29話 添木憂人

 13人のモンスター達は廊下を渡っている間、神官によって簡単な説明を与えられていた。


 神々によるダンジョンを使った代理戦争のこと。

 既に人間が統べる国家の上層部、そのほとんどがダンジョンマスターであること。

 ダンジョンマスターは異世界から、命を神に捧げることで加護を得ていること。

 ウィトだけが恋を命より大切にしているため、特別多くの加護を貰えたということ。


 しかし、魔法により発言を封じられているせいで、一番大切な「私達が今何故、拘束されているのか」という疑問についてはついぞ、尋ねることはできなかった。


 神官達が廊下の突き当り、一際大きな石扉の前で立ち止まり、頭を垂れて扉を開けた。


 13人のモンスター達の眼前に広がっていたのは、黄金の部屋に巨大な閨。そして中心には、この世のものとは思えない鮮烈な存在感を放つ美女ナナヤ。


 しかし、そんな目を引く光景はいずれも、何一つ彼女達の目に入らなかった。……それは、敬愛するウィトが床に倒れ伏していたからに他ならない。


 どうして味方の拠点であるはずのそこで、主が自由を奪われているのか。何故ジャクリーンは無事なのか。何故今我々はここに連れてこられたのか。


 その答えは、すぐにナナヤ女神によって与えられた。

 

「残念だけど、こいつ……


「アガアアアァァ!!」


 そう言い放たれた瞬間、リドヴィナが咆哮を放ち、女神に全力で飛びかかった。『ラグネルの迷宮』のモンスターはいずれも基本的な縄抜け術は習得している。今回はリドヴィナであったが、締め方に多少粗があれば、誰であってもモンスター達はナナヤに飛びかかっていただろう。


 事実、リドヴィナ以外のモンスター達も、魔法による拘束に抗い、慟哭に似た叫び声を上げていた。


「あんたの知力ステータスって、Cあったんじゃなかったけ?Gランクのラットだって、私を見たらちゃんとひざまずくのに」


 しかしナナヤ女神の表情には少しの焦りもなく、リドヴィナが腕を振りかぶった時には既に彼女の脚は吹き飛んでいた。


「ふうううぅぅぅああああああっ!」


 リドヴィナは目を狂乱の赤に染め、手だけで疾走する。


「エンヘドゥヌンナ!」


 けれど、ナナヤ女神がそう呼ぶと、リドヴィナは女神の隣に控えた神官によって杖で容易く押さえつけられた。


 流石に技もへったくれもないこの状態では、ステータス差は覆らない。


 ナナヤ女神は杖で押さえつけられたリドヴィナを見下して言った。


「あんたらの根性は認めるし、主への忠誠心は褒めてやってもいい。触覚を引きちぎったのだって、普段の私なら勇気を祝してやったくらいよ」


 ナナヤ女神は「でもね」、と続けた。


 「心を殺すのはこいつ……ウィトのためでもあるの。戦争を続けて殺して殺されて、こんな軟弱な精神の男は今に、心が死ぬよりむごいことになるわよ」


 そして、悪魔族のリドヴィナよりよほど悪魔染みた、無邪気で可愛い笑顔でモンスター達に提案を始めた。


「あんたでしょ。この子の触覚もいだの。確かな実力に、容赦のなさ。あんたらの虐殺を否定してる甘いウィトさえいなければ、あんた等だけで、代理戦争に今から勝てる可能性があるわ」


 この時、ウィトのための交渉人を志すマルガリータの胸に、焼き焦げそうなほど熱い炎が灯った。この女神は今、私達に向けて交渉をしようとしている。


 そして、この交渉には決して、負けることは許されない。


 何故ならウィトがその人殺しをよしとしない優しさゆえに、心を殺して「契約」だけを使用されようとしているのだから。


 ただ人を殺すための加護が詰まった袋として。

 

「あんたたちはまぁ、ウィトが大好きみたいだから。……そうね、あんたたちが言うことに背いたらウィトを痛めつけることにするわ。でもゴールもないと辛いでしょう?安心して。全てが終わったらウィトの心もあんたらも、解放してあげる」


