32話 静かな幕開け
ウチはボスの方針を聞いたその足で、ボスが『ナナヤの巫女』と総称するようになった『ラグネルの迷宮』のモンスター達がいる部屋を訪れまシた。
ボスが入ってくるのを防ぐための鉄扉を開けると、激しく椅子がガタガタと揺れる音がシて、次に目眩がするほど甘ったるいけれど、奥に少し酸っぱさの混ざる濃い淫臭が漂って来まス。
その匂いの濃さといったら、まるで質量を持っているように息をするだけで粒立って感じられるほどでシた。
「うわ…また匂い濃くなったっスね…みんな、大丈夫っスか?」
鉄扉に堅く閉ざされたその暗室では、ウチを除く12人の巫女達が猿轡をつけて、革の拘束ベルトで椅子に縛り付けられていまシた。
彼女達は何度も快楽に身を捩らせ、惜しげなくあられもない姿を晒していまス。中には気をやって白目を向きそうになっているようになっているようでシた。
「ぅぅぅぅぅぅ」
と、猿轡のせいで嬌声にもならない藻掻くような声が、部屋の中では控えめに共鳴シテます。みんなもう大声を出す気力もないようで、でも声を止められないらシく、荒い呼吸と末期の
皆それぞれ何度か失禁しているようでシたが、本来室内に満ち不快感を呼び起こすはずのアンモニア臭は、彼女達の女のウチさえかぐわしいと感じる体臭と汗の匂いに混ざって、ただのアクセントのように感じられまシた。
砂糖とメープルとはちみつと甘酒を一気に詰め込まれたような嫌気が差すほど甘ったるい匂いでシたが、一度嗅いだらずっと気になってしまうような不思議な魅力を持った香りでシた。
ボスの身長が170cmらしいっスが、椅子に縛られた美女のうち、ビオンデッタちゃん、エグレンティーヌちゃん、アンジェちゃん、リドヴィナちゃん、アニマちゃんの5人はその身長を超えるモデル体型っスから、ただ快感に全身を硬直させているだけで、すごい迫力がありまシた。
ロザロザちゃんとクラリモンドちゃんの美少女に変身した組も、それはそれで退廃的な美しさがありまシた。
他の皆にも、それぞれ魅力がありまスしね。
────みんながそんなデカダンスでマゾヒスティックでエロティックな格好をしている理由は、
……全ての生物は、自身の肉体に感情が縛られている。そのことを、ウチはナナヤ女神の加護を受けてからようやく実感したっス。
ウチらモンスターは、性交など子孫を残す目的でしか行わないっス……それどころか機械族や天使族なんかはそもそも性交の機能が備わっていないっスし、ウチの種族も性交をせず魔力で増えるタイプのモンスターでシた。
それでも、ウチらモンスターは全員ウィト様と共に過ごしている間に強い多幸感を感じていたっスし、それを人間と同じ恋愛感情だと思ってまシた。
けど人間のメスの身体は、モンスターより遥かに深い恋をその身で体感できるようでシた。……許容量が広いというか、恋を肉体の信号として表現できる限界そのものが異なるようっス。
……私達の魂がいくらウィト様を愛していたとしても、心臓がないモンスターは心臓を弾ませることはないでスし、肌に神経の通ってないモンスターは、触れるだけで身体に電流が走るようなことはないっス。
崇拝も一緒スね。肉体の体温をコントロールできないモンスターは、いくら高揚していても火照るような感覚は得られないっス。
そんななか、人間の身体は全身が恋を表現するために出来ているんじゃないか?と思うくらい、身体の様々なところが恋慕を表現する造りになっているようでシた。
多分、全生物のうち一番、恋を表現したり、自分で楽しむことに適しているのではないでショうか。
そしてウチらの魂が持つボスへの恋心と崇拝は、人間の女性の身体に当てはめてしまえば、精神と肉体が壊れるほどのもののようでシた。
皆、ボスの顔を見たり、匂いを嗅いだり、優しくされるだけで簡単に達するようになってしまったみたいっス。
いやぁ、ウチらもボスと一緒にいたら色々身体に反応があったっスから、それが人間と同じ快楽だと思っていたっスが、人間の女体ソレには遠く及ばないみたいっスね。
