1話 転生とルール確認

すっごい媚薬を飲んだら死んだ。何それ。


 俺は鬱々とした気分を晴らすためわざと思いっきり溜息をついた。


「やっぱ偽物だったってことなのかぁ」


 薬を飲んで意識を失ってから気づけば俺、添木憂人は素っ裸で仄暗い煉瓦造りの一室に寝そべっていた。もちろん、怪しい薬を飲むのだから死ぬ可能性は考慮していた。といっても、そのとき本当に運命は感じていたのだ。


 好きな女神様の地元に一縷の望みをかけて向かったら、惚れ薬なんてコンプレックスの解決策が用意されてるとは思わないじゃん。はぁ。結局俺は、人間を好きになることは最後までなかったのかぁ。


「あー。何もしたくねぇ」


 成し遂げられなかった悔しさを胸に抱えながら思い切り寝返りをうつ。自分に出来ることはやりきったと思えていることがまだ救いか。死んだはずの自分が何故ここにいるかなんて疑問を思い浮かべることすらもはや面倒くさかった。


「あーあ。ダメでした。ナバルビ神様」


 俺はいつもしているように、首にかかったロケットペンダントを開いてナバルビ女神の壁画を見た。こうするだけで、相手が壁画とはいえ自分が何かにトキメキを覚えられる人間であることを再確認できた。死んでしまった今、もう確認する必要もないのだが。


「てかなんで俺ペンダント持ってんだ?」


 パチリと目が醒めた。今俺って全裸だよな?ペンダントの発見により信じていなかった死後の世界というものの可能性を感じ、俺の思考は急速に動き始める。


 そして二秒後、結論に至る。


「なんだ。死ぬことを含めて導きだったのか」


 力んでいた肩がストンと落ちたのが自分自身でも分かった。別に超自然の存在を信じていたわけではなかったが、こうして死後の世界のようなものが存在して、ここにあのペンダントだけがあるということはそういうことなんだろう。


 一瞬でも疑ってごめんなさい。とナバルビ神様に心の中で謝る。


「もしかして、私の恋が地球では叶わない願いだから、女神様がここまで連れてきてくださったのでしょうか?」


 言っていて少し悲しくなる。地球では叶わない恋ってなんだよ。


「それで、生誕と啓示の女神ナバルビ様。私はどうすればいいんでしょう」


 そう言ってペンダントに語りかけてみるも、何の返事もない。当然である。ペンダントに入っているのは写真であって女神様本人ではないのだから。今までも感謝や願いこそすれ話しかけたことはなかったのだが、あまりの事態に気が動転していたようだ。


 とりあえず女神様がこちらにコンタクトを取ってくることはなさそうだったので、事態の確認に移る。ここは、死後の世界か?だとしたらどこの宗教の?俺はナバルビ女神に惚れているだけで無宗教なんだがなあ。それとも異世界?


 調査のためとりあえず、部屋の中心においてあった胸像ほどの大きさの黒いガラス玉に触れてみる。一瞬、自分の中の熱とガラス玉の中の熱が交換され、パイプが通ったような感覚がした。すると、文字が次々と空中に浮かび上がってきた。


 なんか異世界で決まりな流れの気がするなー。天国にこんなハイテクな装置があるって聞いたこと無いし。

 

 飛び出した文字に驚きはしたものの、最初の一行にあった『ダンジョンマスター契約書』という文字列に危険を感じなかった俺は、とりあえず読み進めることにした。


「うわー。なげー」


 飛び出た説明文は30ページに渡るもので文字も小さく、しかも俺が知ってるはずもない謎の単語が節々に書かれていた。つまり、書いた奴は人の気持ちの分からないやつなのだということだ。


 とにかく書かれていたことを要約するとこういうことらしい。


 ・ここで俺はダンジョンマスターとしてダンジョンを管理することとなる。

 ・勝利条件はなし。敗北条件はダンジョンコアが破壊される場合か、365日に一度取り立てられる500ダンジョンポイント(以下DP)を支払えない場合。

 ・DPを入手するにはダンジョン内で生物を殺すか、コア……俺が触れている黒いガラス玉に魔力のこもったものを取り込ませる必要がある。ちなみに人間一人殺すと1DPになるそうで、モンスターの場合は強さで貰えるDPが決まるらしい。

 ・ダンジョンマスターはDPを利用することで、ダンジョン設計、トラップ設置、モンスタークリエイト、モンスター強化、ダンジョンマスター強化、アイテムクリエイトといった6つの行動が可能。ただし取り立てられるポイントは別途用意しておく必要がある。

 ・ダンジョンの入り口は中に人がいようと自由に開閉できる。ただし、閉じている間は中で生物が死のうとポイントは得られない。また、閉じたダンジョンの入り口はいかなる場合も破れない。

 ・最初に50DP配布される。

 ・コアが破壊されればダンジョンマスターやダンジョンの機能により産み出された生物は全て死ぬ。


 こんなところだろうか。ここから更に要約すると。


 とにかくいっぱい殺せ。となる。


 俺は30ページ分を隅々まで読み込んでから、肩の疲れを癒やすためにグッと伸びをした。そして天井を見上げて呟いた。


「ごめんなさい。ナバルビ神様。せっかくお呼びいただけて……そのうえダンジョンマスターという大任を仰せつかったことは光栄なのですが、俺には無理です。人を殺して自分だけ生きるなんて楽しくなさそうですし。何より死後の安寧を捨ててやるには得がなさすぎですよ」


 この仕組みを考えた存在がナバルビ様なんてことはなさそうだとは思う。一応地球のナバルビ女神の論文には一通り目を通したが、こんな人を殺戮の道に誘うような記述はなかった。もちろん、ナバルビ神自体が古代の人間の想像の産物なのだが。


 ただ、俺をここに導いた存在はナバルビ女神で間違いないだろう。うーむ、よく分からない。


 俺は心の底からペンダントに謝罪すると、何も考えずにとりあえず寝転がった。当然ダンジョンは閉じている。


 このまま一年待てば、年に一度納めなければならない500DPを俺は納めることができず、死ぬことができるというわけだ。

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