 ナナヤ女神の主張は戦争の指揮者としては極めて独善的ではあるが、憎らしいほど理に適っていた。


 マルガリータはこの状況下においても、自分自身の頭が冴え渡っていることを自覚していた。


 今必要なことは、この後起こるかもしれない戦闘に備えることでもない、女神が油断した際に生じる隙を狙うことでもない。


 この交渉に勝ち、旦那様の安全を保証することだけだ。


 マルガリータは横目に、ウィトの胸元に新たな契約の紋章があることを確認した。それはきっと、かつて旦那様がナバルビ女神と結んだ契約が譲渡された証だろう。


 そしてそれは、こちらにとって絶対に譲れない条件である「ウィト」が、既に敵の手中にあることを意味する。


 この時点で既に交渉は、「いかに相手から譲歩を引き出すか」というステージへと移っていた。

 

 彼女は、ウィトに教わった交渉人としての心がけを何度も胸に思い起こす。


 圧倒的に不利な立場から交渉する際に、譲歩を引き出せる材料は3つ。「その交渉が相手に招く利益をはるかに上回るもの」か、「相手の手段よりはるかに楽な手段を提示できるもの」か、「とてつもなく面白いもの」の3つである。


 マルガリータは今このユニークスキルすら封じられた場で、自身の人生全てを懸け、その3つの条件に適うカードをその手に生み出そうとしていた。


 (いけない。まずは、相手のメリットを整理しないと)


 ……ナナヤ女神が取りたい行動は、「ウィトを傀儡にして戦う機械にする」こと。


 そして、それによって得る利益は「人殺しを躊躇している私達モンスターの抑止力を消すことができる」こと、「ウィトを人質に私達を支配できる」こと、……「彼女曰く、ウィトを傷つけないで済む」こと。

 

 対して、こちらが取りたい行動は「ウィトの心を守りたい」。そのためには、全てを差し出す覚悟が必要だ。


 (けれど、あまりに材料がないわ。まずは憐憫でも同情でも何でもいいから、相手のメリットを消して交渉材料を集めるしかないわね)


 マルガリータは交渉を覆せずとも少しでも食らいつくために、手を挙げた。


 それを一瞥したナナヤ女神が、一時的に発言の封印を解く。

 

 「発言の許可をくださり、誠にありがとうございます。先程のお話では、ダンジョンマスターは既に死んでいるということでしたわよね。人を殺すのではなく、死人を送り出すという形であれば、旦那様……ウィトは十全に仕事に望んでくれるでしょう」


 これは、マルガリータがウィトと共に過ごした十年のうちに確認済みの情報であった。ウィトは数年前、死者の魂を天に召すため戦闘をしたことがある。であれば、既に死人であるダンジョンマスターであれば、ウィトも戦う許可を出すだろう。


 マルガリータはこの発言によって、ナナヤにとってのメリットである「人殺しを躊躇している自分達の抑止力を消すことができる」を失わせてしまうことを期待していた。


 しかし、それでは全く、届かなかった。


「あんねー。ダンジョンに人を呼んでDPを集めないといけないでしょ?」


 ナナヤ女神が、子供をあやすように言った。その女神の態度で初めて、マルガリータは自分の表情に乏しいはずの樹皮の顔が、鬼気迫り歪んでいることに気づいた。


 マルガリータは、勝ち目が薄いことを理解しつつも、なんとか食い下がる。


「他のダンジョンと同じことをしていても、出遅れた私達の勝ち目は薄いです。一般人との対峙を控えられる僻地に防衛拠点を設置し、対ダンジョン用に特化したダンジョンを……」


 しかしマルガリータのその言葉は、女神ナナヤの「話にならないわね」という言葉に掻き消された。


「馬鹿は黙ってろっての。あんたの言う策を取るにしても、選択肢の多い方がいいに決まってるでしょ」


(ああ、全くもってその通りです)


