44話 準備

 今日は、作戦開始予定日に相応しい快晴の日だった。


 ……いや、普段からこれくらい空が澄み渡っている日もあるのかもしれないが、今日だけはやたらと天気が気にかかったのだ。


 それは今日がダンジョン移転計画の第一歩である島落とし作戦。そのための攻略部隊がラグネルから旅立つ日であるからだ。


 ────この計画はそもそも、俺が気を失っている間にマルガリータがナナヤ女神と語った内容が発端らしい。


 マルガリータは人を殺したがらない俺のためを思って、ダンジョンマスターだけを討ち取る迷宮をナナヤ女神に提案したのだ。


 その提案は「人も殺した方が強くなれるから」とナナヤ女神に一度は蹴られたらしいのだが、最終的に「結果を出せばよくね?」ということで巫女達の間で勝手に再可決されたらしい。


 ……仕事を失敗するやつにありがちな言い訳っぽいが、俺も本当に人殺しはごめんだし、彼女達の移転計画には全面的に協力することにしている。


「しかし、『わずらわせの海』ねぇ……」


 俺がしっくりと来ないその海の異名を呟くと、


「確かに、いまいち気乗りしない名前であります!」


 と、クラリモンドが律儀な返事をした。


 ────今回の計画では、ダンジョンを移転する先に二つの条件があった。


 まずは、普通の人間が近づかないこと……当たり前だが人間がうっかり近づいてきたり、ハンターが攻略に来るような土地ではいずれ人を殺さなければならない機会が訪れる。そのため、候補としては離島、山頂などが挙げられた。


 そしてもう一つの条件は、ダンジョンが既に存在していること。


 ダンジョンの移転はどこでもよいわけではない。ダンジョンを作れる場所はダンジョンが元々あった土地だけだ。


 それが何故かは分からないが、恐らく限られたエティナの大地でナナヤ女神がダンジョンに使用できる土地はわずかだからじゃないだろうかと予想をしている。


 そしてその条件に当てはまる土地を探したところ、ジャクリーンさんから近づく船を狩り続ける魔の海域があるということを聞いたのだった。


 それが、わずらわせの海と呼ばれる海域に周辺を囲まれた、「グラブスドレッド島」である。


 そこには不自然な分布をしたモンスターが複数種類確認されているらしく、ダンジョンの存在がずっと前から疑われていた。


 しかし、かなりの遠洋で大きな船がなければいけない場所であるし、近づかなければ大した被害もないため、50年間ほど放っておかれているらしい。


「……まあ、今回の計画にはこれでもかってくらいにおあつらえ向きだよな」


「それに、今後のダンジョンの運営方針が防衛になることを考えますと、それなりの生態系が築ける大きさで、かなりの遠洋にある離島というのは、大変な好条件であります!」


 クラリモンドが俺と喜びを共有しようと更なる情報を付け足した。


 ……クラリモンドとピルリパートはダンジョン改築の構想をずっと練っていた。


 俺だってそうだが、「ゲームマスターになって敵の設定とか仕掛けを考えるのはワクワクする」という、少年の心をうちで一番持っているのがこの二人なのである。


 実際二人はボードゲームが好きで、あまりに強すぎてナナヤの巫女の中でも勝ちすぎるためよく二人だけでずっと戦っていた。


 けれどこのダンジョンでは方針上、ほとんどのDPを巫女達の強化に用いている。だからうちのダンジョンはずっと一本道だったのだ


 そのため欲求不満となった彼女達は、今回の立地を発見してからずっとテンションが上がりっぱなしなのだった。二人は修学旅行前の女子高生ように、毎日俺交えてダンジョンの計画を練っている。


 ……俺も攻めてくるのが世界を乱す敵だけだと分かってるから、思う存分凶悪な罠を使えるしな。俺も、割りと楽しんで会議に参加してはいる。


「いやー、本ダンジョンにおける初の攻城戦に自分が参加できるとは夢のようであります!」


 そしてその時が待ちきれないクラリモンドはこうして、話の内容に似合わないニパーッとした笑顔を、俺に向けているのだった。


 クラリモンド・ジーベンケース。不定形族のDランクモンスターであるショゴスであり、うちの軍略を担当している。


 彼女はローザローザよりさらに幼い13歳くらいの容姿をしているが、派手な衣装を着るのが好きなローザローザとは異なり、カーキ色の軍服を身にまとっている。緑色の太いお下げを一本右肩に垂らしており、それはつややかに胸元にまで伸びていた。

 

 外見はうちで断トツで幼いが、実際には8番目に召喚されたので末っ子でも何でもない。けれど俺を含めたみんなが妹のように可愛がっている理由は、彼女の好きなものに一直線な気質が母性をくすぐるからだろう。


 着ている軍服は勲章などが多いわけではないシンプルなブレザータイプのものだったが、ファーのついた軍帽がなんとも可愛らしかった。


 顔付きは年相応であるものの、他のメンバーの例に漏れずとても美しかった。年代的には愛らしいと表現する方が適正ではあるが。


 天使のようにあどけなく、笑みを浮かべるだけで清らかな香気が場に満ちる女の子で、うちのダンジョンは神々しい美女ばかりの空間だから可愛い!で収まっているが、もし別の場所にいたら可愛さ、美しさ、華やかさなど全てのジャンルで頂点に立つポテンシャルを持っていることは間違いなかった。


 その容姿だけでどんな街に生まれても街中から愛され、自動的にあらゆる商品がサービスされるような女の子になっていただろう。


 ────といっても、可愛いばかりではない。そんな彼女は作戦を控えた今、隠そうともせず暗く残忍な笑みを浮かべることがあった。それはまるで煌めく絵本のようなお城で、傷つき痩せこけた召使いを部屋の日の当たらない片隅に見つけてしまったかのような不審感を胸中に落とすものだった。


 ……といっても俺はクラリモンドの性格のジメジメした部分も普通に知ってるから気にはならないんだが。


「サリュ嬢も武器を揃えておりましたし、ピルも銃器のメンテナンスを終わらせたようであります。エグレンティーヌ嬢は……相変わらず美容に励んでおりますが。むむむぅ……」

 

 今回ダンジョンから出発する四人は、軍略を得意とするクラリモンド、発明を得意としているがダンジョンの改造も好きなピルリパート。戦闘が大好きなサリュ。安全な航海を可能にするエグレンティーヌである。


 これで、メンバーからローザローザとビオンデッタを含めると六人が出ていくことになり、ナナヤの巫女の半分となる。


 ダンジョンはコアさえ守れば生き残れるのだから、ダンジョンの外に戦力の半分以上を回すことは愚策だと俺は考えている。


 そのため、今出せる戦力は四人が限度なのである……心配しすぎているかもしれないが、もし過半数を外地に送り出した時にちょうど敵が来てしまい、全滅したらと思うとどうも踏み切ることはできなかった。


「……でも、心配だなぁ。サリュはともかく、残りの三人は非戦闘員側だろ」


 そう。コアを失わずとも、ひどい目には合わされるかもしれない。相手はこちらと同じダンジョンマスターだ。ダンジョンモンスターの弱点も把握しているだろう。


 捕まって拷問でもされたらどうしよう。精神を破壊されて二度と戻らなくなったら俺は自分を許せるだろうかという思いが止まらず、俺は前日から何度も作戦の中止を呼びかけてしまっているのだった。


 だって、今までも愛していたのに人間の姿になってより愛らしくなった彼女達を失ってしまうかと思うと、俺は気が狂ってしまいそうなのだ。


 しかし俺のそんな弱気な言葉を、無邪気で明るい声が上書きした。


「ダイジョーブ!我々だってジャクリーンちゃんにダンジョン攻め落とされてから、毎日戦闘訓練もしてるんだから!絶対ヤレる!ヤレるよ!ヤレるヤレるヤレる!」


 そういってダウジングマシンを持ちながら会話に混じってきた彼女は、機械族のDランクモンスターであるピルリパート・ハーローだ。 


 ベージュ色の女子校生のようなブレザーの制服にモスグリーンがベースのチェックスカートに白のニーソックス、茶色のローファーと、端的に言えばギャルゲーの制服のようなものを着ていた。


