第26話:まとめ役の提案は『いざ尋常に』


「いや~、よかったですねぇ~先輩。無事、あの場が収まって♪」


 歩道を歩いている俺の後ろから、愛奈の陽気な声がかけられる。


「……アレを無事というのかお前は」

「少なくとも先輩が水泳部の人達にフルボッコにされる展開は避けられたでしょー?」


 その原因が何を言うか、とは思うものの。

 元々顔を合わせづらかった状況がこじれにこじれ、最終的にはシンプルな一本線にまとまったような気もしていた。これなら首尾よく進めば、変に微妙な距離がある感じにはならないだろう。


 そう進めるのが大変ではあるんだが……。

 元哉との取り決めを思い出しながら、俺は眩しい空を見上げた。


 ◇◇◇


「みんな、そろそろ落ち着こうか。このままだと収拾がつかないせいで延々と練習時間が減るからね」

「おおっ、零斗!」


 殺意と熱気高まる舞台に登場した細身高身長は水泳部・現部長にしてまとめ役の的芽零斗。俺と仲の良いチームメイトの一人であり、そのクールさが今は救世主に見える。


「久しぶりだね博武。夏のあばんちゅーるはもういいのかい?」

「まさかお前までその話を信じてるわけ、ないよな?」


 嘘だと言ってくれ零斗。


「さあね、ボクにはどっちが正しいか見分ける術はないし。ただ水泳バカだった博武がそんな夏のアダルトなイベントを起こすとは思ってない」

「零斗……」(←感動している顔)


「同時に、この場に博武の彼女を名乗る子が来てるのは本当で、マネージャーが偶然キミと遭遇した際にそこにいる愛奈ちゃんと大荷物抱えてどこかへ行ったのも事実。ついでにボクがした確認の電話には出なかったのもそうだ」

「いや、それは単に移動した先で忙しかったせいであってだな。別に零斗の電話を無意図的に無視したわけではないというか」

  

 現にちゃんと後で連絡はしたんだ。

 詳細は省いたが。


「まあ、いいさ。そんなことより、このままだと元哉が納得しないだろ?」

「ったりめえだ!!」

「うんうん、だからひとつ提案したい。めんどくさいことは御免だ。話をシンプルにするために、ボクらに馴染みのある水泳でケリをつけよう」

「つまり……?」


 もはや訊き返すまでもない事だが、俺はあえて確認をとった。

 昔から揉めたら行っている俺達ならではの勝負。体育会系だからこその決着法。


「元哉と博武が泳ぎで勝負する。勝った方が相手の要求を呑み、負けた方はそれに従う。わかりやすいだろう?」


 わかりやすさに関しては同意だ。

 しかし、今回の場合は単に白黒つけるだけで良いとは限らないのではないか。


 ぶっちゃけてしまえば俺の要求は決まっている。

 水泳部への復帰。そして前以上の気持ちで水泳部の連中と共に大会へ臨むこと。

 元哉に関して言うなら「これ以上愛奈に関してうだうだ言うな」になるだろうか。


「元哉もそれでいいかい? 正直キミに有利すぎるし、勝った時の要求をどうするのかって話もあるけども」

「それでいいぜ! 要求は……博武!!」


 ビシィッ! と勢いよく俺を指差す元哉。


「勝ち負け以前に、少しでも内臓抜けてるような泳ぎをしてみやがれ! もしそんなふうなら――」


(ひそひそ)「内臓抜けってなんだ?」

(ひそひそ)「多分“腑抜け”って言いたいんじゃないかな?」


「……少しでも腑抜けた泳ぎをしてみやがれ!!」


 いや、言い直すのかよ。


「俺や周りの連中が『コイツはダメだな』って感じるようなら……そのヤケに態度のでかい後輩と別れて水泳一本に集中しろ! それが無理なら水泳部を捨てて、その深い仲になった彼女を選んで幸せなままどっかにいっちまえ!!」

「な、なんだそれわ!?」


「ふん。こんな条件も飲めねえのか軟弱者め」

「いや、想像よりもずっと優しいお前の要求に驚いただけだ」


 だってアレだろ。

 俺が勝ったら二度と水泳をやるな! とかもあったはずなのだから。

 元哉の要求を翻訳するなら、


『水泳か彼女(注:誤解)、大事なのはどっちかを決めろ。ちなみにオレはお前が大事な彼女を見捨てられると思ってないから、彼女を選んで幸せになれ』だ。


 負けてコレなら十分に優しいではないか。


「わかった、それでお前が納得するならそれでいい」

「言ったな? 男に二言はねえぞ!」

「ああ」


「ふおお……、あ、あたしを巡って男と男の熱い戦いが今始まろうとしていル!?」

「いや違うから。間接的に関わってるだけで、お前はメインじゃない」

「エエー、どうせなら『勝った方が愛奈をモノにする』とか言わないんですカ」


 お前、そんなジ●リの飛行機乗りばりな勢いでトロフィーになって嬉しいか?


「どーですか紅柴先輩。今ならあたしが付いてくるとゆーのは」

「気軽に俺の身体に触ろうとすんじゃねえ!? 変態かてめーは!!」

「ちぇー、せっかく人がボディチェックしてあげようとしてるのに……ぶちぶち」


「博武……お前、この怪しい手つきをしてる女のどこに惚れたんだ?」

「安心してくれ。少なくともあの距離の詰め方は俺もどーかと思うよ」


 つうか、そんなホイホイ他人に触ろうとするのはNGだろ。

 ギリギリセーフラインでせめて俺だけにしとけよアホ愛奈!


「えー……じゃあまあ、そういうことでいいね。勝負をするのは本当なら最低限博武が泳ぎを取り戻すまで待つとこだけど、それじゃいつになるかわからない。だから二週間後にしよう」


 『いいね?』と零斗が目線で確認をしてくる。

 正直短すぎるが、俺も勝負を長引かせたくはない。それはこの微妙な空気を先々まで引きずることに繋がりかねないからな。


 だから、俺は『それでいい』と頷いた。


「よし! それじゃあみんなは自分の練習に戻ろう。元哉と博武はそれぞれ二週間後に向けて準備を進めるように。もちろん水泳部のプールを初めとした施設や機材は使ってかまわないよ」

「うっし!! 胸を洗って待ってやがれ博武ゥ!!!」


「何故に胸を洗わねばならんのだ」

「違いますよ先輩。アレはきっとあたしのおぱーいを欲望のままに汚してやるから、その前に綺麗にしておけというエロ煽りデス」


 そんな発想するのはお前だけだっつーの。


「二人共、スルーしてあげて。多分『首を洗って待ってろ』と『胸を借りる』が元哉の中でイイ感じにフュージョンしただけなんだよ」

「「ああー」」


「人のお茶目な間違いを淡々と指摘すんじゃねえよ零斗ぶっ飛ばすぞコラァ!!!」


 

 ――こうして俺達は、変な方向にこじれかけた話を馴染み深い勝負へと着地させたのであった。

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