 相手のメリットを消しただけでは、既に策を完成させているナナヤ女神の考えを覆せずことはできない。


(やっぱり、ウィト様がナナヤ女神にとって必要な理由を、今からなんとしても産み出さなければならないわね)


 マルガリータは愛するウィトの方を見た。ウィトは、眼筋が動かない死んだ眼でずっと床を見つめている。ふと、何か手違いで心と一緒に彼が死んでしまうのではないかと、不安でたまらなかった。


 マルガリータは、ナナヤ女神の言う事を正しいと認めながらも、それを受け止められずに足掻くように言った。言うしかなかった。


「ダンジョンマスターのように人型の存在がなければ困るのではないですか?見ての通り、私達は化け物揃いですし」


 ……マルガリータはパシュ!っという、風船から空気が抜けたような音を聞いた。音のした方角を反射的に向くと、自分の肩から先が切断されていることに気がついた。


 しかし、マルガリータはもはや痛みなど感じておらず、ただ「殺されなければまだ交渉のテーブルにいられる」という安心があるのみだった。


「私がそんなことくらい考えてないわけないでしょ」


 ナナヤ女神が質問に憤り、勢いよく空中に文字を刻んだかと思うと、文字が紫紺色の輝きを放った。


「私が信徒に与えられる呪いの加護の一つ。『醜い女Loathly ladyの解呪』。不細工な外見を呪いのせいにして、真実の愛により解呪する能力」


 ナナヤ女神がそういうと、神官が魂の抜けたウィトの頭を、髪をひっつかんで持ち上げた。


「んんん!!!」


 マルガリータ除く12人のモンスター達は、口が塞がれていることも忘れ、「やめろ!!」と激昂した。


 「さ、早くウィトにキスしていきなさい。ウィトが最初に設定したあんたらの容姿と、あんたらの明確なイメージがあれば、問題なくはずよ」


 途端に、マルガリータは後ろから神官に蹴られ、倒される。そして、鎖を引きずられ、倒れたウィトの眼前へと頭を持っていかれた。


 マルガリータは何度も心の中で「ごめんなさい……ごめんなさい……」と呟きながら、虚ろな瞳をしたウィトと、神官に頭を押し付けられる形で口付けを果たした。


 魂の抜けた最愛の人との口付けは、何の味も快感もなく、ただ舌のざらざらした感触だけがずっと残っていた。


 すると、彼女の肉体が光に包まれた。モンスターの姿が人間のものへと、作り変えられていくのだ。それは、ランクアップをした時の感覚に少しだけ似ていた。


 それからは、どれだけ拒否しようとモンスターが全員、高ステータスの神官に頭を押さえつけられ、意識のないウィトと口付けを行った。


 ……ウィトにそのつもりが例えなかったとしても、13人のモンスター達にとってウィトといつか心を結ばれ唇を奪われることを夢見た幸福の一つだった。それが今、神々の代理戦争の都合によって、心を失ったウィトを解呪の道具のように扱うという形で果たされていく。


 ふと気がつくと、マルガリータの艶のあるピンクの唇から、血が垂れていた。彼女の身体は既に人間のものとなっており、屈辱と悲しみのあまり噛んだ唇から、血が流れたのだ。


「超絶美少女ばっかね。適当に美女創っても、こんな風に色んな種類の美女はなかなか揃わないんじゃない?」


 ナナヤ女神は満足そうに呟いた。マルガリータは周囲の同輩達も美女に姿を変えていることに気がついた。それでも誰が誰だかは分かったが、今はそれを祝う気持ちなど到底浮かばなかった。


「それにしても、本当この男って節操なしね。13人全員に真実の愛持ってるなんて」


 ナナヤ女神が訝しむような視線をウィトに向けた。


 その発言の全てが、13人のモンスター達の神経全てを逆撫でした。けれど、縛られた彼女達に、反逆の手段はもはやない。マルガリータの発言権も、先程の発言により取り上げられてしまっていた。

 

 「これで、話は終わりね。神官共。こいつらを連れていきなさい。……指示は追って出すわ。逆らったらウィトが人間に戻った時、ひどい後遺症を負うことになるわよ」


 ナナヤ女神はやっと終わったとばかりに、手でしっしっと追いやるポーズを取る。


 (これで終わりなの?私達のあの大切な日々が本当に?)


 マルガリータの胸中に、ウィトの愛に気づいたときのこと、ウィトの役に立ちたいと思ってから人生が色づき始めたこと、気づけばウィトと出会うことだけで心が愛に満たされるようになったこと。そのウィトにまつわる大切な記憶が、次々と思い出される。


 (旦那様があの女神にとって必要な理由があれば、救ってさしあげられるのに!それさえあれば!それさえ…………)


 扉が開かれ、今に神殿から追い出される。ナナヤ女神の目は既に、こちらを見ていない。どうすれば、どうすれば!


 ……その時だった。

 

 「私の4つ目の質問権は、まだ残っていますでしょうか」


 ジャクリーンが、そういって手をあげた。


「……………………いいわよ。約束だからね」


 ナナヤ女神が、寝返りをうって渋々応じる。


「先程、議会によって与える加護は捧げたものとプラマイゼロになる必要があるっと仰っていましたよね。


 ジャクリーンが尋ねたのは、そんなシステムにまつわる質問だった。


「……できるわよ。けど、絶対のルールとして、既に捧げたものは捧げられないわ。当たり前だけど、命を既に捧げているやつは命の範疇に含まれる財産とか感情とかを捧げても意味ないから」


 それは至極当然のルールであった。何故いまさらそんな事を確認するのか。その時ばかりはナナヤ女神すら、ジャクリーンの発言を疑問に思っていた。


「ですが……ウィトさんが捧げたものは、初恋だけのはずですよね?」


 それを聞いて、とうとうナナヤは、ジャクリーンが考えていることを理解した。

 

 ……地球においても古代、神に童貞や処女を捧げることで加護を授かる儀式は、エジプトやメソポタミアに存在していたことがわかっている。


 けれど、それは童貞や処女など、一人の人間に一つしかないものだから、彼、彼女等が大切なものだと考えていたからこそ、捧げる価値があるのだ。加えて童貞や処女より、命の方が価値はずっと高い。そのため、そういった初体験を捧げる儀式の効果は人身御供には遠く及ばないと考えられていた。


 しかしそれでも、ジャクリーンには勝算があった。


「私は、ウィトさんがだと思います」


 契約は、その人間がどれだけ捧げるものの価値を重く捉えているかに左右される。だからこそ命知らずのものの命より、いずれ配偶者や子を持つだろうと真っ当に生きた人間の方が、加護と交換する際のレートは高い。


 ウィトは誰よりも、Gランクモンスターの小さい命さえ、大切にしてきたようなやつである。そのことはナナヤ女神も知っていた。彼自身の命の大切さも彼は人並みに理解し、大切にしているはずである。


 そんな真っ当な価値観を持った人間が、命の全てを賭すような煮え立った恋愛をそう何度も繰り返すとは、ナナヤ女神には信じがたいものだった。

 

「そんな命より大切な恋を、何回もできるわけないでしょ……けどま、試してやりますか。私だって、魅了魔法チャームくらい使えるわよ」


 ナナヤ女神は魅了魔法の詠唱をコアで調べながら、ウィトとの契約の内容を思い出していた。

 

