41話 ダンジョン・アタック その3 (三人称視点)

 ビオンデッタの持つ武器は、刀とボウガンの二種類だった。刀は雪のように白く、ボウガンは黒漆で塗られたように輝度が低かった。


 しかしそうした美しい武器達すら、今のビオンデッタが持てば彼女の異様さを引き立てるのみとなる。


 ……彼女の動きには、戦士にあるべき心技体の均整がまるでなかった。目の前の敵に斬りかかったかと思えば、操り糸に釣られたかのように肘が跳ね上がりボウガンで後ろの敵を撃つ。


 刀を虚空に何度も振ったかと思うと、刀の重みに引きずられるように飛び跳ね急接近する。トンボのように急停止、急発進を繰り返し、見えていなかったはずの側面の敵に対して、興味を示すことすらなくボウガンで撃ち抜く。


 それは……見るもの全てに、こんな動き人間が出来るはずないと思わせる動きであり、実際に人間に出来るはずのない動きだった。彼女が刀を振るう度に、彼女自身のどこかしらの骨が折れていたし、あまりの速さによって人体には不可能な急停止も、筋肉を無理やり働かせて制御していた。


 名実ともに、彼女は人間離れを体現していたのだ。


「シィィィィィィ!」


 彼女は歯の隙間から息を漏らしながら、敵対するものの首のみを執拗に切り落とした。それは純粋に、彼女にとってそれが最高効率に思えたからである。


 人の首が落ちる瞬間は、想像を絶する量の血が噴き出る。それは人型を模した『ナディナレズレの巨塔』のモンスター達であっても同様であり、ビオンデッタの身体は全身が血でびっしょりと濡れ、テラテラと光っていた。


 しかし彼女は血を払うことすらせず、落ちた頭をヒールで蹴り上げると、頭突きで弾き飛ばし相手の頭にぶつけた。


 彼女が戦闘を始めてからずっと、血の滴る音と重い物のぶつかる音が鳴り止むことはない。


 ────ビオンデッタ・ガヴァネス。


 蟲族のユニークモンスターであるパラサイティックワスプで、ナナヤの巫女随一の効率厨。


 移動時間が一秒でも短縮できるならと、コアからリポップするために自殺する狂人であり、最先端のファッションを追うように自分の顔を弄り続ける自己のなさ。


 彼女の持つユニークスキル『全奪取寄生』はまさに、そんな彼女の性格を体現したスキルであった。

 

 ……彼女はスキルにより、身体の中に蜂を常に住まわせている。それは娘であり、でもあった。


 人間の姿の彼女はこの世のものとは思えないほどの美人である。しかし、モンスターの姿をした彼女をよく見れば、その異質さがよく分かる。蜂状態の彼女の産卵管は体外ではなく、内側に向いているのだから。


 ビオンデッタの体内、あるいは胎内に産み落とされた蜂はすぐには成体にならず、幼虫の状態となる。そして、母体がスキルを発動するまでは決して動くことはない。


 ただしその幼虫は、母体から送られる信号を機械的に受け取り、変態後に予定している


 そして母体がユニークスキルを発動すると同時に、母体の持つ「命」に加え「記憶」や「スキル」、「魂」、「ウィトとのダンジョンモンスター契約」、果てには「ナナヤ女神の加護」までを奪い、成虫となり母体から飛び出すのだ。だからこその『全奪取寄生』である。


 当然、飛び出た子は親とは別個体であるからその際に傷や状態異常は全て解除されるし、その子は親から受け取った情報により、


 ビオンデッタの他の『種族スキル』は、クワイエットスウォームだった頃の『広範聴覚』に、Fランクのビッグフライだった頃の『行動予測(空気)』。それに、Eランクモンスターのマダムビーだった頃の『ワスプ召喚』と、いずれもが情報収集に特化したスキルであり、敵の弱点を把握することは彼女の最も得意とすることであった。


 そして敵の弱点に合わせてアップデートされた自身を産み落とす。それが彼女のユニークスキル、『全奪取寄生』である。


 自身にだけステータスの後出しが許されているという特権。それこそが彼女が諜報活動において巫女トップの適正を誇る理由でもある。


 ────といっても、あくまで振り直しであり、強くなるわけではない。ステータスを相手に合わせて最良のものへとするのみで、全てSランクなどには出来るわけではない。

 

 その極めて異質なスキルの性能を、ビオンデッタは最大限発揮していた。


 記憶が引き継がれるとはいえ自らの存在を抹消する不快感は耐え難いものであるし、最良のステータスを判断する情報収集能力も必要となる。


 そしてもし最良のステータスが生命力G、堅さGといった、攻撃を受ければ絶大な苦痛を負って弾け飛ぶようなステータスであっても、それが最良なのであれば躊躇なく選べる効率への執念。