 彼女は一度俺が地球上の衣装をたくさん書いた時に、一番可愛いからとそのデザインをいたく気に入ったようだった。その着こなしにコスプレっぽさはなく、むしろ俺が描いたものよりもはるかにクオリティが増しているように思える。


 しかし彼女が人間化してからずっと気になっていることもある。それは、俺が書いた制服よりも遥かにごちゃごちゃと装飾がついていることだ。


 よく分からない胸のリボンに、蛍光色に光る袖口。ぶら下げられたピンクのたぬき型ストラップ。オレンジのマフラーに、首にかけられたヘッドホン。


 ……ピルは洗練するよりも、足していくことを好むようだな。それがなんとも若者っぽくて、むしろ女子高生っぽさを増しているとは思うけど。ま、そんな女子高生実際には前世で見たことないのだが。


 髪型はゆるやかな大きいウェーブがかかったロングヘアーで、柔らかい色味をした金髪だった。その髪は、マフラーのなかにしまってはいるが、マフラーを取ってしまえば背中まで伸びている。


 顔立ちは美しく若々しい生気に満ちており、どちらかといえば可愛いよりの、少し日本人っぽさもある顔つきだった。


 同級生としてクラスにいたら、どこぞの国のコーカソイドとのハーフだと話題になっただろう。……その前に芸能界で大成功して学校には来ないのだろうなと思うくらいには可愛いが。


 うちのダンジョンはモデルに向いてそうなタイプの女の子が多いが、ピルは性格も相まってどちらかというとアイドル向きに思える。もしそうなっていればきっと、伝説として語り継がれる存在となっていただろう。


 そして彼女について特筆すべきは容姿だけでなく、その笑顔だと俺は思っている。変人揃いのうちのダンジョンでも相当な変人よりの彼女だが、もっとも明るいのもまた彼女であり、いつだって雪解けの日に昇る太陽のような笑顔を振りまき、周囲を笑顔にしているのだった。


 彼女はその目をネオンのように発光させながら(比喩ではない)、居ても立っても居られないといった様子で言った。


 「もうサリュちゃんは武装完璧だし、エグレンティーヌちゃんもノリノリだもん!うちら四人が揃えばサイキョーだよ!ウオーっ!テンション上がってきたァ!!」


 そういって鼻血をツーと垂らした彼女の手元では、ダウジングマシンが高速で回転していた。よくわからないが、彼女のダウジングマシンが激しく回るということは、興奮しているということだ。


 ……興奮した彼女を止めるのもかわいそうだし、俺は老婆心をグッと堪えて忠告に留めることにした。


「……ま、ジャクリーンさんの話を聞く限り戦力は問題ないと思うが、深入りはなしな。想定外と違うことがあればすぐ帰ってきていい」


 俺が真心をこめてそういうと、二人は


「了解であります!」


 と、ビシッと敬礼をした。軍人キャラなのはクラリモンドだけなのだが……。


 よく見ると、ピルリパートは舌を出してお尻を突き出しながら敬礼していた。


 ……こいつ絶対ちゃんと聞いてないな。


 ノリノリではしゃいでいる彼女達が、俺はますます心配になるのだった。


___________


ということで、一旦ローザローザとビオンデッタの方は置いて、別の班の話に移ります!気になってた方ごめんなさい!


それとフォロワーが2500人突破しました!本当にありがとうございます!最近毎日一時間に一回フォロワー増えてないか確認してました笑。


まだの方がもしいらっしゃったらフォローしていただけると、いつでも読めるようになって便利ですのでぜひお願いいたしますー。

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