 「俺に出来ることがあれば何でもやりますし、持っているもの全てを捧げます」


 このナバルビ女神との契約では確かに、彼が手にした初恋は捧げられている。


 だけど、次の恋と命は捧げられていない。だって彼は人生でたった一度きり、ナバルビ女神の壁画を見た時抱いた感情以外、恋を持っていなかったのだから。


 ナナヤ女神が小さく、その芸術作品のような唇を動かした。


「『三人でピクニックに行ったわよね』『けど、私は貴方の脚しか見てなかったわ』『信じられるかしら』『』!!」


 それは正真正銘、本物の女神の詠唱。聞くもの全ての魂を震えさせ、聞くもの全ての胸を切なさで裂いてしまうような詠唱だった。


 ナナヤ女神から放たれたピンクの光が、ウィトの心を射抜く。


 そして間もなく、ナナヤ女神の表情が呆然としたものに変わった。


「嘘でしょ!?こいつの恋……重すぎるでしょ。馬鹿なんじゃないの!」


 そして、ナナヤ女神は何度もポップアップウィンドウの文字列と格闘したかと思うと、歓喜の叫び声を上げた。


「やった!入る!入るわ私の加護が!こいつの命より大事な恋を、ちゃんと捧げさせたわ私!二回目の恋だけじゃない!三回目の恋も、百回目の恋も全部全部奪ってやる!アハ、アハハ」


 ナナヤ女神の笑い声とともに、ウィトの肌に魔法陣が現れた。


 かと思うとその皮膚が張り裂け、緑色の外殻が中から飛び出す。これこそが、モンスターの女神ナナヤ女神のもう一つの加護である。


 その光景は、13人のモンスター達にとって到底見るに耐えうるものではなかった。


 好きな男の心が、ぽっと出の女の魔法によって奪われる苦しみ。好きな男の身体が裂け、怪物になっていく苦しみ。


 それを目にした13人のモンスター達の、人間の姿となってから初めての涙は、血の涙だった。

 

「あはは!どうやって生きてきたら、こんな恋した人間にすぐ何でも捧げる人間が出来上がるっていうのよ!」


 ナバルビ女神の狂気じみた笑いは続く。彼女はこの時すでに、代理戦争における自身の勝利を確信していたのだ。


 ジャクリーンは、ナナヤ女神の加護の内容こそ知らなかったものの、この結果をある程度予測していた。


 ダンジョンから一歩離れた立ち位置にいるジャクリーンは、客人だからこそ、ウィトの本質が分かっていたのだ。


 恋のために世界中を旅したり……たった一度見た壁画の名残を追いかけて人生を棒に振る。ちょっとした勘違いで十年間モンスターと一緒にいてしまう。なのに本人は真っ当な価値観を持っていて、人並みに悩むこともある。 


 どんな人間ならそれが可能なのか。その答えは、。それがウィト……添木憂人の本質。そうジャクリーンは結論づけていた。


 だから。一人で生きていけない癖にずっと一人で生きてきたようなやつだから。


 存在しない、きちんと見たことのない女神なんていう理想の依存相手を想像して、モンスターの未来にだって全てを捧げてしまう。


 ジャクリーンはその結論が間違いでなかったことに安堵と物悲しさを感じながら、ナナヤ女神の高笑いのなか、怪物に変貌していくウィトを見ていた。


「モンスターの女神ナナヤの本気の加護よ!進化し続ける人間共を殺すためだけに作られた、哀れなモンスターのための加護!」

 

 「……ああ」


 魅了魔法チャームによって心を囚われ、虚ろな返事するのみのウィトの身体は、13種族のモンスターの醜さと悍ましさの全てを詰め込んだような巨大な人型の怪物に変貌していた。


「安心してね。魅了魔法が解けたら姿も戻るわ。けど、恋はもうしちゃだめよ。真実の恋なんて見つけられたらあんたの価値なくなるじゃない」


 そういって、ナナヤ女神は何やら契約書を取り出した。そこにウィトの判は必要ない。まだ彼の「何だってする」という契約は、切れていないのだから。


「でも、見つけなくていいわよね!真実の恋を見つけるまであんたは『恋知らぬ獣ビースト』のままでいられるの。そして、可愛い私に惚れ続けられるの!うん!自信作のダンジョンマスターより気に入ったモンスターになりそうだわあんた!」


 ナナヤ女神の瞳には、もはや神々の戦争においての利害を超越した、ざらついたピンク色の情念が渦巻いていた。


「アアアアァ!!!」


 マルガリータはその何もかもを奪われたウィトの姿があまりに痛々しく、もはや考えることすらできずウィトをただただ愛を込め抱きしめようとした。


 しかしその愛は、ナナヤ女神に魅了されたウィトによってただ突き飛ばされて終わった。

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