 それこそが、ビオンデッタ・ガヴァネスの真骨頂なのである。


「シッ!シッ!シツツツツッ……」


 5匹のモンスターを廊下の先に補足したビオンデッタは、頭を地面スレスレになるまで低くさげ脱兎のように、素早く駆け出した。


 不死族アニメイテッドホーンズが魔法を放ち、アサルトクラウンがナイフを放つ。しかし、そんなものビオンデッタの速さを補足するには到底及ばない。彼女はヒールで、壁を走り、それらを避ける。


 そして自らが命を預けるはずの武器すら敵に向かって投げ飛ばした。……一応補足しておくと、彼女のボウガンは同僚であるピルリパートが頑丈さのみを追求して作成した特別型である。


 彼女は武器を捨てて空となった手で投げられたナイフを掴むと、そのまま走っていきそれで相手の首を跳ね飛ばした。


 そして敵に刺さったままの刀とボウガンを掴むと、力任せに振り回した……どうやらボウガンの底部には刃が備わっているようで、残った4人の頭が落ちた。


 その速度は、まるで人が大きさそのままに虫並みの運動能力を持っているかのようであり、とても目で追えるものではない。


 ────今のビオンデッタは素早さ特化状態だ。


 普通の相手ならある程度知力にステータスを振った状態で子供を埋めるが、今回のように混成された複数の敵相手の場合、ステータスがそれほど多くない。


 だからこそ彼女は、日常会話が成り立たないレベルまで知力を犠牲にする必要があったのだ。


 ……大抵のモンスターはある程度ステータスのバランスが取れている。もちろんそれぞれ多少の偏りはあるが、生命力Gで堅さはS。なんて経験値を沢山貰えそうなステータスを持つモンスターはそれほど多くない。


 それは『パッシブスキル』の中に含まれる耐性スキルを得る必要があるからだ。


 『毒防護』、『麻痺回復』などの状態異常耐性を付与するパッシブは生命力を高めないと得られないため、例えば堅さがSで怪我する心配のないモンスターや、速さがSで攻撃に当たる心配のないモンスターであっても、毒ガス対策などにある程度生命力を持っている必要があるのだ。


 同様に力が低ければ星魔法による広範囲な重力魔法だけで起き上がれなくなるし、魔力が低ければ広範囲魔法に対処ができない。知力が低ければ精神操作系のスキルに対処ができないし、素早さが低ければ必殺系の技を避けることもできない。


 このように極振りが強いことは決してなく、エティナではステータスのバランスがある程度取れていなければ、格下に負けかねないのだ。そんなもの、戦いに生きるモンスターにとっては欠陥である。


 けれど、既にダンジョン内の情報を収集し終えた彼女には、状態異常と精神操作の可能性を難なく切っていた。


 そのため彼女は現在、生命力E力S堅さD魔力D素早さS知力E-という、ちょっとでも相手が状態異常攻撃を使用すれば死にそうな脳筋ステータスで、ひたすら蹂躙を繰り返している。

 

 彼女のなかに敵の攻撃に当たる心配など既になく、どれだけ効率よく敵を刈れるかしか頭にはなかった。


 ビオンデッタは敵の群れに単身突っ込み、片手で刀を横に薙ぐと、その勢いに振り回されるように伸びたボウガンで、敵のこめかみを殴打した。


 ────ビオンデッタの戦闘スタイルは完全に我流である……当然、ウィトから護身術は習っているし、大切にしている。けれど彼女にとって人間の武術は非効率に見えてならなかった。


 どうして継戦能力など気にする必要がある。身体が潰れれば子を産めばいい。保身さえしなければ、人間の身体はこんなにも自由に羽ばたけるというのに!


 ……しかし、彼女のそんな行動は、常人にとっては人外の動きにしか見えない。


「な、なんかやばくないかあの女」


 必死に走ってようやく戦いながら進んでいるビオンデッタに追いつけるトットとアランだったが、その姿と道に並んだ首無し死体の列を見て、呆然とした。


 彼らの視界の先では、ビオンデッタが無表情のままヒールの踵で敵の喉を突き刺し、それを蹴り飛ばしていた。


「……そういう加護なの。本気を出すと正気を失うっちゃうんだよね!」


 ローザローザが思いついたかのように言った。


 神の中には変態じみた供物を要求するものもいる。狂った戦闘をするナナヤの巫女のことを誤魔化すために、ローザローザはそうした神の存在を利用したのだ。


「そんな加護聞いたこと無いが……蛮地の祭祀か?」


 モンスターの女神であるナナヤ女神の加護の力は人々には一切知れ渡っておらず、トットは上手く誤魔化された。


「ビオンデッタちゃんはお兄ちゃんからEのイニシャルの能力であるEvolutionを受けているからね!」


 ローザローザがそういうと、ずば抜けた聴覚を持っているビオンデッタがグルンとひるがえって言った。


「ソンナ……セッテイ……ナイ……」


「うわぁ!ビオンデッタちゃんがステータスの限界を超えてツッコミ入れてきた!」


 それは昆虫語のツッコミであったが、問題なく聞き取れるローザローザがケタケタと笑った。


 戦場のど真ん中で仲間と戯れ合う。それはかつてローザローザが空想していたような楽しい将来像の一つであった。


(うん。やっぱりみんなの力があれば、戦場を思うままにコントロールできる!みんなはお兄ちゃんのために働くのが好きみたいだけど……お兄ちゃんに喜んで貰うためにロザロザちゃん達も楽しまないとね)