猿轡が無ければ、彼女達は意識がトんでしまわないように歯を食いしばりすぎて、顎の骨が折れたり肩の筋肉が攣ったりするようっス。
拘束ベルトをつけている理由も、それをつけなければ女同士であっても見ていられない姿になるからっス。脚を広げて腰を何度も跳ね上げる姿はエロいというよりもはや悪霊に憑かれたみたいっスしね。
いやー、人間も大変スね。ま、別にみんな苦しそうではないんスけど。
彼女達の表情を見ると皆、恍惚として表情をしまシた。
むしろ彼女達は慣れない身体の敏感さによる苦しみを、愛によってもたらされる高揚感と混合しているようでシた。
……ボスの講義の一つに、哲学についてのものがありマス。そのなかに、数十年間哲学に従事した者が、とあるエロティックな儀式に参加したときに神秘的な体験をして、それ以降は哲学をやめたというものがあったっス。
ウチは彼女達がボスに心酔して身体をとろけさせるその耽美な姿を見て、そんな哲学者のことを思い出していまシた。
ただウィト様のことを思って身悶えしているだけっスのに、そこにいる彼女達がみんな、神聖さを感じさせるほど美しく、肉欲だけじゃない純粋な愛を抱いているからでショう。
ウチはそんな彼女達の姿にイヤらしさだけじゃなく、神秘的なものを感じていたっス。
彼女達自身も、ボスへの恋慕によってもたらされた苦しみなら、それは悦びに変換されるみたいでス。みんな本当に綺麗な顔で、その大波を受け止めているようでシた。
いやー、初めて宗教的マゾヒズムに宿る美というものに共感できたっスよ。
彼女達は定かになっていない目で、
ま、いくら褒め称えても彼女達があられもない姿なことには変わりないっスけど。
……当然そんなはしたない状態でボスの前に出れるわけないっス。
別にボスがウチらを嫌いになることはないと思うっスけど、ウチらも初めて女の側面を見せるときにも、ロマンチックさが欲しいっスしね……求められればいつでも喜んで差し出しまスが。
そんなわけで、彼女達はともかく人間の身体に慣れる必要がありまスね。
いつまでこうしている暇はないっスし、ウチはサリュちゃんの猿轡を解きました。それは彼女にとあることをお願いするためっス。
「サリュちゃん。ウチらはボスのために本気で働かなきゃなんネーので、ナナヤ女神の真似、頼むっス」
サリュちゃんは虚ろな目をしていまシたが、決意のこもった瞳で、ウチの依頼に応じてくれまシた。
『それにしても、本当この男って節操なしね。13人全員に真実の愛持ってるなんて』
「おー。ほんとにそっくりッスね」
人間の姿になっても物真似の腕は落ちてないみたいっスね。渾身のナナヤ女神のモノマネによって、みんなの劣情の発露が一旦止まったっス。
あの憎き女神の顔を思い出すと、流石に皆のボスへの愛も萎えるみたいでシた。彼女の物真似によって、巫女達は全員目を醒ましたようっス。
ウチはみんなの猿轡を外してあげまシた。
「……ヘーゼル姉。悪いけれど、私達が服を着るまで待っていてくれるかしら」
ウチが皆に飲み水を渡すと、マルガリータちゃんが湿った長髪を垂らして、お願いしてきました。頬には涙の伝った後がありまス。そんな状態でも、彼女はとても綺麗でシた。
「了解っスよー。ワイン入れて待っとくっス」
そういってウチは、部屋を出ました。
……ウチら、『ラグネルの迷宮』のモンスター達はとっても仲が良いっス。そりゃあボスが一番っスが、ウチらはお互いをボスに仕えるに値する子達だと認めてますシ、今までの努力や苦しみも全部知ってるっス。
だから、あんな姿を見てもお互い嫌いになったりしないでスし、そもそもボスの教えの中に「分け合うことの美徳」がある時点で、ウチらはこれからもずっと守りあって生きていくことが決まってるっス。
