第11話:色んな人がいるⅡ


 黄色い布地+所々に黒の縞々模様。

 尻尾もしっかりある虎を模した全身パーカー――というよりもはや被り物か。


 頭部にもしっかり虎耳をつけた、茶髪ショートヘアの女性が眩しい笑みで誘い文句を繰り返す。


「ね、ね? 七味筋肉たんが頷いてくれればそれでいいのよー! わたしともっと仲良くなりましょ♪」


 一言で表わすならボーイッシュな美人になるのだろうが、目の前で興奮しまくりなその態度が著しくその良さを打ち消してしまっている。たとえるなら「もう辛抱たまらんッ!」と今にも大好物に飛びかかろうとする獣のようだ。


「あははは、今日もお元気そうですねー食べ猫サン」

「うん! 愛奈ちゃんの姿を見た時からもうギンギンよ!!」


 俺にはわかる。

 愛奈は至って平静にタベネコさんなる女性に応対しているが、内心ちょっと困っている。何故って、少しずつではあるが俺の影に隠れようとしているからだ。


 正直よくやるなぁといった感じだ。俺ならこんな捕食者相手にしたら三秒で逃げるか話を打ち切ってしまいかねない。


(こそこそ)「おい愛奈。この人も知り合いなんだろ」

(ひそひそ)「まーねー。ただその、この熱烈アピールを正面から受け止めるにはレベルが足りないといいますカ……見ればわかるでしョ?」


 力強く同意したい。

 この雰囲気は、海で遊んでたら知らない異性にナンパされた時のものに似ている。タベネコさんは同性なはずなんだが、なんでか愛奈を狙ってる感がスゴイ。俺の主観では今日イチ厄介な客はこの人になりそうだ。


「あら、そういえばあなたはどちら様?」


 いかん、さっきまでスルーしていたはずなのに目標がコッチに切り替わった。

 しかし聞かれた以上は答えないと不自然である。俺は覚悟を決めた。


「こんにちは、鳶瑞と言います。そちらはタベネコさんとお呼びすればいいですか?」

「これはご丁寧に! わたしの事はタベネコさんでもタベネコタンでもタベネコ氏で好きに呼んでくださいね♪」


 てっきり煙たがられでもするかと思いきや、タベネコさんは至って朗らかに返事をしてくれた。どうやら全力でヤバイ人でもないらしく、ちょっと安心する。


「ところで、鳶瑞くんは愛奈タンとどういう関係ですか!?」


 鼻息荒く尋ねてくるタベネコさんの顔がとても近い。コレはうかつに答えるとヤられるやもしれん……さてどう答えたものか。普通に先輩、後輩と答えた場合はどういう展開になるかをシミュレート、


 しようとしたその時。


「えへへ、実は鳶瑞くんはあたしのマスターなんですヨ♪」


 割り込むように愛奈が答えてしまった。「きゃっ、はずかし♡」とどこかブリっこぶったような形でだ。

 だが、その答えに一体何の意味があるのか。さっき時間が出来た時にスマホで調べてみたらマスターとは主の意であり、今回参加しているジャンルにおいては物語の主人公だった。


 だからナニ? というのが正直な感想だ。

 そのマスターです返しにさしたる意味があるようには思えん。ぶっちゃけ意味不明ではないか。


 そんな俺の思考は、斜め上の方向で裏切られる。


「ま、ままままマスターーーーー!!?」


 オーバーリアクションで驚愕し始めたからだ。そう、まるで「私達結婚します♪」と唐突に告げられた友達みたいに、どっひゃあーー!? と。


「そ、そんな……二人はいつからそんな関係に」

「ほんとについ最近なんですヨ♪ あたしが一目惚れしたっていうかー、この身体でメロメロにされちゃったといいますカー」


 愛奈がこれみよがしに俺の腕を全身で抱きしめる。これまたその圧倒的な胸部で挟むことも忘れないため、一気に身体が硬くなった。


(ひそひそ)「ま、待て愛奈。今何が起こってるのかちゃんと説明を――」

(こそこそ)「いいから先輩はそのままでいてくださイ。いや、どうせならあたしのをグッと引き寄せてください、オレサマキャラぐらいのつもりで!」


 身体は正面を向いたまま、傍にいる両者でしか伝わらない音量での意思疎通。仕方なくオレサマキャラかどうかは知らんが、ちょっとスカした感じで愛奈の腰を掴んで引き寄せると「ャン♪」とわざとらしくも艶めかしい声があがった。


