26話 神のお話

「そうね…………大抵神様は、質問を3つまでしか許さないんだけど。でも、あんた達は二人組だし、喧嘩されてもうざったいし、一人2つまで、許してあげる」


 ナナヤ女神は先程から時を惜しむ素振りをしておきながら、もったいぶって言った。


 質問の許可が出たので、とりあえずこれを聞かなければ話にならないということを聞いてみた。


「……まずは、私から。どうして人間を統べる必要があるのですか」


 そう。俺はてっきり、人間を殺すか、モンスターを女神にするかのどちらかを要求されると思っていた。まあ、大虐殺を行う必要がないのならそれに越したことはないが。


 先程からまったく話が読めないせいで、何をすればいいのかもいまいち分からないのだ。


「それ聞く?まぁ聞くわよね。あんた神官じゃないんだし。……私の神官なら理由なんて気にしないんだけどね。あんたも私に仕えたかったら、食えって言ったら土も即決で食うようになってよね」


 ナナヤ女神は、わざとらしく「はぁ~」と溜息をついて言った。


「まず、最初に神が十柱いました。彼らは第一世代の神と言われていて、とってもパワフルだけど、あんまり考え事をしませんでした」


 彼女はおとぎ話のように語った。


「それと、何故かそのうちの一柱、大地の女神エティナが死んで、この大地エティナが生まれました。神は不死身なんだけど、エティナはそういう神として生まれたらしいです」


 彼女の声は様々な色を含んでいて、安らぐ声というよりは聞き飽きない、そんな声だった。


「第一世代の神は、それから何故か子供をこさえました。ま、特に理由はありません。男女が揃ってりゃそういうこともあるでしょう」


 淡々と話が進む。


「しかし、我々神は。生物に最も必要な能力を持っていたのです。それは、強い子供を産むことです。そりゃ我々神も安泰です。外敵が来ても、子供を作ってりゃどんどん強くなれるんですから」


 彼女がわざわざ敬語でこの物語を話すのは俺達のためではなく、この物語の登場人物と私は関わりがないのだと隔絶するためだということがこの時にわかった。


「それゆえ、第二世代の神は第一世代の神よりも強かったです。しかし、実の親である彼らを慕っていました……ここまではよかったんだけどねぇ」


 そこで一転、彼女は視線を斜め下に泳がせた。


「第二世代の神はあんた達人間を産み出したの。食事も自由に生み出せる神が、召使いとして飯炊き用にね。一体全体、どうしてだと思う?」


 こういうときの目上の人からの質問には、正解した方がいい場合と、正解しない方がいい場合があるのだが、彼女は賢い下僕を望んでいそうだったため、正解を狙いに行く。


使ですか?」


 自分でご飯をいくらでも用意できる人間が他人に用意してもらう理由なんて、他人に用意してもらいたいから、以外にないだろう。


「正解よ。なに神様と同じ発想してるのよ。傲慢ね」


 正解したのに、理不尽な。


「そう。人間も最初は、「俺達そっくりのモノを沢山作って人間と名付けたぞ。それに俺達みたいに恋愛したりするんだ!面白いだろ?」なんて風な、片手間で作った玩具だったのよ」


 最初は……ということは、遊びで産み出した人間が、後々大変なことになっていくのだろうか。


 というか、これまんまこの世界の神話の始まりだよな。


 彼女の説明は続く。

 

「しかし、人間は神の似姿として作られたのが悪かったのか、まぁっっったく、働きませんでした」


「なので、まず罰を与えることにしました。神に仕えないと、嵐に襲われるのです。嵐の神ウトゥルエリムが担当しました。しかし、人間は家を作って嵐を凌ぎました。なので神様は次に、神に仕えないと病に侵されるようにしました。病の神エイリッサビガルが担当しました。でも、人間は医学を発達させました。次に、日照り、次に 蝗害。でも人間は全部乗り越えてしまいました」


 不謹慎だが、AIの学習みたいだなと思った。


 それはまるで、AIに罰を設けて、言う事を聞かせるために調教しているような様子に思えたのだ……実際、神様は片手間の遊びで作ったということだし、全盛のAIとそう感覚は違わなかったのだろう。


「それでどうしたと思う?」


 ここでナナヤ女神が、もう一度俺に話しを振った。


「俺の世界では、最後に神様が洪水で賢人以外を滅ぼしてしまいました」


 ……ここまでは地球の神話にもよくあることだった。


 地球でのオチは、神様がブチ切れて洪水で賢者の家族と動物のつがい以外全滅させてしまう……というパターンが、世界各国に残っている。ただ、これは外れなのだと思う。


「あっそ。あんたらの神は過激だったのね。でもハズレ。第二世代の神達は、人間の科学が進歩してもそれに追いつけるように、『ランクアップ』することで、人間の対策を超える『モンスター』という存在を作り上げたのです」


「モンスターは互いに喰らいあって、ちょうど人間が神の加護を貰わないと勝てないくらいに成長するのでした。……ひどいわよね。モンスターって病気とか日照りとか嵐と同じ扱いで作られたのよ?」


 そのとき、初めて少しナナヤ女神が表情を曇らせた。


 理由が分からず、少し相槌に詰まる。


「……そうですか」


「話が読めないって顔ね」


 彼女は俺が言い淀んだことを、頭がパンクしていると捉えたようだった。


「いえ、話はとても面白いのですが……」


「私はあんたを楽しませるために話してやってるんじゃないっての!本当はあんたがこの十年でもっと神話を調べていたら、ここまでの説明は省けたのよ!」


 彼女は手を寝台に振り下ろして、怒りを露わにした。そうか、ここまでは一般公開情報だったわけだ。


 それなら……あらかじめジャクリーンさんに聞いておけばよかった。というか、先程まであんなに億劫にしていたナナヤ女神は、何故こんなに懇意に説明してくれるのだろうか。


 ふと、全知全能であるがゆえに、自分の言葉を裏切れない神様の話を思い出した。もしかしたら彼女も同様に、俺の質問に答えると言った以上、全てを説明しなければならない制約のようなものが生まれているのだろうか。


「それでね。そんな第二世代がまた子供をこしらえたの」


 彼女は、こちらをそれ以上なじることなく話を続けた。あるいは、それほどまでにこの歴史の話は大切なのだろうか。これを聞けば、俺が必ず全身全霊で手伝いたくなるような話、ということなのかもしれない。


「ま、それで私を含む第三世代が生まれたわけ。だけど、ここで大大大問題が生じたの。第二世代の神が怠惰だったせいでね。第二世代の神は50人くらいいるんだけど、その半分はなんと、。あーあ。天界史上最低最っ悪の決断間違いなしね」


 彼女は唾棄すべきものを見るような目で、憎々しげに語り続けた。


「さっきの話を憶えてる?第三世代の神は第二世代の神より強いの。それなのに、人間に育てられちゃったせいで、そんな第三世代の神達がなんと「」って言い出しちゃったの」


「情は血よりも濃いってね。ほとんど会ってない親の神よりも、言う事を聞いてくれて、幼い頃のお世話をしてくれた人間を大事にする神様が増えちゃったの」


「そうなるともう大変。その第三世代の神が、自分を育ててくれた身近な神官を不老不死にしたり、半分神様にしちゃったりね。第二世代の神からしてみれば思いつきで作った玩具なのに、第三世代の神はなんて言っちゃうんだよ?第二世代からしたら意味わからないよね」


 AIに育児を任せたら、子供がAI大好きになっちゃったというわけだ。俺はそんなケースの事件を知らないが、ま、未来には十分ありえそうなことで感覚はなんとなく分かる。


「本当に笑える。あ、ちなみに私はきちんとナバルビ女神から育てられてるから、人間なんて大嫌いよ」


 彼女は全く笑わず、そう言った。


「それで、ま、名前出しちゃうけど、そっちの女はベールマーティティー親衛隊を知ってるわよね」


 ナナヤ女神が突然、ジャクリーンさんに話を振った。

 

「……ええ。ダンジョン最大の驚異ですので」


 ……俺は知らないが、話の流れから人間大好きな神に加護を貰った集団のことだろう。


 「ま、知ってるわよね。多くの人間が今までのご主人さまを忘れて、信徒に不老不死を与えた女神ベールマーティティーに仕えたの。もちろんよね。今まではモンスターを倒すくらいにしか使い道のない加護しかくれなかった神様が、不老不死にしてくれるんですもの。完全な加護のインフレね」


 あまりのナナヤ女神の存在感に霞んでいたが、いつの間にか先程の神官がナナヤ女神に果物を差し出していた。ナナヤ女神もそれが当然だとばかりに受け取って咀嚼した。


「んぐんぐ、ごくっ。すると、あちこちの信徒が、ベールマーティティーに仕えたいと言ってベールマティティー神殿に集まったわけね。うちの神官を奪うのはやめてくれって他の神が言っても、んぐ、人間大好きなベールマーティティーがやめなくてね、喧嘩になったりしたわけ」


