通り何かを捧げることで得ることが出来るスキルのことであり、強いハンターがより強くなる収穫逓増の法則を担う要因の一つである。
捧げるものは金、家畜、油、知識、働き、貞操、寿命、経験など多岐に渡るが、大抵の代償スキルは金品を送るだけで一定のスキルを使用できるように街の神殿が処置をしてくれており、ハンターの多くは得た金の一部を神殿に送りこれらのスキルを使用している。
基本の10属性の魔法は全てがこの『代償スキル』であり、魔法を多彩に扱えるハンターはそれだけで金持ちであることが確定するというわけだ。
こうした魔法などの代償スキルは普通、モンスターは使用することができない。神持たぬ彼らは何も捧げることができないからだ。その代わりに強力な種族スキルがあるわけだが。
また金があればいいわけではなく、『汎用スキル』同様要求ステータスが存在するため、いくら大金持ちだからといって鍛えることもなく特大レベルの魔法をぶっ放すことはできない。
────ただし、驚くべきことにダンジョンモンスターは、ダンジョンマスターの許しさえあればDPを代償にして代償スキルを得ることが可能である。
といってもモンスターを増やした方が効率がいいため、それほど一般的ではないが。そもそも大抵のモンスターは種族スキル以外のスキルを練習する知能とモチベーションなど持ち合わせていないのだ。
……けれど当然、ウィトはステータス的に可能な限り、全ての代償スキルをナナヤの巫女達に習得させていた。
そのためローザローザは、全ての属性の魔法を使用でき、特に『Cランク炎魔法』。『Cランク水魔法』。『Cランク風魔法』、『Cランク土魔法』……毒の調合の際に使い勝手のよい上記4属性の魔法を得意にしていたのだった。
10年間毎日戦闘に身を置き、同じ環境の仲間と競い合った彼女達の汎用・代償スキルの熟達振りは、高ランクハンターと見紛うくらいほど
────だからこそ、ローザローザが詠唱を唱えると、まるで自らの手足のように火が、水が、風が、土が蠢く。彼女は足手まといを二人抱えながらも、余裕を持って戦場全体を見据えていた。
(なんで戦闘狂ばっかりの巫女のなかで、一番心優しいロザロザちゃんがこんなことやらされてんのさ!もっと圧倒的有利な状況で監禁とかするのがロザロザちゃんの仕事なのに!)
と、内心は穏やかではなかったが。
「『
彼女がそう唱えると、その視線の先に突如風の刃が現れ、モンスター達の身体を切り裂いた。繊細な操作によるものなのか、その風はアランやトットに傷一つつけることなく、廊下を通過していった。
彼らはいくら味方が放ったものとはいえ超常的な力の存在に怯えきって、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
……しかし周囲から敵が一掃されたことを確認すると、すぐに調子を取り戻してローザローザに話しかけた。
「ローザローザさんって本当にすごい魔法使いなんだね!見たことないよこんな高ランクの魔法!」
「それに何種類の魔法を使ってやがる。どんだけ金持ちなんだ?てめえ」
「いやー、それほどでも」
ローザローザはおざなりに誤魔化す。どれだけ怪しまれようと、もうどうせ二度と組むこともないのだ。
「……それでよぉ、さっきから気になってたんだが、どうしてそこの姉ちゃんは戦わねーんだ」
ずっと目を閉じて周囲の音を聞いているビオンデッタを指して、トットが尋ねた……最も戦力になると踏んでいたビオンデッタが戦闘に参加せず、さらにそのことをローザローザが指摘しないことが不思議でならなかったのだ。
……一度馴れ馴れしく彼女のことをビオンデッタと呼んだことのあるトットだが、ぶん殴られてからは「姉ちゃん」というなんとも小悪党らしい呼び方となっている。
「ちょっと黙ってなさい」
しかしその返答は、同じチームとは考えられないほど無愛想なものだった。流石にその返事はないだろうと、トットが悪態をつく。
「何言ってんだ?大体だな、普通パーティ組んで一人だけ何もしないってのは……」
「はいはい。そんな文句言うならせめてロザロザちゃんの半分は敵を倒してねってハ・ナ・シ」
「……ったく」
倒したモンスターの死体を剥いでいるトットに対して、ローザローザが指摘した。先輩でありながら気づけば荷物持ちの仕事をしている自分を誤魔化すように、トットは会話を打ち切った。
────それは突然の出来事だった。ダンジョンに入ってからは何の行動をしていなかったビオンデッタが、突如パーティの先陣に躍り出たのだ。
「そろそろいいでしょう。大体討伐隊の内情は読めたわ。さ、ローザローザ。トット。アレン。とっとと下がりなさい」
ビオンデッタはパーティの先頭で腕を組み、その均整の取れた長い脚を伸ばしてポーズを取る。そのヒールの鳴らすきつく高い音の響きには、戦場ですらどこか威圧感があった。
「……リーダーは俺だぞ」
「……僕、アランです」
そんな二人のささやかな主張を無視して、ビオンデッタは速歩きを始めた。こうなれば彼女の独断専行はもう止まらない。
しかし、その歩みはどれだけ速かろうと目が離せないほど優雅で、二人はすぐにワンマン社長に振り回される秘書のように走り出した。ローザローザはのんびりと頭の後ろで手を組み、二人についていく。
(この走ってるみたいな速度の速歩きでも、まだロザロザちゃん達に合わせてくれてるんだけどねぇ……)
などと思いながら。
そしてビオンデッタは最高効率で近道を当て続け敵の集団の目の前に到着すると、驚くべきことに
それも、敵が手を伸ばせた届きそうな距離で。
────当然、大勢の魔物が一斉にビオンデッタへと襲いかかった。あるいは知能が高いモンスター相手であれば警戒もされたかもしれないが、ただ侵入者を排除するモンスター達にとっては攻撃対象にしかなりえない。
一瞬にして爪、魔法、拳の群れがビオンデッタを取り囲む。
(ああ!危ない!!)