……それに多分全員が全員、お互いのことを綺麗と思ってるっスしね。正直、人間態であんなに悶ている彼女達を見てもウチは、汚いと思うどころか、迫力あって美しいなぁとか、ボスにもいつかこの絶景を見てもらいたいなぁみたいな感情しかありませんでシた。
あの娘達が一日間も飽きずに身体を跳ね上がらせていた理由の一つには、隣に同じ状態の仲間がいることもあったと思うんスよね。……何人かは認めないと思うっスけど。
────それから、二十分ほど経って、衣服を身に着けた彼女達が入ってきたっス。あんな人に見られたら二度とお嫁にいけないような姿を晒しておいて、皆優雅に歩いてきます。
ま、ウチらは家族以上の仲良しなんで関係ないっスし、ウチらにとってボスへの愛を肉体をもって証明したことは恥でもなんでもないっスから。
ボスの前では誰よりもか弱くて愛らしく、ボス以外の前では最強で熾烈。それが『ラグネルの迷宮』のスタンダードっス。キリッ。
「わああ!このワインって『シムドローゼの血潮』?ありがとーヘーゼル姉!」
金髪ツインテールのロザロザちゃんが、ウチの用意したワインを見て口元に手を当てて驚いてみせました。
「みんな落ち着いたっスか」
「ええ。もう無様は晒しません。…………頑張って改善いたします」
ウェーブのかかったロングヘアーの黒髪を深く下げて、マルガリータちゃんが謝罪しまシた。
すごいざっくりとしたコメントになった理由は、ボスの名前を呼べばまたあの状態になると考えたからぽいっスね。……人間の身体ってほんとうに不便っスね。
「でも流石ヘーゼル姉様ですわ。わたくし達、ヘーゼル姉様がいなければあのまま死んでいたかもしれません」
エグレンティーヌちゃんがそういって頭を下げまシた。
彼女はウチらの中で最もキャラが濃い癖して、茶髪ロングで一番普通の女の子っぽかったっス。よく見るとスラっとした脚がとても艶めかしいっスので、本心を隠しきれてないっスけど。
……あのままだと死んでいたというのは決して誇大表現ではないと思うっス。ウチらは人間態でもステータスを引き継いでるっスので、生命力のパラメーターによってある程度の苦しみでも耐えることができるっス。
あと、生み出されて最初の五年間くらいは外のモンスターに毎日殺されてたっスから、精神力にも自信があるッスしね。
けど、もし普通の人間の女なら、あの状況になれば三時間ほどで死んでいたかもしれないっスね。
「あはは。ウチはエグレンティーヌちゃんと違って、恋なんて高望みしないいい子なんスよ」
…………恋。
ボスが求めて止まないそれを、ウチは昔持っていたっス。けれど、ウチは人間じゃないし、恋のことを考えるボスの姿はとても苦しそうに見えたっス。
だからウチは、ボスが恋のことを忘れられるよう、ウチ自身のボスへの恋も封印シたっス。何重にも何重にも。
ウチだけ人間の姿になっても多少モンスターっぽさが残っているのは多分それが理由っスね。白すぎる肌に、縫い目のある二の腕。大きい胸に対して細すぎる胴なんかは、ウチ自身が人間になったら「再び恋をシてシまうかもシれない」と、恐れている結果かもしれないっス。
ま、単にウチがゴシックホラーな世界観の似合う女の子になりたかったってのもあるっスが……。
ウチが皆のようにボスの事を考えるだけで色ボケにならなかったのはそれが理由っスね。
「皆はまだボスには会わない方がいいっスから……。ウチがボスの言葉を皆に伝えるっス」
ウチは皆が落ち着いてワインを嗜んでいる姿を確認して、先程伺ったボスの御言葉を伝えることにシたっス。
「ボスは、世界の均衡を保つということに興味を抱いておられる様子デス。また、ナナヤ女神への恩返しとも言っておられまシタ」
『それにしても、本当この男って節操なしね。13人全員に真実の愛持ってるなんて』
ウチの発言に対してすかさずサリュちゃんがナナヤ女神の物真似をしたっス。……皆ボスの姿を思い出すかも知れなかったからっスね。配慮が足りなかったっス。
「素晴らしい!」
声を上げたのはアンジェちゃんでした。騎士の衣装にオレンジのポニーテールが元気そうでよく似合っていまス。
アンジェライン・スピネット……天使族の彼女は多分、ボスを除いて『ラグネルの迷宮』で一番優しいっス。森の生物を今管理しているのは彼女でスし、食物連鎖に関係ない場面で困っているモンスターがいれば、助けてあげているようっス。
けど、あまりに優しいアンジェちゃんは、森での命の奪い合いを見ていつもエティナの現状を憂いていたっス。世
「今回、ナナヤ女神と会って理解しました!世界が争いに満ちているのは、不完全な神に統べられているからのだということを」
彼女は胸に手を当て、高らかに歌い上げるように言ったっス。
「神々同士の争い。秘密結社。裏切り、支配。それらはただ闇雲に命を傷つけ、散らすだけの行為です。私は、その現状を変えることができる御方はこの世で最も強く偉大な創造主様しかいらっしゃらないと考えております」
「……それはそうだけど、何が素晴らしいって言うのよ」
ボサボサの赤髪をしたデリラちゃんが言いました。
……デリラちゃんの自罰的な性格が反映されたせいなのか、デリラちゃんの服は無機質な拘束衣で、目の下にくまがありまシたが、顔が強気そうな美少女なせいで、ぶっちゃけちょっと風変わりなファッションの女の子だなぁ程度にしか思えなかったっス。
「ヘーゼルお姉様は言いました。創造主様が、我々に意思を啓示してくださり、世界の均衡を守ってくださると仰ったと。世界の均衡を守るとはつまり、エティナ全土を創造主様が統べられるとご意思を固められたのだということです!」
アンジェちゃんが両手を広げ、万感の思いをこめて言いまシた。
……多分そこまでは言ってないと思うんスけど、すかさずピルちゃんが叫びました。
「だよねだよね!本機もずっと思ってたんだ!パパが世界を支配する時が来たんだって!」
機械族のピルちゃんはゆるふわウェーブの金髪で、日本の女子高生のような格好をしていまス。理由は単に可愛いかららしいでスが。
「なんでだと思う?なんでだと思う?未来をダウジングマシンが示しているからだよ!見て見て!パパが巨大ロボに乗って神を倒してるから!うおーっ!すげーーーー!」
ピルちゃんは机の上に乗ると、銀色の棒をくるくると高速で回しながら鼻血を垂らしていまス。その棒は彼女が肌身離さず持っているダウジングマシンでシた。
「ダウジングマシンって未来を見るもんじゃないじゃろ」
褐色肌で野生的な美女になったロジーナちゃんがジト目でツッコミまシた。けれど、ピルちゃんは鼻血をドボドボ垂らしたまま瞳からアニメのような映像を空中に投影していまシた。
「だってさ、みんなが喋れるようになった時のこと思い出して!マルちゃん達がこの森に反撃したけど、その時も元の指令は安全の確保だったんだよ?今回もよく考えたら、世界の均衡を永続的に保つ方法なんて、
それはかなり馬鹿っぽいセリフでシたが、同時に的を射た言葉でもありまシた。ボスからの指令を完璧にこなすためには、世界の征服はどちらにせよ必要なことっス。
他のダンジョンマスターは裏から手を回しているみたいでスが、ウチ等が世界を恒久的に支配するためにはどう考えてもそんな手段ではいけまセん。
「ウチも、アンジェちゃんとピルちゃんの意見に参戦っス。それはマルガリータちゃんの『本当の交渉』にとっても大事なことっスから」
────正直、ウチは気づいていたっス。ボスがお望みになっているのは世界征服などではなく、悪のダンジョンマスターと気まぐれに戦って周辺の人を救うだけだということを。
けど、ボスがその方針を取り続ければ、いずれナナヤ女神にまたひどいことをされまスし、ナナヤ女神の言う事が本当ならいずれ加護を得た大量の人間がこのダンジョンに攻めてくる可能性が残り続けるということっス。
(そんなこと許しちゃダメっス。確実に安全を確保するには、世界を表と裏両方から支配する必要があるっスね)
ボスに偽りを述べたことを実感する度に胸が張り裂けそうなほど痛いっスし、息が詰まって身体を自分の手で握りつぶしたくてたまらなくなりまス。