 彼女は非常に行儀悪く果物を食べていたのだが、美人なせいでそれも様になっていた。得だな、本当の美人というものは。


「……まあ、色々省くけど、その「神に育てられた神」と「人間に育てられた神」の喧嘩のなかで、戦の神ラグナウィルフォンが炉の女神サンティナウルムを殺しちゃったわけ。天界で出た史上二人目の死人ね」


 「でも、殺された神の怨念は凄まじかったの。炉の女神サンティナウルムは自分の身体を武器に変えて、どんな弱い神でも戦いに特化した神を殺せる武器を造りました。まるで、ラグナウィルフォンを殺してくれとでも言うようにね」


 そう言った彼女の腹が、縦一列に赤く光った。そこにその、神殺しの武器が宿っているということだろうか。


「ま、それで神同士の争いに抑止力ができたわけなんだけど、逆にいえばどんな弱い神でも強い神をこっそり殺せるようになるわけだし……。頭が痛いわ。なんでせっかく不老不死の神に生まれたのに、人間なんかのために私達が殺し合いをしなきゃいけないのよ」


 それは……たしかに。地球の神話の神も、戦争しなければ生きていけるのに何故かずっと殺し合ってるしな。争いは不老不死になっても消えないのだということだろうか。


 「心配事はそれだけじゃないわ、こんなに揉めている時に最強の第四世代の神が生まれちゃったら、本当にどっちかの勢力に天秤がかたむきかねないわけでしょ」


「だから生誕と啓示の神ナバルビ……お母さんが、とってもとっても頑張って、天界全員の神様に子作りを禁止したの。すごくない?あらゆる手を使わないとできないわよこんなこと」


 それは……すごいな。しかも自分は既に子供を作っているのに。ものすごい反感もあったのだろうな。


 神なんて我儘なやつ多そうだし。


「ま、当然納得がいかない人間大好き派の神や、子作りしたい神の中にはこっそりお母さんを殺す計画を立ててるやつもいるらしいわよ」


 そこまで言うと、彼女がじっと俺の顔を見た。


「……ついて来れてる?」


 そして、真剣な顔をして聞いていた俺に彼女がそんなことを聞いてきたのだった。それは馬鹿にしているというよりは、純粋に疑問に思っているような面持ちだった。


「ええ。なんとか」


 情報量にパンクしそうにはなったものの、まだ全然分からないという箇所はない。


「……じゃあ、根本の問題2つと、喫緊の問題を2つあげてみなさい」


 しかしそう答えた俺に、彼女が試練を与えた。……嘘をついてたら殺されてそうだな。


「根本の問題の1つ目は、人間が好きすぎて加護の市場を破壊している神様がいること、それと一番強い第三世代の神が真っ二つに分かれているせいで、争いが起こっても止める手段がないこと」


 ……これで正解なはずだ。もしこの2点が解決すれば、とりあえず全ての問題はなくなるだろう。神と人間が仲良くなることが間違いとするのかどうかにも、よると思うが。


 ナナヤ女神は俺の答えに満足したのか、次にジャクリーンさんに試練の回答者を移した。


「喫緊の問題の1つ目は、せっかく殺された炉の神が抑止力となる武器を作ってくれたのに、出し抜く手段を考えている神がいること、それとナバルビ女神が襲われてしまえば第四世代の神を作られて終わりということですね」


 さすがジャクリーンさんだ。難しい問題をすらすらと答えている。


「……正解よ。このままじゃ行き着く先は2つね。最悪のパターンは、人間大好きな神がこっそり裏で秘策を用意して、お母さんを殺して第四世代の子を作ることね。親が子供を殺しの駒にするなんてサイッテーなパターン、うまくいかないし、絶対言う事聞かないしね。もう片方のパターンは、ま、このまま揉めに揉めて、戦争ね」


 彼女は、いたって気軽に「あ、そうそう」と続けた。


 「それと、人間大好きな神の味方をしたら、人間がみんな不老不死になって幸せじゃんみたいなことは期待しないでね。今まで召使いだった奴にタメ語で話しかけられるのは耐えられない神とか、子供を人間に盗られたと思って本気で憎んでるやつもいるんだから」


 戒めるように言った。流石に、親子の情というもので起こった戦争に巻き込まれた彼女の言葉は、実感が伴っていた。


 「そっちの世界の神じゃないけど、そんなことになったら人間を全員洪水で流して、終わりよ。その気になればどの神にも、人間を全滅させるくらい簡単に出来るんだから。そうなればベールマティティーとかその辺は殺した神に復讐するでしょうから、天界大戦争決定ね。ん~。天界が焼け焦げる匂いが今に香ってきそうだわ」


