2話 Gランクモンスターのクリエイト

一晩寝て起きると暇になったので、コアを色々といじってみることにした。あと一年も寂しい日を過ごすのだし、なるべく長く遊べるものがいい。配布された初期DPは50で、これを用いて長く遊ぶ方法を考える。


 ダンジョン設計は、主に廊下を伸ばしたり部屋を配置するもので、レイアウトも火山や森といった自然の風景から洋館や工場など建築物もある。ただ、取っ替え引っ替えできるほどDPはないし、景色じゃいくら良くても一年は飽きるからなしだな。


 戦闘をしないため罠は必要ないし、俺の強化も必要ないだろう。となると、残すはアイテムクリエイトかモンスタークリエイトとなる。


 アイテムクリエイトをざっと見ると、やはり戦闘用のものか、異世界の情報を書いた本ばかりだった。本は気になるが、死ぬつもりなのにこの世界のことを勉強しても仕方がないしな。だから、2DPで手に入るベッドのみに交換するものはとどめておいた。寝心地はなかなかのものだ。ちなみにダンジョンマスターには食事も睡眠も必要ないようで、時間を潰せずとても困った。


 当然、現代の娯楽に慣れ親しんだ俺はベッドで寝転ぶだけで一年も時間をつぶせるはずない。そして俺は、やはり孤独を埋める存在といえば動物……ペットだろう。ということで、残りのDPほとんどをモンスタークリエイトへと注ぎ込むことにした。


 モンスターはGランクからAランクまで存在し、更に大きな分類として不死族、蟲族、水棲族などが13種族あるようだった。今の俺は、Gランクのモンスターをそれぞれの種族につき2種程度作れる。


 しかしコアにプレビュー画面はなく、あらかじめ可愛いモンスターがどれであるか確認もできないため、それぞれの種族から1匹ずつ召喚することにした。


 一匹につき3P。そのため13種類39P。うち天使種、悪魔種、魔人種のモンスターは4P必要になるため、42P。


 ベッドの分を引くと残り6P。自分でも清々しいほどの浪費っぷりだ。どうせ死ぬ身だし、あの世にDPを持っていてもしょうがないからな。


 モンスターをクリエイトしようとすると、何故かそれぞれのモンスターにキャラクター設計記入欄が用意されていた。驚いたものの、俺はこれ幸いにとかなり凝った文章を入れた。第一の目的は時間を消費するためだったが、同時に未練を振りほどくためでもあった。


 キャラクター設計。これこそが、ナバルビ女神が俺をここに招いた理由であり、理想の恋人を作れという思し召しの可能性があると思ったからだ。以前、俺は二次元になら恋できるかもしれないと創作を勉強したことがあったが、目的の都合女の子の描写には特にこだわった。その苦労を発揮するチャンスかもしれないのだ。


 俺は最期に恋をして幸せに死ぬチャンスだと思って、性格と外見の設定欄には、自分が今まで出会ったことのないタイプの特徴や、以前創作物で見かけて気に入った設定、こんな人がいればいいのにと思う理想を数々書き込んでいった。


 そうして俺は、半ばハイになりながら一人目のモンスターである不死族のクロウリーハンドの設定を、欄を飛び越えてかなりの長文で書き連ねた。時間にして、およそ三時間ほどかかっただろうか。


 書き終えた後、俺はふと虚しくなって気づいた。


「悲しみの再生産をしてどうするんだ。俺は」


 どうやって創造されるのかは知らないが、このモンスターは自分の性格がプログラムされたものであると気づいたときどう思うだろうか。俺は分かる。絶望する。


 俺だって、16歳という思春期真っ只中の時期に恋がわからなかったときは、自分が高性能なアンドロイドなのではないかとかなり悩んだことがある。その気持ちを分かる俺が、こんな押し付けがましい設定ばかり書いていちゃいけないだろう。


 そして俺は、はみ出した性格設計欄の最後に、文を書き足した。


『自分のやりたい事が自分で分かる。自分のしたくない事をしたくないときちんと思える。自分の好きなものが自分で決められる。自分の嫌いなものだって、気分で変わったっていい』


『そして、好きな人。その相手がモンスターであっても、人間であっても。恋だけはどんな形であろうと、誰にも……自分の設計や設定にだって干渉されずに、きっと見つけることができますように』

 

 最後はお願いのような形になってしまったが、断言するのもしっくり来ずお願いのまま入力した。これで、召喚したモンスター達も自由な恋愛をしてくれるといいのだが。


 コアに手をかけ、召喚の表示を押すと、なんと脳内に詠唱文が浮かび上がった。え、俺って召喚の度に詠唱とかすんの?ちょっとした恥ずかしさと、異世界でしか起こり得ない光景への期待で、高揚した頬が熱かった。