(ただ、それでもボスが死ぬよりずっとマシっス)
ウチはボスに恋をしていないお陰で、恋した女の子特有の全能感のようなものとは無縁でシた。
……彼女達がいくら賢くても、ボスは初恋の相手っスからね。
彼女達はボスが全能感に満ちた自信家で、世界の支配に意欲的で、それも当然なくらい雄々しい方だと思っているようっス。
一応ダンジョンで一番のお姉ちゃんとして、彼女達を微笑ましく見守りまス。ま、誕生日はみんな一緒なんスけどね。
(ボスは世界を征服しないと自分が死ぬと聞いたら、「そんなに迷惑をかけるなら皆と契約切って死ぬかな」なんてきっと言い出しまス。それなら……それなら、ウチは世界が滅んだってボスに隠し通します)
皆もそのうち気づくかもしれないっスが、それまでこの裏切りはウチだけが抱えておきまス。ま、口止めする気はない……っていうかサリュちゃん辺りは口止めもできないっスし、そのうちバレると思うっスけど。
「でも、ロザロザちゃん的にもお兄ちゃんが世界を支配するべきってのは同感かな!」
「元々マルガリータさんの話ではナナヤ女神への復讐のために世界を征服する予定だったのでは?」
「創造主様に一刻も早くこの世界をお捧げしましょう!」
と、会議はボスが世界を支配すべきという意見でまとまりつつありまシた。
そんな時、パンパンと手を叩く人がいまシた。マルガリータちゃんっス。
「確かにナナヤ女神への復讐もしたいけれど、旦那様が世界の均衡を守るという方針を示されたのであれば、私達は従うのみです。ではひとまずの方針は世界征服として、ナナヤ女神に対する復讐はその後でもよいでしょう。けれど何よりまず、旦那様がジャクリーンと結んだ契約を果たさないと」
それを聞いて何人かは、「そうだった!」という顔をしまシた。
……一応、ジャクリーンちゃんはボスの恩人なんスけどね。
そのマルガリータを聞いて、軍服の緑髪お下げの少女、クラリモンドが手を挙げまシた。
「はい!ナナヤの言っていた異世界のダンジョンマスターと戦闘する際の訓練、あるいは実験としてジャクリーン嬢のダンジョン『ナディナレズレの巨塔』を攻略するべきだと愚考するであります!」
「……そうね。どの程度我々の戦いが通用するか、実際に試さないといけないし」
マルガリータちゃんは真剣に考えているっスけど、きっと内心ウキウキっス。いつかモンスター達を自分の手足として動かしたいって言ってたっスし、今回は皆真面目にやってくれそうっスもんね。
「作戦の成功条件は、ナディナレズレを支配しようとしているダンジョンマスターを補足することと、ナディナレズレの攻略。それとできればそこから出る利益はここで独占したいわ。そのためには、戦力の過剰投入は無し。まず、諜報と現地人との接触が必要ね」
マルガリータちゃんがすらすらと言いまス。彼女はナナヤ女神に一番ボコボコにされた子っスから、挽回の機会がいるっスもんね。とっても張り切っているみたいっス。
「諜報ならビオンデッタじゃない?」
アニマが言いまシた。
「ウィト様のためなら、仕方ないわね」
エレガントなコートドレスを着た、眼鏡の美女が命令を承諾しまシた。ビオンデッタちゃんっス。さっきまであんな乱れていたのに、ここまで気取った態度を取れるのは才能だと思うっス。
「はいはい!じゃあ現地とのコミュニケーション担当はロザロザちゃんがやる!ロザロザちゃんもぉ、活躍するなら潜入しないといけないし!」
ロザロザちゃんがどこにしまっていたのか試験管を取り出して挙手しまシた。
「……そうね。じゃあローザローザとビオンデッタに、『ナディナレズレの情報収集』の任務を与えます。これは偉大なる旦那様の、世界征服の第一歩よ。失敗は許されないと思いなさい」
そして、会議の締めとばかりに、マルガリータちゃんが目を閉じて、神妙に言いまシた。
けど……。
「あ、ビオンデッタちゃんもう出ていったよ」