 そこまで話終えると、彼女は全裸なのにグッと伸びをした。


 赤面してしまったことを隠すために「ありがとうございました」と頭を下げる。


 「あーようやく終わった。ま、とりあえず喫緊の問題である、出し抜こうとする神とお母さんを殺そうとする神の敵対勢力は、こっちでなんとかするわ。というか、神の相手なんてあんたらじゃどうにもなんないでしょうし」 


「あんたらに任せたいのは加護の市場崩壊の阻止……というか、完璧な市場管理ね。さっきのモンスターがどうやって産み出されたのかのくだりでわかったと思うけど、お母さん達第二世代の神は人間を自分たちに似せて造りすぎたのよ」


 確かに、初めから人間が機械的な存在であれば、こんな争いは生まれなかったのだろう。


「……今まではそれが面白くてよかったんだろうけど、いまさら人間から心を奪っても人間大好きの神は認めないでしょうしね」


「そこで思いついた策なのよ。あんたの召喚って。名付けて「ダンジョンマスターを異世界から呼んで、上手いことやってもらおう計画」!」


「……その、上手いことやるって言うのは?」


 そもそも支配って何をするのか分からないし、どうすればいいかも分からない。


「知らないわよ。私に人間のことなんてわかるわけないじゃない。ま、これだけやってもらえればいいってことは2つ。1つ目は、一部の神が人間の秘密結社とかを作って神々の大戦争の準備をしてるだろうから、それを阻止すること。どうせ今頃、人間の組織のトップはどこもどっかの神の息と加護がかかってるわよ」


 一瞬突き放されたかと思ったが、彼女はちゃんとやるべきことを示してくれた。さすが啓示の女神の娘。


「それともう一つは、完璧な都市管理……戦争と人口集中の阻止ね。ま、そっちの女は知ってるでしょ?」


 ……先程からジャクリーンさんだけ部屋に通されたり、ジャクリーンさんなら知っているだろうと話を振られたりしているが、ナナヤ女神は彼女のことを知っているのだろうか。


「ええ。既に一部の都市はやたらと大量の加護を受けた民が支配し、そいつらがでかい顔して周りの国を襲ってますね」


「あはは。人間って、おもしろ!親孝行に貰ったプレゼントを、他人の家族を奪うために使うんだから。ま、そういうわけで、このままじゃ加護の市場崩壊に加えて、一部の神に信仰が集まってさらに巨大帝国の誕生なんてことになりそうなわけ」


 確かに、俺が何をすればいいか分かった……だが……


「そんなことにならないように、こっそり裏から手を回して、神様全員に一定の信仰が行くようにして。戦力溜めたりしてる勢力は全部潰して全ての国の軍事力を平らにしてちょうだい」


 このままじゃ、俺、ノーと言えないまま話が進んでしまう!


「いや、難しすぎますって!!」


 そして、俺はとうとう突っ込んでしまった。


 すると彼女は「アハハ」と屈託のない笑顔を見せた。ひとまず、怒られなくてホッとした。さらに、そこでようやく分かった。彼女、人を困らせることが面白くて笑ってしまうタイプの女性なんだ。


 ……さっきまで不機嫌だったのは、俺が余裕そうな顔をしていたからというのも一因かもしれない。


 あるいは、こんな長々と説明したのは、俺が「分かりませんでした……」と泣き出すのを期待しているとか?度々、理解できているか確認してきたし。……いや、そんなはずはない。


 ……待った、俺は今ナナヤ女神の趣味を分析している場合ではない。先程の彼女の発言には、まだ謎が残っている。

 

「あのー、他のダンジョンマスターを殺さないといけないというのは?」


「この世で一番強いモンスターが、ダンジョンだからよ。成長率一位の自信作。モンスターのように他者を殺すだけで成長できて、人間のように考えてその姿を変える。うん。国を影で支配したり、戦争するのにぴったりね。だから、他の神みんなにやり方盗まれちゃったの。あ、私が間抜けなわけじゃないわよ。私も他の神の発明いっぱい盗んでるんだから」


 彼女自身が神話の世界の人間だからなのだろうか。彼女はどんな重大なこともさらりと言ってしまう。しかし、今回ばかりはそれを見逃せなかった。


「その……自信作っていうのは?」


 ジャクリーンさんも気になったようで、隣で頷いているのが見えた。


 するとナナヤ女神は「そうね」、と横を見ながら呟いたのち、こちらを見据えて言った。


「教えておいてあげるわ。生誕と啓示の女神ナバルビの女神の娘にして、商人と渡りの神タシミシューの娘。私の名は、ナナヤ。ダンジョンシステムの、生みの親よ」

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