「やですよー先輩ってば。そんな見せつけるみたいにしちゃ……おのろけ成分が強すぎてタベネコサンが砂糖吐いちゃいますってば♡」


 見せつけようとしてんのはお前だろ何いってんだコイツ。

 もう愛奈の言葉ひとつひとつが意味不明な状況のまま、事態は着々と進行していく。


「あ、愛奈タン! そんなにもこの鳶瑞くんのことをッッッ」

「そうなんです、タベネコさん。あまり大きな声じゃ言えないんですケド、その……今日はまだマスターの令呪の回数がMAX残ってて、こんな恰好をしているサーヴァントとしては是非その気持ちを汲んであげたいな♡ みたいな」


 愛奈が俺の片手を掴んで、手の甲をタベネコさんに向けさせる。

 そこには言われるがままに描いた不思議な模様が入っており、それをみたタベネコさんが「ガーーン!!!」と声を出してよろけた。


「そ、それはつまり……即売会が終わったら全力全開の魔力供給を?!!」

「……えへへ♡ 今夜はいっぱい可愛がられちゃうかもですネ♡」


 まったく意味がわからないのに、目の前で繰り広げられてるやり取りがすごいマズイものに感じるのは何故だ。


『ねぇねぇ、あっちでなにやってるのかな。痴話喧嘩?』

『どうやらあのマスターコスが、隣にいるエレちゃんを後でムチャクチャ可愛がるっ宣言したらしいな』


『最近ああいう隠語が流行ってるらしいね~。だいたーん』

『ナニを重ねて命じるのやら』


 周辺から聴こえてくるこの声達は幻聴じゃなさそうだ。やっぱり今すぐ俺はこの状況を終わらせるべきなんじゃないだろうか。身の危険を感じる前に!


「愛奈! あまり話し込んでタベネコさんを引きとめるのも悪いんじゃないかな!?」

「お、そうですね。メンゴですタベネコ氏、今日も新刊一冊でいいですか?」

「え、あっ……うん、それで」

「ありがとうございまーす♪」


 笑顔で受け渡しを済ませる愛奈に対して、どこかズーンと落ち込んでるように見えるタベネコさんの対比が天国と地獄すぎる。

 どう声をかけていいものかわからず、とりあえず「ありがとうございます」と頭を下げると、


「鳶瑞くん!!!」


 ガシッと肩を両手で掴まれた。

 その時の力はとても強く、ギリギリと締め付けられんばかりの勢いだ。


「あ、愛奈タンを幸せに、満たしてあげてくださいね!! わたし、心の底から応援しますから!!!」

「は、はい! ……ん? いや、一体どういう意m」


「あ、でも愛奈タンが必要としてくれればわたしはいつでも駆けつけますよ」

「ふふっ、その時はよろしくお願いするかもですネ♪」


 態度一転。

 けろっとした感じで、嵐同然のタベネコさんがサークル前から離れていく。途端にどっと疲れが出て、掴まれた肩がジンジンと痛い。


「……あの人は酔っ払いか何かなのか?」

「んー、悪い人じゃないんですけどね、ちょっとスイッチ入っちゃうと止まらなくなる癖がありまして」

「ほう」

「好みの子を見つけると手が早いともっぱらの噂です。けっこうな人がタベネコさんのマル秘テクで堕ちたとか、かんとか」


「やべー人じゃないか」

「本人達は合意の上らしいですけどね? まっ、でもおかげで助かりました! 先輩がいてくれて良かった―♪」

「……まさかとは思うが、俺のことをタベネコさん避けに使う気満々で連れてきたんじゃないだろうな」

「んふふー、どうでしょうねぇ。でも、そろそろなんとかしないとなーとは考えてたりなかったり?」


 なんと都合の良いブロック役なのか。

 ……役に立ったのなら何よりだけども。


「それより先輩、先輩。さっきの話ですけど」

「さっきの?」

「あたしのこと、いっぱい可愛がってくれちゃったりします? 最大三回までだったら言う事聞いちゃうかもですヨ?♡」


「いや、お願いを聞いてるのは俺だろ」

「あはっ、それは絶対に今のタベネコさんに聞かせられませんネ~」


 どこか嬉しげに接客に戻る愛奈を見送りつつ、またもや首を傾げてしまう。


「……あとで調べてみるか」

 

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