 改めて、失敗しないよう喉を整え、気をつけながらコアに手を合わせる。


「『星は友』『月は自らを産み落とし、時を維持する』『葦覆う地の彼方』『孕んだ雌牛ゲメシンの守護を求む』『キシュガル・ベーリト』『召喚。クロウリーハンド』」


 コアの内側に微かな青白い光が見えた。そして、コアから伝わってくる熱を感じながら、俺は詠唱を続ける。

 

「『俺の名は添木憂人』『其の名はヘーゼル・ピープシアーナ』!来い!ヘーゼル」


 最後、少し盛り上がって自分で付け足してしまった。言い切ると、コアが今までにないほど強く輝く。今まではコアの内部に込められていた光が初めて外部に放出されたのだ。そのあまりの眩しさに思わずのけ反り目を逸らす。


  召喚の瞬間を見逃すまいと、視線を戻すと既にコアは普段の状態に戻っていて、側には何もいなかった。


 すわ失敗かと思ったが、状況を察して視線を下げる。視線が向かうのはコアと俺の間にある地面。そう。Gランクなだけあって、召喚したモンスターはとても小さかったのだ。


 小さいものは基本的に可愛いので、ペットとして考えると最適なはずだ。しかし、召喚されたモンスターを見た俺は思わず硬直してしまった。その外見は、モンスターの種類名「クロウリーハンド」から想像は可能であったはずなのに。


  その地面には、たった今切り取られたばかりのような女性の手があった。伸びた爪先も、指が長いのも、全て見慣れたヒト科の女性の手そのものだった。しかし、その染められたような白さだけが際立って異質で、非現実であることを強調しているようだった。


 正直、ホラー耐性がない人なら今倒れてるかもしれない。


  その手首に動きはない。指示を待っているのかそういう生態なのか、未だかつてないほど精巧な作りのマネキンが置かれているだけなようにも見えた。


  俺は飼い主が犬にするように視線を合わせるためその場にしゃがみ込む。そして、落ちた手……ヘーゼルを拾い上げ、握りしめる。


 彼女の指先が俺の手を包み込むように曲げられ、微かに力がこもった感触がした。生後間もない赤子の原始反射のような行動に、生命を一から創り出したのだという実感が湧きかけた。まあ不死族のモンスターだから既に死んでいるだろうが。


 その手を構成する器官が全て人間と同じ造りなら、脳神経のない彼女は今、触れたものを反射的に握る状態であるのだろう。だから、厳密には相手がこちらを認識したかはわからない。しかし結果として握手はできたのだから、俺にとってファーストコンタクトは問題なく終わったということだろう。


 そしてそのときようやく実感した。俺は、創作活動なんかとはわけが違う。本当の生命を産み出してしまったのだと。


「えーっと、よろしく」


 言葉を理解できるか分からないし、そもそも聴覚が存在するかも分からない。視覚も同様である。それでも、なるべく友好的に見えるようにして話しかける。


「言葉が分かるなら3回手を握って欲しい」

 

 数秒たった後に感じたのは手から力がふっと抜けたことだけだった。これは、俺の言葉は理解できていないようだな。

 

「えーっと、君の名前はヘーゼル。ヘーゼル・ピープシアーナだ。よろしく」

 

 握った手がピクリと動いた。気がした。


 死者の纏う、吸い付くような冷たさ。その異常を気にならないと自分に言い聞かせる。そして目のない彼女と向き合うように、俺はヘーゼルを目前に持ち上げた。

 

 落ち着いてみると、パーツモデルなら務まるであろうと思うほどに、その手は整っていた。


 全く動かないヘーゼルに手持ち無沙汰になっていると、コアに情報の欄が追加されていることを見つけた。


 +++


 危険度 0,25


 クロウリーハンド G級モンスター


 ヘーゼル・ピープシアーナ ♀


 生命力 F

 力 F

 堅さ G

 魔力 G

 素早さ G+

 知力 G


 スキル

 生体感知

 体力強化極小

 +++


 あ。こういうステータス見られるの好き。


 そして純粋にステータスが気になるということと、設定を考える楽しさから俺は当初の予定通り、13匹のモンスターを次々と生み出していった。最後の一文はみんな共通で、自由恋愛を願う文章にした。


 そして、その短慮を俺はすぐに悔やむこととなったのだった。

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