28話 対神官戦 (三人称視点)

 時は少し遡る。


 神殿内部においてウィトが歴史の授業を受けている間、13人のモンスター達はウィトの命令通り外で待機をしていた。


「……やっぱり、スキルの使用が制限されているようですね」


 ビオンデッタ・ガヴァネス……寄生蜂のモンスターである彼女は、ユニークスキルではなく汎用スキルとして、広範な聴音スキルを持つ。


 ……しかしウィトの状況を知るのに役立つと思われたそれは、現在発動できないようだった。


「神様の住居は非戦闘エリアってことじゃない?インチキ臭ヤバヤバだけど」


 ローザローザがビオンデッタの報告を聞き分析によって導き出したその選択肢は、果たして正解だった。


 彼女達はその時知る由もなかったことではあるが、ダンジョンによって産み出された彼女達のスキルは、ダンジョンの女神であるナナヤによっていとも容易く封じられていた。


 ……ユニークモンスターの強みはユニークスキルにあり、ステータスの差が露骨なものとなる肉弾戦はやはり、Dランクの彼女達には分が悪いものになりがちである。


 それゆえ彼女達の警戒は最大限のものであり、知らず知らずのうちに皆、戦闘準備を始めていた。

 

「……インチキなんて言ってられないみたいっスね。なんか来たみたいっスよ」


 ヘーゼルが廊下を睨んで言った。


 先程見た、顔に大きな前掛けをした女性神官が10人、何やら大仰な鎖をもって神殿から走り出でくる様子が彼女には確認できたのだ。


「ランクはBくらいはありそうですね。どうものモンスターではなさそうなのでご注意を」


 サリュがそう言うと、13人のモンスターは即座に陣形を組んだ。


 スキルに頼った戦闘スキルを持つものや、ダンジョンにおいて真価を発揮する非戦闘員が奥へ控え、前には肉体派の5人がそれらを庇うように陣を展開する。


 サリュ、ロジーナ、アンジェライン、リドヴィナ、アニマの5人は、スキルを使用せずとも格上をともすれば倒しかねない力を持っていた。


 ともすれば倒しかねないと自信のない表現がなされる理由はやはり、格上を破るにはある程度の不意打ちを成功させることは必須であるからだ。


「何用でしょうか!ナナヤ女神の神官様方!それ以上お近づきになるのであればその物騒な鎖をしまってくださいな」


 マルガリータが叫ぶようにそう告げても、10人の神官は一切ペースを乱さず無感情にパタパタと走りながら、13人のモンスター達を取り囲むように広がりつつ、鎖を両手で広げる構えを取った。


 それは集団戦において、互いが互いを庇い合うことが可能な陣形のセオリーであり、有無を言わさぬ戦闘開始の合図であった。


「『祝福の槍衾やりぶすま』『夜の大木』『館の側溝』」


 神官達は詠唱を始めると、鎖を含めた彼女達の身につけた全てが青く光る。


「ねーぇ!そっちだけスキル使うとかズルくない?」


 ローザローザが吠え、前に出た五人が完全な戦闘態勢を取る。


「あの詠唱に光。魔力防壁ですね……私は退きます」


 サリュが告げた……戦士というよりは戦闘マニアである彼女は、戦いにおいて有用なスキルの外観、詠唱は大抵把握済みである。


 そのうえで大抵の物理攻撃を遮断する魔力防壁スキル相手であれば、自身は敵わないと奥に控えたのだった…………悔しさはない。足手まといになる気はないし、奥にいればこそ出来ることだってある。


「アンジェラインさん、リドヴィナさん、前へ!」


 見習い指揮官であるマルガリータが叫ぶと、人型に近いモンスターの二名が躍り出た。


「了解です」

 

