3話 後悔と解決策

 2週間後。俺はダンジョンを開放していた。


 理由は、コアのある個室に13体ものモンスターがいる状態がつらすぎたからである。ダンジョンを改造するDPはなく、どうしたってモンスター達と一緒に個室のみで過ごすこととなる。カサカサと這い回る小さな手首や虫やネズミのモンスター達の姿は、日中はよくとも夜は正直心を蝕んだ。


 そして、もう一つ俺には大きな誤算があった。


 それは、彼女達には本来生物なら持ち合わせるはずの「甘え」や「懐き」が一切ないことだった。


 虫などはともかく、前世地球で生きていた哺乳類のほとんどは生まれてまもない頃は「甘え」の機能を持つ。多くの子供を産む牛を想像すると分かりやすいだろうか。甘える機能を持つ子供と甘える機能のない子供では甘える機能を持つ子供の方が哺乳しやすい。この淘汰を繰り返した結果、地球において大抵の場合「」。


 しかし、彼女達モンスターは親から生まれず、よく分からない魔法パワーで生まれてくるためか、頭の中には「殺すor殺さない」の2つしかないようなのだ。2週間経っても懐かないどころか、俺に対する反応に一切の違いがない。他のパラメーターは戦闘をしていないから分からないが、知力Gというパラメーターは敵と味方の区別がつく、くらいなのだろう。


 それでも俺は幼い命を産み出した責任として毎日話しかけ、なでてやってはいるが。


 それだけであれば、まだよかった。命の危険を冒してダンジョンを開放するという選択肢は取らなかっただろう。俺が我慢すればいい話なのだから。


 しかし、俺はどうしてもダンジョンを開放せざるを得なかった。それは、日に日に彼女達にストレスが溜まっていたからだ。最初の一週間は皆大人しくしていたのだが、その週を過ぎると、同じところを回ったり、隅にずっといたりと、ストレスを溜めた動物と同じ行動の変化を見せたのだ。


 そしてそんなことが起きて俺はようやくわかったわけだ。俺が一年間の暇に耐えられずモンスターを生み出したのと同様に、モンスター達が長い暇に耐えられるはずがないということに。さらには、俺はもう生きることを諦めているのだが、最初の説明書によると彼女達はダンジョンマスターの「モンスター強化」という項目を使えば、さらに強く賢くなれるようなのだ。


 そんな可能性を持っているのに、俺から死ぬまでの一年間一緒にいようなんて言われて、嬉しいはずがない。


 ……俺は、モンスタークリエイトをゲームと同じようなものだと考えてしまっていた。召喚すれば、勝手に幸せになってくれるだろうと。しかし、当然彼女達には幸せの形がそれぞれあるし、死ぬことが嫌なのだ。そんなことにすら、なぜ気が付かなかったんだろう。


「昔はフランケンシュタイン博士を馬鹿にしていたけど、一番馬鹿は俺だったってことか」


 怪物を生み出してしまい、きちんと愛を教えられなかったせいで悲劇を起こしてしまった天才の話を思い出す。俺は、クズだ。そうして、悩みに悩み抜いた結果、例え死ぬことになってもダンジョンを開放しようと考えたのだ。


「やっぱり、責任は取らないとな」


 後ろを見ると、モンスター達は各々部屋の中を徘徊していた。しかし、俺がダンジョンコアに触れると、それぞれが少し俺に興味を示したように感じた。


「『ダンジョン開放』」


 コアルームの扉が開く。コアルームからダンジョンの入り口までは、幅の広い煉瓦造りの直線廊下が50メートルほどあった。初期設定でこんなに長い廊下があるなんて、これくらいなければダンジョンとは呼べないということだろうか。


 今回のダンジョン開放の目的は、モンスター達を逃がすこと。死の危険もあるかもしれない外に生後間もない彼女達を放り出すことはほとんど殺している行為と変わらない。しかしこれから一年間も彼女達を閉じ込めておくよりは、よっぽど人道的な気がした。


 普通にダンジョンを運営することも考えたが、俺にその気力がとっくにないことをすぐに思い出した。人を殺してDPを稼ぐなんてこと、俺にはできない。俺のような死人で、しかも恋もできない人でなしが家族のいる人々からそれを取り上げるなんてこと、していいはずがないのだ。

 

 というわけで、ダンジョンを開放した後、俺はモンスター一匹一匹に声をかけてから開放することにした。


「頑張ってこいよ」


 そう言ってダンジョンの外に置いてやると、モンスター達は戸惑いながらもダンジョンからゾロゾロと出ていった。相変わらず別れに何の感慨も抱いてはいなそうだったが、なんだか少しだけジンときた。

 

 ちなみに一度気になってダンジョンから外に出ると、森があるのみだった。あまりの陽光のきらめきに目が眩んだ以外は特に目新しいこともない、地球にもありそうな森だった。俺が植物博士なら森から色々な情報が読み取れたのかもしれないが。

 

 外に興味も持てない俺は、廊下で寝転がることにした。


 ずっと暗い部屋にいたからか、廊下でダンジョン外の天体を眺めるだけで時間を潰すことができた。そうしていると時折、帰ってきてないはずのモンスター達がダンジョンから出ていった。最初は秘密の抜け穴でもあるのかと思ったが、どうやらリポップしているようだった。外の世界には、人間かモンスターがいて、彼女達は何度も殺されているのだろう。


 復活した際に様子を確認してみたが、ストレスはなくなったようだった。じっとしているくらいなら外の戦闘で命を落とした方がいいのだろう。モンスターなのだからか、それとも彼女達がそういう性格なのか。とにかく、俺は全員に「おかえり」と「いってらっしゃい」だけを言う生活を送ることにした。


 もう、俺は彼女達に干渉するつもりはない。クリエイトしてしまった時点でそんなこと考える資格はないかもしれないが、もう自由にしてやることが一番幸せだと思ったのだ。……いや、違うな。嘘をついた。本当に俺がするべきことはきちんとダンジョンを運営することだ。そうすれば彼女達は強くなることができるのだから。でも……


「人を殺すのはなぁ」


 俺はどうすれば産み出したモンスター達を幸せにすることができるのかを考えて、モヤモヤしながら眠りについた。


 次の日から、DPを消費して本を読み始めた。産み出した彼女達を幸せにするにはどうすればいいのかを調べるためである。そして、解決策が一つ見つかった。契約魔法というスキルを俺がダンジョンマスター強化で手に入れれば、モンスターとの契約を切ることが可能なそうなのだ。そうすると、ダンジョンが死んでも彼女達が一緒に死ぬことはない。


 しかし、契約を切ると彼女達は俺のダンジョンからリポップできなくなるという問題点も見つかった。つまり、現状俺が契約魔法を身に着けて彼女達を自由にしても、今のところ毎日死んでいる彼女達が自然界で生き残れる可能性はゼロということだ。


 さらには、契約魔法に必要なDPも足りていなかった。それを稼ぐためには生物を殺さなくてはいけない。それは本末転倒というものだろう。自分の家族を活かすために他の動物を殺すというのはある種生物としては正しいのかもしれないが、まだ俺はそこまでクリエイトしたモンスター達を特別に思えていなかった。


 と、いうことで俺はせめて毎日贖罪しながら暮らすしかないのだろう。と、絶望した。一年間、俺という身勝手な男に勝手に生みだされ勝手に殺される哀れな13匹のモンスター達のために。


 そんなときだった。その事態に光明をもたらしたのは、小さな火を吐く以外トカゲにしか見えない竜族モンスター、ブレスリザードのロジーナだった。彼女が何か毛皮のようなものを持って帰ってきたのだ。


「これ、俺にか?」


 そう尋ねてみても、返事はない。ロジーナは毛皮を俺のところに置くと、また出ていってしまった。以前部屋にいたときはほとんど動かなかったロジーナだが、外に出てペタペタと歩いている様子は少し可愛かった。それからは、ロジーナ以外のモンスターも動物の毛皮や牙、妖精族や植物族のモンスター達は変な草を持って帰ってきた。


 あまりに皆持ってくるもんだから、何か意味があるんじゃないかと思って色々考えてみたところ、魔力を持っているアイテムをコアにぶちこむとDPが貰えるという仕様を思い出した。


 早速試してみようと貰った牙をコアにいれてみると、1DPが手に入った。え?こんなのでいいの?


 それに気づいてから、貰った品をコアに次々と入れていった。……そうか。殺さなくてもポイントが貰えるのか。最初から説明書に書いてあったのに忘れていた。漁り屋クロウラーとしての道があったのだ。

 

 確かに簡単じゃないかもしれないが、俺はようやく問題を解決する方法がわかった。毎日生物を殺さずとも、魔力のこもったアイテムやモンスターの死骸を漁ってまわって、うちのモンスター達が外で死ぬことなく生きていけるようモンスター強化で成長させる。そして、契約魔法で契約を切ることによって、俺が死ぬと同時に死ぬ必要はなくさせる!


 それが一年のうちにできれば、俺はなんの後腐れもなく、ダンジョンマスターを辞め成仏することができるのだ!まさか死後すら身辺整理がそんなに大変だったとは思わなかったぜ!がはは。

 

 そんな風にようやく希望を見出だせた、ダンジョン開放三日目のことだった。


 ……俺はあまりにも馬鹿で、当然のことをいつも簡単に忘れてしまう。絶望とは、希望の後にやってくるものだということを。


 ダンジョンを開放するということは当然、こちらが攻められることを考慮しなければならない。なんて単純なルールなのだろう。そしてそれを忘れてしまうだなんて俺はなんて間抜けなんだろう。


 そう。とうとうダンジョンへの挑戦者が現れたのだ。いや、この場合、襲撃者というべきか。何もこんなときにと思わなくもないが、その時、産み出した命の責任を取るということがどれほど難しいことなのかを教えられた気がした。


 そいつは、たまたま通りかかっただけのようで、ほら穴にいる俺を見ると、辺りを警戒した後、こちらにやってきた。

 

「ラプトル……いや、牛?」


 現れたのはなんとも形容しがたい生物だった。恐竜の獣脚類のような形状なのに、顔だけが黒色の闘牛。頭が身体に対して異様に大きかった。そのあまりに禍々しいフォルムが、地球とは異なり「生き残り、子孫を残すため」ではなく、「戦うため」に進化をしてきた生物だということを示していた。その猛々しい筋肉をまとった脚の長さはそれだけで俺の身長を上回っており、俺が本気になったところで逆立ちしたって勝てやしないことがわかった。


 近づかれるとその大きさに対する恐怖だけで身が竦んだ。だって頭だけで俺の身体と同じくらいあるんだから。俺の心内にあったのはもう恐怖ですらなく、「一瞬で終わってほしい」という思いのみだった。


 その魔牛は、俺の方を無感情な眼でじっと見つめる。何を思っているかは分かる。「こいつ、食って大丈夫かな」そんなことを考えているんだ。


 俺は気づけばペンダントを祈るようにして両手で握りしめ、恐怖のあまり目を閉じた。そして、その瞬間を狙っていたのだというように唸り声を上げた魔牛に、俺は頭から食べられたのだった。

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