その二秒後の有様が想像できたアランは、咄嗟に目を逸らす。
けれど塞いだ目の隙間に、いつまで経っても来るべき光景は訪れなかった。
「ぜ、全部の攻撃を受けきってる?」
アランにとっては全てが致命傷となりうる攻撃を受けても、ビオンデッタは腕を組んだまま微動だにしていなかった。それどころか目を開けてすらいない。
この行動の意味はアランには一切わからなかったが、とにかく彼女の実力がモンスター達を圧倒していることは彼にだって分かった。
「あ、あの人すごい速い加護かと思ってたけど、防御力もすごいんだね!どんな加護なの?」
と、アランは興奮してローザローザに話しかけた。
「どーなんだろ?ロザロザちゃんもよく知らないんだよね」
……その発言がビオンデッタの努力を知るローザローザの鼻についたとも知らずに。
(適当に加護だなんだかと一緒にしやがって……なんでもかんでも神頼みのお前らと、ビオンデッタちゃんの覚悟を一緒にするんじゃねーよ)
ローザローザは適当に誤魔化しながらアランの話に応じる。そんなことよりも、ローザローザはビオンデッタから来るであろう報告を聞き漏らさないよう、注意深く耳を澄ましておく必要があったからだ。
「上から、BDDBC+E-。DDBCDD+。BBCECF。前衛型と後衛型の混成Cランクモンスターの集団……結構うざいわね」
ビオンデッタがぼそぼそと呟く。声が聴きとれるのは、ここにはローザローザのみだ。
────ビオンデッタはこの時、相手からの攻撃を受けることでステータスを割り出していた。
彼女は修行の一環として何度も同僚の巫女から攻撃を受け、命を落としながら敵のステータスを分析する能力を獲得していたのだ。……これは先程さんざん説明した『スキル』ではなく、血と、汗のこもった『
そして、ビオンデッタが眼鏡を外してローザローザの方を向くことなく放り投げる……これからの激しい戦闘には余計なものだった。
彼女は、頭を振って少し髪型を整える。そして、背後に眼鏡を投げるため挙がった片手をそのままに彼女は静止した。……そんなポーズであっても、彼女は元からそんな構図が存在しているかのように決めにキマっていたのだった。
(あ、くびれとお尻から挙がった手にかけて黄金比発見!)
と、そんなふざけた考察をしながらも、ローザローザは眼鏡をキャッチする。
「それじゃごめんだけどローザローザ。私ちょっと馬鹿になるから」
「アハハ!なにそれ?誘い文句なのぉ?ロザロザちゃん誘われちゃってる?でも、ロザロザちゃんはぁ、そのモードのビオンデッタちゃんも大好き!」
ビオンデッタの発言に対して、ローザローザが馬鹿にしたように笑う。ビオンデッタの言葉が聴こえていない男二人は、当惑しっぱなしである。
そして、二人にとってはなおさら意味不明なことに、ローザローザが突然詠唱を唱え始めた。……それは低ランクの光魔法の呪文だった。
「『陽光の輝きは
ローザローザが閃光を放つ。これはトットとアランに向けた単なる目眩ましである。
────ビオンデッタが
「くそ!目が開きやがらねぇ!何のための光魔法だってんだまったく……うお!蜂がいやがるじゃねぇか!」
光が止み、目を覚ました二人の目の前には蜂の死骸があった。これは二人にとっても街中で何度も見たことのあるはずのものだが、アランは混乱していたのか、遠くで敵に以前囲まれたままのビオンデッタにその事を咄嗟に指摘をする。
「ビオンデッタさん!後ろ!危ないですよ!」
アランは咄嗟に剣を握った。
彼には閃光が終わってから少し移動しているそのビオンデッタの後ろ姿が、何かとても不吉なものに思えたのだ。
……アランには知るよしもないことだが、それはビオンデッタが常に気をつけていたポージングの美学が、全て彼女の中から消え去っていたからである。
(いざという時は、僕が彼女を……助けるんだ!)
アランはまだ慣れない目を無理やり開け、覚悟を決める…………ウィトのそれには遠く及ばない、人並みの覚悟を。
だからこそ彼は、その声に振り返ったビオンデッタの顔を見て言葉を失ったのだろう。
人間離れした速度で高速に動く眼球、だらしなく開いた口、そして、「キチチチチチ」という虫の顎が閉じるような音。よく聞いてみるとそれは、歯ぎしりの音だった。
そしてビオンデッタは、腰に挿されていた刀をするりと抜くと、刀に振り回されるように回転し、綺麗に周辺のモンスターの
カツン……カツン……と先程より弱い音を鳴らしながら、パーティを無視してビオンデッタは廊下の奥へと進んでいった。まるで次の獲物を探すように。
……アランにはもはや、彼女の姿が憧れを抱いた洗練された女性のものではなく、野良犬のように見えていた。
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