「りょーかい」


 無表情のまま命令に従うアンジェラインと、戦いを楽しむかのように笑みを浮かべるリドヴィナ。


 人間大の大きさであるアンジェラインは、白磁の鎧に似合う白い剣を優雅に上段に構えた。


 隣で、大きなギョロ目が頭部の半分を占める悪魔族のユニークモンスター、ウコバクであるリドヴィナが様になったファイティングポーズを取り、細かくステップを踏んだ。


 ……ただし、リドヴィナはメイド服を着ており、背に負った武器はモップであった。


 そしてその雄叫びにより神官と二人のモンスター、両者の脳が最初の対峙に向けて高速で働きはじめる。


 アンジェラインとリドヴィナの二人は考えた。戦闘可能なメンバーは2対10。そして退路はない。


 であれば、ほんの僅かでも不意をつける可能性を信じるしかない。


 その判断を同時に下した二人は、全速力で左右両端の神官へ向かった。


 といっても、それだけでなんとかなるわけではない。人間同士の戦いにおいては圧倒的不利な状況で即座に攻撃に移るものは稀であり、不意をつけるかもしれないが、モンスターの中には先手必勝を信じて考えるより先に攻撃するものも多い。


 神官達は二人をそういう手合いだと考えたのだ。


 ……ステータスの差は素早さにも表れる。突撃に備えていた左右の神官は即座に前へ出て、二人の行動を余裕を持って観察していた。


 神官が注意を払ったものはアンジェラインの手にした長剣と、リドヴィナの背に負ったモップであった。そして、堅さのステータスがBランクである自分ならそれらの武器を問題なく受け止められると、判断を下した。


 備えるべきは、全身全霊のファーストアタック。特にアンジェラインのような剣士タイプが助走をつけて突きを放てば傷つけられることも考えうる。


 反対にいえばそれさえ上手くいなせば、後は集団で取り囲み縛り付けてしまえばよいと、そんな戦闘のプランを頭の中で固めていたのだった。


 ……神官達の目標が捕縛でなければ、この時既に勝敗は決していたかもしれない。攻撃魔法を自在に扱えば、スキルを使えないアンジェラインとリドヴィナを、近づく前に対処することも可能であっただろう。


 だが、彼女達はどこまでもナナヤ女神の忠実な神官であった。それゆえ、こんな絶対的不利な状況でありながら、わざわざが挑んでくることを不穏に感じていたとしても、全力で応じることはできなかったのだ。


 アンジェラインと相対した神官の一手目は、姿勢を低くした足払いであった。それは剣を構えたアンジェラインによるファーストアタックを確実に防ぐためのものであったし、アンジェラインのステータスが低すぎてうっかり殺してしまう、なんてことを防ぐ意図もあった。



 しかし、そんな最良の策をとった神官の耳に聞こえた言葉は、アンジェラインのそんな呟きだった。


 ……ナナヤ女神お付きの神官は女神の身辺を警護するものとして、非常に優秀なスキルを賜っていた。相手の攻撃を弾き返す魔力防壁もその一つである。


 だからこそ知らなかったのだ。


 戦闘において、ステータスには決して表示されないという項目があることを。


 アンジェラインは最初から足払いを誘うように、剣士が普通そうするような挙動で歩を進めていた。腰は低く、いかにも一太刀目に全力を込めている薩摩武士のように。


 それは彼女が目上の人型生物を相手にする際使用する策の一つであった。


 森でずっと弱者であった13人のモンスター達は、そうした格上相手に生きていくための小細工もいくつか用意してあったし、何よりダンジョンマスターであるウィトもどちらかといえば戦闘術よりも暴漢相手の護身術を得意とするタイプだった。


 これは剣術と護身術の習得に伴い、相手から身を守るには演技力も大事であるというウィトの教えを忠実に守った結果生まれた技であり、アンジェラインはそもそも外せば負けるファーストアタックなどに仲間の命運を賭けるつもりはさらさらなかった。


 そうして、姿勢を低くすることによって弱点を守りながら行われた神官による足払いを、アンジェラインは実はで受け止めた。


 本来であれば、踏み込みのその瞬間、全体重が前足に乗った瞬間に決まるはずだった足払いは、脱力したアンジェラインの脚をただ横に運ぶだけの結果となった。


 ……その時のアンジェラインの姿勢はありえないものであることは間違いない。大きく脚を開いた状態で片足立ちなんてすれば、足を宙に浮かせた方にコケてしまうに決まっている。


