第12話:フューチャーにおけるブックなお願い
「せーんぱい、何をこっそり読んでるんですか?♪」
飲み物とお菓子を持って自分の部屋に戻ってきた愛奈が、俺の後ろからドンッと抱きついてくると同時に背中を中心に柔らかい重みがのしかかる。
顔の左側に甘ったるい声と吐息を感じたのは、愛奈がそっちから顔を突き出して俺の手元を覗き込んだからだ。
そこでは、以前に初めて即売会へ連れて行かれた時の同人誌が開かれていた。
「ありゃ、これはまた懐かしいものをお読みだったんですネ」
「お前を待ってる間に、な。たまたま見かけたから手に取ってみたんだ」
「ウワー、乙女の部屋を物色するなんてサイテーです。ヒロム先輩のムッツリ力はそんな領域まで達していたんですネ……マジ引くわ―」
「なんでだ!? そもそも大分前から『あたしの部屋にあるものなら好きにしていいッスよー♡』なんて言い出してたのは愛奈だろ!』
「イヤン♪ 冗談ですよ怒らないでくださいヨー」
長袖を着た愛奈がケラケラとひとしきり笑うと、その目が何か想い出深そうにすっと細まる。その手があの日を懐かしむように、ページをめくった。
「あは、思い出しますねェ。あの日の先輩ってば右も左もわからないもんだからずっとテンパッちゃって、本を多く渡そうとしたりお釣りぶちまけたり、通りかかったコスプレイヤーさん達の際どい恰好をガン見したり――」
「捏造が混じってるな」
「ナタデボコさんを変に笑わせたり、ガンガン押せ押せでくるタベネコさんを前にしてあたしの腰を抱き寄せながら『ごめんなさい、俺達このあと大事な用事があるんです。頑張ってる彼女を労ってあげないと』なんて建前を言いながら、内心では『誰がお前のご主人様かたっぷり濃厚な魔力でわからせてやるよ』とケダモノのように舌なめずりを――」
「だから捏造をするなと」
そもそもなんでお前に俺の心が読めてるような状況説明になっているのか。
あと俺をド畜生にするんじゃない。お前の脳内イメージ鳶瑞はどうなってるんだまったく。
「あっれ~? あたしの事を幸せに満たしてあげるって、タベネコさんに誓ってたのは嘘なんですカ~? あと魔力供給の意味もいつの間にか知ってましたよね~?」
「ああ、知ったとも。だからなんだよ」
その結果、周辺にいた人達がなんであんな事を囁いてたのか。大いに納得した上で、かけてたメガネの度が合ってないのではと何度も外してはつけ外してはつけ、結局は恥ずかしさで悶えたものだ。
「あっ……先輩、あたしちょっと魔力切れになっちゃったみたいでス。……補充♡してくれませんか?♡」
俺の前方に移動した愛奈が、全身でしなだれかかり猫のようにごろごろと喉を鳴らす。その顔はあからさまにニヤ~っと悪い笑みを浮かべており、大変挑発的だ。からみつけてくる体の位置や動きも同様である。
こうなってくると『よーし、今すぐその生意気な体にどっちが上か教え込んでやるぞゴラァ!!』と襲い掛かる空想がよぎるが、この場所に来て早々そのような行為にふけるのは本来の目的を見失い過ぎだろう。
だからココは、心の中でどれだけ苦しげに呻こう血の涙を流そうが、急所にスイカサイズの石を叩きつけて耐えるがごとくの理性によって、エサに喰いついてはならないのだ。
「…………ッッ」
「……先輩? なんか手が変な位置で固まってますけど、どしました?」
「気にするな。それより、今回の本題は熱烈なスキンシップじゃないだろ。せっかくお邪魔したんだからブツを見せてくれよ」
「そう言いまわされると、なんか怪しい裏取引の現場みたいですねェ」
パッと離れて部屋にある作業台の下をゴソゴソと漁る愛奈。
狙ってるのか天然なのか知らないが、スカートのまま四つん這いになって尻をフリフリするなよな全く。
「んー、よいしょっと。これですこれです、ささっどうぞお納めください」
「うむ」
口では偉そうに聞こえるかもしれないが、俺自身は尊大な態度どころか大事な宝物を前にしたかのように愛奈が渡してきたものを受け取った。
それは一冊の本――になるよりずっと前の段階。
愛奈の漫画が描かれている原稿用紙の束だ。
「……えへへ、こういう瞬間は何度目になっても緊張しますねェ」
「絵心のない俺でもわかるさ。おそらく、大事なレース前と同じだ」
「でも先輩相手だったら、大分マシ――安心して任せられますヨ」
「ありがたいが、所詮素人意見だからな。あまり鵜呑みにするなよ?」
「わかってますってば♪ あ、でも……あんまりけちょんけちょんに言われたら泣いちゃうんで、その辺よろしくしてくだサイ」
そんな事は絶対に無いのだが、俺は力強く頷いた。
そして誠実に向き合うことを誓い、ページをめくり始めていく。
「……感想いかんでヘラったら、いっぱい慰めてくれますカ?」
「ああ」
「『愛奈ちゃんの可愛いとこ、いくつ言えるかな☆』もやってくれます?」
「ああ」
「買ったばかりのジョニーが空っぽになるぐらい濃厚なのしましょ♡」
「さすがにそれは素直にバカ」
つうか集中できないつうの!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます