5話 運命の決定
戦いを終えて冷静になった俺は、魔牛の死体の側にへたりこんだ。そして、牛に話しかける。
「悪かったな。絶対にお前の命は無駄にしないから」
13匹のモンスターがみんな魔牛の首に群がっていた。食べているわけではなさそうだが、なにやら魔力だか生気だかを吸い取っているようだ。しかし、13匹は部位を分け合うことをせず、皆が一箇所に集まっている。
俺はその光景を見て昔のことを少し思い出した。カブトムシを優しくてかっこいい力持ちだと思っていた幼いころ、飼っていた二匹のカブトムシのために、ゼリーを2つ入れた。すると、1つずつたべればよいのに、1つのゼリーをめぐってカブトムシが喧嘩を始めたのだ。
その光景を見て、幼い俺は何か生物の浅ましさのようなものに、言いしれぬ恐怖を覚えたのだった。
……しかし、もう当時の俺とは違う。俺は何人かのモンスターを掴んで魔牛の脚の方に誘導した。
「それぞれ別のところをお食べ」
そうすると、移動させたモンスターはきちんとそこで魔牛の魔力を吸ってくれていた。意図がきちんと伝わってくれたようだ。
そう。これから必要な知識は全て俺が教えてやればいいんだ。今回パラメーターを上げたことで、彼女達と意思の疎通も可能になった。きちんと教えてパラメーターを強化すれば、立派な……なんだろう。立派なモンスターになってくれるはずだ。
それに、もう俺は一匹の牛……牛っぽい何かをこの世界で殺してしまった。やってしまったからには、俺はもうこのレールを降りることはできない。
俺は、死体に群がる小さなモンスター達の姿を見ながら、これからのことを考えていた。あ、ダンジョン閉鎖しないとやばい。えーと、他にどうすればいいんだっけ。やばい。頭が回らない。
そんな風にぼーっとしてたとき、ジャラ……と音がして、俺は横を見た。そこには、どうみてもトカゲにしかみえない、竜族のモンスターロジーナが俺のペンダントを咥えていた。
「……落としたの取ってきてくれたのか。ありがとうな、ロジーナ」
俺はペンダントのチャームを開いて、ナバルビ女神に礼を言うことにした。
「生誕と啓示の女神ナバルビ様。貴女がなぜ私をこの地に招いたのかを分かりませんが、私はこの地で産み出した13人のモンスターが成長するまで守っていきたいと思います」
そこまで口にして気づいた。
「……啓示の女神?」
その言葉は俺の思考よりも先に口を出た。
もしかしたら、何かものを通してナバルビ女神が何か俺に語りかけているのかもしれない、とそう考えたのだ。確か、古代の地球でも、女神はそういう風に啓示を与えていたはずだ。
俺はその閃きに突き動かされるように、コアを開いた。
「アイテム鑑定、違う。モンスター鑑定、違う。あった!これだ」
俺はマスター強化スキルの中から、残りのDPを全て消費して「神官」スキルを取得する。そして、すぐに『啓示解き』を発動しようとして、詠唱を思い浮かべる。
「『蝋燭の火の揺らめき、新生児の顔立ち、鳥の群れ』『世界は教えに満ちている』!!!」
スキルを発動させると、視界が少し青くなった。ダンジョンコアでみた魔力の光と色相が似ているので、きっと今の俺は魔力が見えているのだろう。
そして、俺はその視界のままペンダントを開いて中の写真を見た。
「アッハッハ!なるほど!流石啓示の神様です。ご意思が全部伝わりました」
それは心の底から一本取られた!と思えるような、歓笑を呼ぶ写真だった。
その写真には、たおやかな笑みを浮かべた70歳ほどのお婆ちゃんと、優しそうなお爺さん。そして、その下には愛らしい少女が幸せそうに立っていた。そこまで見れば誰にだってわかる。これはナバルビ女神の家族写真だ。
そして、その意味も当然伝わった。写真のお婆ちゃんの表情が、「ようやく気づいてくれましたね」と言っているような気がした。ずっと啓示をしてくれていたのだとすれば、俺はとんだ鈍感野郎だということになる。
そっか。もうナバルビ神が崇められていた時代から5000年経っているんだもんなぁ。若かりし頃の壁画を見て、その姿と同じ姿を追い求めてしまっていた。ナバルビ神様もさぞお困りだっただろう。昔の若かった頃の写真を見て惚れたと訪ねられたのだから。
「これで俺はようやく
本来なら手の届かない存在である女神様に、わざわざ交際を拒否していただけるなんて、俺はなんて幸せものなのだろう。
「今、ナバルビ女神様がこの世界に招いてくださった意味がようやくわかりました。俺がナバルビ女神様を思う気持ちは、本当に恋だったんだ。でも、その恋は始まる前からもう終わってしまっていた」
改めて、きちんと教育すると誓った13匹のモンスターを眺める。
「だから、女神様は俺にこの世界で新しい生き方を見つけろと、そうおっしゃるのですね。そして、女神様はこのダンジョンマスターという生き方のなかにその正解があるとお考えでいらっしゃって、こうして推薦してくださった」
胸のなかに熱いものが宿るのを感じた。脳内で次々とピースが繋がっていく。
「完全に分かりました。俺は確かに今、楽しいです。彼女達の成長を実感して、無限大の未来に想いを馳せて。そして、確信があります。一度、命のやり取りのなかで貰った彼女達の信頼には、絶対に報いなければいけない」
あの再契約の時、彼女達は命を俺に預けてくれたんだ。だったら、俺は最後まで、命の炎が燃え尽きる瞬間まで彼女達を守り続ける。
「俺は、ナバルビ女神様。貴女に二度救われたんです。一度目は、自分が欠陥品だと思っていたときに、壁画でその御姿を晒してくださったときに。その美貌と神々しさで私を救ってくださいました。二度目は、何もかもを、目的地さえも失ったときに、モンスター達の教育者という居場所と生きる意味を全てくださった今このときのことです。その聡明さと優しさで私を救ってくださりました」
恋をしてみたいという思いが未練となっていたが、こうして失恋した以上、俺の恋は一度完結した。つまり、今の俺は何者でもなくって、新しい目的を見つけてもいいのだということだ。
「俺はここに誓います。今召喚している13人のモンスター達。彼女達をナバルビ神様くらい立派な女性に、女神に育て上げることを。貴女のような美しく、優しく、賢い女神がたくさんいらっしゃれば、今の俺みたいに救われた人をたくさん増やせる、たくさんの人に幸せを届けられると思うんです」
そんなこと許されるのかとか、ダンジョンという人を殺す施設でやることなのかとか、昨日までの俺だったら思ったかもしれない。だが、今日の激戦を乗り越えたてモンスター達との絆を確認した俺は、どれだけの時間がかかろうと、それが可能であると確信していた。
もちろん、モンスター達の幸せや希望は優先するつもりだ。彼女達を守るという俺の誓いには、俺に生きる意味を与えてくれた彼女達への恩返しも含まれているのだから。ダンジョンで生まれた彼女達に必要なもの。親や友人、兄に弟。その全てに俺がなってやるんだ。
それに、彼女達が今後どんな風に成長していくのかは純粋に今一番知りたいことだった。
俺はペンダントに改めて誓った。今までの日本風の祈りではなく、ナバルビ神が昔崇められていた頃の祈りの仕草として、鼻の前に片手を持っていき、膝をついた。
「ナバルビ神様。俺に出来ることがあれば何でもやりますし、持っているもの全てを捧げます。こんな俺ですが、見守っていてくださいますと幸いです」
これは、俺にとって最上級の感謝であったし、心の底からの本心であった。けれどそのあと、ペンダントを胸にかけるとグニョリとした感触があった。
「あれ?」
気づくと、ペンダントが肌を貫通してズブズブと胸に埋まっていった。そして、ペンダントは淡い光を纏ったかと思うと、そのまま俺の左右の胸の中心辺りに埋まってしまったのだ。一切血は出ておらずチャーム部分は開閉できるままだが、チェーン部分は身体の中に消え去ってしまった。戸惑っていると脳内にアナウンスが響いた。
+++
契約が成立しました。
ナバルビ神の信徒となりました。
引き換えに、ナバルビ神の加護を得ました。
+++
ナバルビ女神は地球の女神だったはずなんだけど、なぜか契約が成立してしまった。何かこの世界と関係があったのだろうか。契約の内容に関しては、俺の「俺に出来ることがあれば何でもやりますし、持っているもの全てを捧げます」部分のことだろうか、ま、もともとナバルビ神に生かしてもらった命だ。捧げても罰は当たらんだろう。
心配していることは、将来恋人が出来た時に、胸に見知らぬ女性の写真が埋まっていたらどう思うだろう。ということだけだった。
「よし、目的が決まったら早速行動だ!」
立ち上がり、モンスター達に呼びかける。
「みんな集まれ!まずは、お互いに自己紹介だ!俺が見本を見せるからよく見といてくれ」
獣族のサリュ・クロウフット
植物族のローザローザ・ヴィンシー
蟲族のビオンデッタ・ガヴァネス
水棲族のエグレンティーヌ・フイルストラート
不死族のヘーゼル・ピープシアーナ
機械族のピルリパート・ハーロー
呪具族のデリラ・デイアネイラ
妖精族のマルガリータ・デゥプレシ
不定形族のクラリモンド・ジーベンケース
竜族のロジーナ・ブラッドン
天使族のアンジェライン・スピネット
悪魔族のリドヴィナ・ヴァーニー
魔人族のアニマ・ファゴット
これが、この13人のモンスター達が俺の目的であり生きる意味となった日の出来事である。
XXX
人を殺すためのダンジョンという組織において、人を殺すために創造されたモンスター達。
俺はそんな彼女達を正反対の存在である女神に育成するための決意を固めた。
ただ一つ誤算があるとするならば、ナバルビ女神が俺をこの世界に招いた理由は、女神育成計画とか俺の生きる意味とかはなんの関係もなく、普通に戦争の駒が必要だからだったことくらいだろうか。
そのせいで俺は、果てしない戦乱に巻き込まれることになったのだが……。それはもう少し後の話だ。
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