 けれどアンジェラインは、「相手が足払いした脚に完全に自分の脚を預けてしまう」ことにより姿勢を維持していた。


 それは彼女の天性の才能を持った肉体と、戦地において冷静に技を成功させるある種天然とさえいえる落ち着きが可能にした技であった。


 神官は完全に「剣士による全身全霊の一太刀目」の踏み込みを刈ったつもりでいたというのに、アンジェラインがまるで脱力しきっていたものだから、空振りした脚をそのまま回転させることとなり、一瞬の硬直が生まれる。


 その隙を見てアンジェラインはさらに、足払いをされた方向に


 彼女は既に演技の一環で剣にかけていた手も力を抜き、トラックに跳ねられた安全試験用のドールのように回ってしまうと、混乱する神官の手を両手で掴んだ。


 さらによく見ると、アンジェラインは両手で、全力で神官の小指のみを握っていた。……小指捕り。自分より圧倒的に力が強い相手に対して、有効ではあれど戦場では難易度が高く使用されないその技を、アンジェラインは成功させていたのだ。


 アンジェラインによる回転は、ある種二度目の不意打ちともいえた。無傷での捕縛を目論んでいた神官は、回転するアンジェラインのどこを攻撃すればいいかを瞬時に判断できなかったのだ。

 

 そしてアンジェラインは自身が最も力を発揮できる正中線上に神官の小指を持っていきながら、決して小指が折れてしまわないよう繊細にコントロールをしながら、神官の手を逮捕術のように後ろに回すと、他の神官による攻撃を妨げるための盾とした。


 それは、日本の実戦柔術に伝わる技の一つである……痛みには反射が生まれる。いくらステータスに差があろうとも、最も力を出せる正中上で小指を決めると、どれだけ根性があろうと痛みにより行動はできない……行動をすれば当然、指を折ることになるが。


 神官はどうやら人間程度の痛みを感じる生物らしく、日本武術特有の「動かなければ痛くない。動けば激痛が走る」という状況下で、なすがままに制御されることとなった。


 アンジェラインはふとリドヴィナを見ると、彼女もステータスが圧倒的に上位である神官を、肩関節を決めることで床に押さえつけていた。


 ……あんなごつい悪魔の癖に合気道。ともアンジェラインは思ったが、モンスターにおいて身体の大きさなど一つの指標にすぎない。むしろ身体は大きい方が意表をつけて、そんなやわらの技を使う際には有効かもしれない。なんて事も思った。


 まさか神官達も、力押しが一般的なモンスターでありながら、Gランクから人型であったアンジェラインとリドヴィナの二人が十年間毎日、武術の練習をしていたなんてことは思いもよらない。


 こうして、二人はものの見事に、二人の神官を拘束してしまった。

  

 …………とまあ、ここまで完全に策が嵌ったところで、生まれたのはただの膠着状態である。


 そこでアンジェラインは、マルガリータを見た。


「……交渉できそうですか?」


 少なくとも、今は相手と話すことができる状態ですよね?という期待を込めて。


 マルガリータは交渉担当ではあるが「一方的に襲われてるんじゃなく、二人ほど制圧したよ!だけどこのまま続行すれば確実に負けるし、相手が本気になればこちらは全滅して、ウィトを神殿の中に取り残すことになるよ!」という状態下において、有利に話を進められるわけもない。


 というかどんな交渉人にも無理だろう。


 そもそも、神官は奥にまだまだ控えているのだろうし……。


 せめて二人の戦闘を無駄にしないよう、今後のを取っておくしかないか。と、マルガリータはある種の諦観に満ちたげんなりとした顔で、リドヴィナに命令を出した。


「リドヴィナ、抑えてるその神官の触覚を


「はいはい」


 リドヴィナが拒否することもなく、押さえつけたカミキリムシの顔をした神官の触覚を毟ると、指でつまみ上げ下から飲み込んだ。


 ……いくらランクに差があろうと、触覚はいくらなんでも細かった。問題なくプチリと触覚が抜かれると、人間の言葉を話せるはずの神官は「ギィ」と、その時ばかりは虫っぽい声をあげた。


 そして、そんな命令を出しておきながらマルガリータはやれやれと両手をあげて言った。

 

「こちらに勝ち目はありませんので、全面降伏いたします。どうぞ、どこへでも連れて行ってくださいな」

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