 ローザローザはこれから毒ガスを浴び瓦解する『ナディナレズレの巨塔攻略班』の未来を想像し、口角が上がり始めた。


 そんなときだった。


「あれ?」


 と、気の抜けた声がして、続いてうわぁぁぁぁという悲鳴が廊下に響いた。喉のリミッターが外れたような、掠れながらも凄まじい声量の悲鳴だった。


 声の響いた方……アランの方をパーティ全員が一斉に向く。


 それは空気の流れを読むことである程度の未来予測が可能なビオンデッタにすら、予測不能なことであった。視線の先、アランはその顔を悲痛に歪め、手だけで地面を後ずさっている。


 そして、そのには、上半身しか持たないジャクリーンそっくりのモンスターが、人間ほどの大きさの鋏を持って、アランの足首を切り飛ばしていた。


 モンスターは指を地面に突き立て、だらしない笑みでアランを見ている。


 その姿を見て、ビオンデッタはスキルの弊害で普段より鈍くなった知力を回転させて思い出した。


 (あれがグリムリッチね。……ジャクリーンの言ってた、階層を徘徊するBランクモンスター。突然現れたということは時空間魔法持ち?いや、どちらかといえば高度な隠密スキルかしら)


 ビオンデッタは少しでも情報を得ようと、その突如現れた上半身だけのモンスターを観察した。


 彼女の視線の先、アランが半狂乱のまま床を這い回る。


 すると当然そこに、無慈悲な鋏が再び振り下ろされようとしている。このままでは当然アランは死ぬだろう。


 それでも、ビオンデッタはグリムリッチがどのように攻撃するのかをずっと見ていた。


 そこに魔力は介在するのか、精神操作スキルを用いていないか。そちらの方がずっと大事なことだから。


 ────眺めていると、アランは最後に助けを求めるようにビオンデッタの方を見て手を伸ばした。恐怖で言葉も出ないのか、首は腱が見えるほど伸び切っていた。


 その距離は遠く、ここから庇いに行けばビオンデッタ自身もただでは済まない距離だというのに。


(貴方は最後の最後に敵を睨むのではなく、出会って一ヶ月の人間に全てを託すのね)


 ビオンデッタは眉をしかめた。ウィト様ならざる人の身とは、なんと愚かで、身勝手なのだろう。


 ……そもそも彼女は役立たずが嫌いであったし、アランの自分に向けている好意が気持ち悪くて仕方がなかった。


 共に依頼をこなしたときに勝手に感謝されていたことも、勝手に好意を持たれていたことも既に把握していたが、そんなくだらないことで惚れた腫れたと悩みだすアランの性格には軽蔑しか抱かなかった。


 情報収集に特化したビオンデッタでなかったとしても、アランがダンジョン内ですら自らのタイトスカート越しの肢体をこそこそと視姦していたことには気づいていただろう。────それはおよそ美女に対する青少年の一般的な反応の一つであると言えたが、ビオンデッタにとってはそんなこと関係ない。


 ビオンデッタは好き放題暴れていたが、アランやトットにスカートの中を見られるような動きは一切していない。彼女はウィトに固く貞操を……貞操以上のものを誓っていたし、そもそも効率厨である前に潔癖症だった。


(あんな男、ウィト様が命を大切にしていらっしゃらなければすぐに眼球を抉り出してやったのに……)


 しかし命の限り手を伸ばすアランの姿を見て、一瞬ビオンデッタの脳裏にはウィトの顔が浮かんだ。


 (人を助けたといったら、褒められるかも。助ける声を無視したと言ったら、いくら価値のない塵芥の命とはいえ心優しきウィト様はお気になさるかもしれない……)


 ビオンデッタは一瞬で最悪の未来を想像する。ウィトがこのアランとかいう青年について悩み、少しでも記憶する可能性を。こんな価値のない男のためにそんなことをさせられないし、ウィトがビオンデッタについて考える時間の0.1%でもアランに回ってしまうかもしれないと考えると、彼女には我慢ならなかった。


(元々作戦じゃ腕くらい犠牲にするつもりだったし……。はぁぁぁ、腕一本でウィト様の笑顔がいただけるかもしれないなら採算は取れる……わね)


 ビオンデッタは弾かれたように駆け出すと、グリムリッチの持つ鋏の刃を思い切り掴んだ。

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