すでにせっかちなビオンデッタちゃんは部屋から出ていっていまシた。
「連れ戻しなさい!これは!私の指揮官としての第一歩でもあるの!」
マルガリータちゃんが声を張り上げて叫びまス。
こうして、ドタバタながら、ウチらの世界征服は始まったのでシた。
XXX
『QWAGHHAE(よかったのですか?とても恨まれていたようでしたけど)』
虫のような顔をした神官が、一歩前に出てナナヤ女神に対して尋ねた。
そこはナナヤの神殿。黄金の一室で、大勢の女神官が、彼女の前に傅いていた。
「いいわよ。あんな奴らのこと」
ナナヤ女神は手をひらひらとさせて神官達に下がるように命じた。
「あ、そうだ。エンヘドゥヌンナ。アンタだけはこっちに来なさい」
『GEREG(かしこまりました)』
エンヘドゥヌンナ。……それは神殿において常にナナヤ女神が傍に控えさせていた神官長の名である。
少し背の低い彼女は、ナナヤ女神のお気に入りで、懐刀でもあった。
「アンタはあのウィトって男を、どう思った?」
ナナヤが尋ねると、エンヘドゥヌンナは緊張や高揚など一切なく、ただ求められるままに自身の感想を述べた。
「DGERHHNENNNT、SGGTTNZDW(当初の見立て通り、戦い向きではないようでしたね。ただ、思い上がりが少ないことはいいことだと思います)」
「ま、神の放逐された世界で一人お母さんを信仰してたってアホだしね。……でも、あんな奴そう多くないわ。いつかエティナも地球とやらみたいに、神が人間を甘やかしすぎて飼い犬に手を噛まれることになりかねない」
「NKEGA、HSBT(私には考えも及ばないことです)」
ナナヤが気軽に話しかけるものの、神官は頭を上げることなく、ずっと地に伏している。
「あ、そうだ。アンタは私のことを愛しているわよね。エンヘドゥヌンナ」
「HSRGBSS(もちろんです)」
それはそんな厳かな場に相応しい言葉ではなかったが、エンヘドゥヌンナは戸惑うことなく答える。
「ならこっち来なさい」
エンヘドゥヌンナはスッと前に出て、ナナヤ女神が招く手を止めるまで歩みを止めなかった。しかし誘われたその場所がナナヤ女神の寸前だったことには、流石に少し戸惑ったようだった。
「『
そういうと、ナナヤ女神はエンヘドゥヌンナと唇を重ねた。
するとすぐにエンヘドゥヌンナの姿が光に包まれ、次の瞬間には幸の薄そうな16歳ほどの白髪ロングの美少女に姿を変えていた。
そして、事態が飲み込めないエンヘドゥヌンナに向けて、一時も待つことなくナナヤが言った。
「エンヘドゥヌンナ。アンタもここの神官達を連れてウィトと違う国を穫りに行きなさい。第二世代のお母さんが連れてきたウィトよりも、第三世代の私が直々に選んだアンタの方が優れてるってことを証明してみせるのよ」
ナナヤ女神の命令を聞いて、虫だった頃より感情が豊かになったエンヘドゥヌンナは、恐ろしさに涙目になっていた。
「あの……お言葉ですが、私は神官しかやったことありませんので、国を統べたりなんかは……」
エンヘドゥヌンナは彼女の得物である刺股に似た杖を抱きながら、精一杯の抗議をした。
「はぁ!?私の加護があって国の一つや二つ落とせないっていうの?」
しかし、ナナヤ女神はそんなささやかな抵抗を掻き消すように叱咤した。
「ひぃ!ごめんなさい!い、今すぐ準備いたします!」
そういうとエンヘドゥヌンナは神官を引き連れて慌てて飛び出していった。
「全くなんで私の陣営はどいつもこいつも気が抜けているのかしら」
はぁ。と、ナナヤは溜息をついた。
「モンスターってやつはどいつもこいつも頭が悪いわね。殺し合いの螺旋から抜けたいなら、
ナナヤ女神は眠たくなって半開きの目で、慌てて飛び出るエンヘドゥヌンナを見守っていた。
────こうしてウィトの預かり知らぬところで、彼を中心にして世界を懸けた争いが始まろうとしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます