37話 パーティ結成

 ナディナレズレのギルドは一日も休みがないためか、それなりに稼いでる癖してずっと古びた木製の造りであった。


 しかしその変わらぬ外観はいつしか象徴的なものとなり、国民にハンターズギルドの歴史を知らしめる役割を担うこととなる。


 ……ナディナレズレ出身のSランクハンター、シェルツ・ホワイトチャーチが「俺は世界一のハンターになる」と梁に落書きしており、それが残っているなんて噂もその威光を後押ししていた。実際には根も葉もない噂話なのだが。


 ともかくそんな昔から何一つ変わらないギルドには、もう一つだけいつだって変わらないことがある。


 ……それは、メルキセデス・トットが掲示板前に居座っていることだ。


 XXX


 「巨塔のダンジョン攻略アタックだぁ?それで、わざわざ俺を誘いに来たってのか」


 メルキセデス・トットは突然の要求に余裕のある笑顔を浮かべようとしたが、不安を隠しきれず頭を垂れる冷や汗を誤魔化すように拭った。


 ……酒場での話し合いの翌日、ビオンデッタ、ローザローザ、アランの三人は、メルキセデス・トットをダンジョン攻略アタックに誘うため、ギルドを訪れていた。


 しかし、天真爛漫に笑うローザローザ、会話に参加せず遠くを見ているビオンデッタ、気まずそうに下を向いているアラン。トットにはどう見たってその三人に裏がありそうに見えたのだ。


(呼び出して闇討ちでもするつもりか?別に何もした憶えはねーぞ)


 トットは訝しんだが、ローザローザがそれを拭い去るかのように声を弾ませた。


「そーそー。だからそう言ってんジャーン!仲間になろ?って……ってか、トット君っていつもギルドの中にいるの?今日は会えなくてもしゃーないかなぁと思ってたんだけど」


 彼女の声はギルド中にとてもよく響き渡り、元々珍妙な組み合わせの4人は、一層注目を集めた。


 周囲からは「なんであの二人がトットと組むんだよ」なんてざわめきが湧き出した。


「い、いつもここにいるわけじゃねーよ。ハンターは掲示板でギルド内の情報を調べるのも重要なんだよ」


 ローザローザの発言に、トットは語気を強めて言い返した。


 正確にトットの生活を表すのであれば、仕事はしているが、それ以外の時間はほとんど掲示板前にいるというのが正しい。


 彼はハンターとして働くことよりも、ハンターの新人にアドバイスを送ることの方が好きなのだ。ただ、それが求められていなかっただけで。


「ふーん。でも巨塔のダンジョン攻略アタックは知らなかったと」


 それをからかうようにローザローザがニシシと笑うと、


「でもこうしてお前達が伝えに来てるじゃねーか!それでいいんだよ!」


 と、トットが、肩を強張らせて言い返す。ここまでは談笑の範囲内である。ローザローザは笑顔だったし、一度は会話を交わしたことがあったからだ。


 しかしそのとき。


「あ、あの、僕たちが知ってるんだから、普通のベテランハンターは皆知っていると思いますけど」


 と、アランが怯えながら言い返した。


 もともと気弱なアランは、こんな風にトットにだけは少し攻撃的だった。


 そもそもアランは、避けられていることにも気付かず立場の弱い新人にでかい面をするばかりのトットが嫌いであったのだ。それに、仲良くなって今後も会う度に絡まれるのも困ると、そう考えていた。


「あぁ?なんだてめぇ?……それに、お前らもだ。大体、一週間でDランクに行けたからって先輩の俺をあのふざけた名前のパーティに入れるだぁ?」


 トットは一瞬アランの侮辱を受けて顔を凄ませるも、すぐ影に隠れたアランを見て興味をなくし、パーティの中心であるローザローザを責めたてた。


 しかしそんな威圧も、ローザローザには一切通じない。


「違うってば!もうっ!ちゃんと話聞いてよね!パーティに入れるわけじゃなくて、私達をパーティに加えて欲しいの!大体ぃ、私達のみこみこ~ずは女性限定パーティなんですぅ!」


 みこみこ~ずは、ローザローザとビオンデッタの二名からなる、ローザローザが二秒で決めたパーティの名前であった。


 しかしそんなことよりもアランを驚かせたことは、自身達がトットのパーティに加わるのだと言うことだった。それはつまり、パーティのリーダーが目の前にいるメルキセデス・トットだということを示している。


「ちょ、ちょっと、ローザローザさん。僕何も聞いてないですよ」


 アランもこの時ばかりは声を荒げてローザローザを止めようとした。


(こんな男をパーティのリーダーにするだって?冗談じゃない)


 確かにメルキセデス・トットはソロとして長くハンターを続けているという点では希少であったが、その分強者であるかというとそういうわけではない。


 むしろ、二十年間Dランクということは、難しい依頼に挑戦していないだけと捉えることもできる。


 しかしアランの言葉を聞いたローザローザはグルンと首を回して、その大きな両目でアランを無感情に見つめた。


「なに?聞いてないって。トット君を誘うってロザロザちゃん言ったジャーン。で、一番のベテランはトット君なんだから、そりゃあトット君がリーダーになるよ」


 ローザローザはアランの思惑にまるで気づいていないとでも言うように答える。


 その言葉を聞き、ローザローザの本性を知らないアランは言葉を失う。


 だって、いたいけな少女に「こいつは面倒くさいから避けよう」なんて言えるはずがないのだから。


 ……実際のところ、ローザローザはもっと邪悪なことを考えていたのだが。


 (こいつらのダルさには耐えないと……。だってぇ、ジャクリーンちゃんを救うためには、ダンジョン攻略アタックに成功されちゃ困るもんね)


 ローザローザがこの二人をパーティに加えた理由は、である。


 そしてそのためには、どこかのタイミングで作戦が不可能なものであると破綻させなければならないのだ。


 しかし、何も全員殺せば中止になるかといえばそんなこともない。むしろ危険度が高すぎるとしてより多くの兵を招く結果に繋がりかねない。


 だからこそ、ローザローザは自身の『毒会話』スキルを上手く使い、作戦を延期に持ち込もうと考えたのだ。


 しかし彼女の『毒会話』スキルは、毒に命令して時間差で発動してもらうことはできるものの、遠隔で自由に発動できるわけではない。


 それでは、作戦の日程が少しでもズレれば毒の責任を巨塔になすりつけることが出来なくなるかもしれない。彼女はその危険性を減らすために、自ら巨塔攻略の一味として立候補したのだった。


(それに、一度ハンターのダンジョン攻略アタックを目の前で見てみたいしね。いつかやられる側になるかもなんだし!……でもぉ、今回ばかりは今後のことを考えて、きちんとやらないとね!)


 しかし、自らの参加する作戦が失敗することは、今後の評価にも関わる。これは見栄の問題だけではない。


 ナナヤの巫女はいずれ来る『本当の交渉』に備えて、表社会の権力を牛耳る必要があるのだ。こんなところで躓くわけには、いかなかった。


 (……というわけで!ロザロザちゃんは手を抜きつつ評価も落とさないために、二人のダメダメ君をパーティに加えてぇ……責任者をトット君にしたのでした!パチパチパチ!)


 しかし、そんな思惑も知らずに……あるいは頼られたことが嬉しかったのか、トットは鷹揚に頷いた。


 「ま、いいだろう参加してやる」


 そもそもソロハンターはギルドにも数少ない。効率の面で考えれば、ソロでハンターをやる意味はほぼないからだ。


 ソロで活動するハンターは、自分を高めたい武芸者か、よっぽどの変人。あるいはソロでしか活きない加護を用いるものくらいだろう。


 しかしトットはそのいずれでもなく、元のパーティから追放されたものである。つまり、役立たずか、鼻つまみ者。そんな彼がパーティに誘われれば、ホイホイついていってしまうことは当然だと言えた。


 けれど、そんな彼の力がローザローザには必要だったのだ。


「ありがとー!一度仲直りしたかったんだよね!ビオンデッタちゃんがラリアットしちゃったから」


「……そんなこともう忘れてたぜ」


「あはは!嘘つきだなぁ」


 ちなみに、トットは最初、ラリアットへの報復も考えていた……それはハンターであれば当たり前の考えである。


 侮られればダンジョン帰りに襲われることだってあるのだ。


 けれどその日以降、あらゆる討伐依頼を一瞬でこなすビオンデッタを見て、「よく考えれば別に不意打ちを喰らっただけで負けたことにはならねえよな」と、諦めていたのだった。

 

 ……そんな風に会話がまとまりかけてたとき、突然アランが割って入った。


「ちょっと待って下さい!お二人は喧嘩したことがあるんですか?確かに仲直りは大事ですが、パーティにおいて連携を損なうと命の危険があるんですよ!」


 このときアランは、トットをパーティから外せるかもしれないという思いを込めて、言葉尻をとらえて割り込んだのだろう。しかし、ローザローザはそんなことではもう止まらない。


 ローザローザは普段のきびきびした動きからは考えられないくらい、ゆっくりと、なるべくだるそうに見えるよう、アランの方を向いた。


「え?じゃあアラン君はどこがトット君に勝ってるの?なんでロザロザちゃんは君の頼みを聞いて参加してあげてるのに、君はロザロザちゃんの頼み聞いてくんないの?」


 そういってアランを見るローザローザからは、笑顔が消え失せている。


「そ、それは……」


 アランが恐怖に口ごもると、ローザローザはニカッと笑ってみせた。


「ほらー。だからアラン君は駄目なんだよ。昨日は命の恩人とか言ってたのにちょっと嫌なことあったら文句垂れるし。でも、ドンマイ!皆でこっから仲良くなっていけばいいジャーン」


 ローザローザがそう言って大声で嬉しそうに笑うと、その後は誰一人として何も言えず、なし崩し的にその場は解散となった。


 彼女は何も大きな声で威圧したり、支配するために命令をすることはない。


 しかし持ち前の容姿の華やかさと、その感情を露出する巧さだけで、「ローザローザが喜べば正解。ローザローザが悲しめば失敗」。そんな空気を作り上げたのだった。


 ……そして雰囲気は最悪のまま、巨塔攻略用のパーティは結成されることとなる。


 ローザローザはもちろん、本気で怒ったわけではない。


 そもそももし彼女が本気でナナヤの巫女以外とダンジョン踏破を目指すのであれば、持ち前の明るさを活かしてもっと雰囲気をよくするだろうし、この二人に頼まないだろう。


 けれど……。


(あーもう!おかしくてたまんない!人間って皆、思ってた通りバカなやつばっかり!)


 ローザローザはそんな矮小な人間が争っているのを見るのが、大好きなのだった。


XXX


 作家の近況報告?に、一章の詠唱まとめと、詠唱の意図を載せてみました!気になる方は読んでみてくださーい。

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