第10話:色んな人がいるⅠ


 こんなに大勢が集まるイベントに売り子として参加した俺は、可能な限り愛奈をサポートしようとしていた。

 しかし、訪れる相手が揃いも揃ってまともじゃな――違う、いわゆる一般的な買い物客とは異なっているので常に面食らっていたのだ。すべては俺がここのルールや雰囲気を知らないからとはいえ、なんとも驚かされる。


 そうたとえば……。



▼ケース1:次から次へ本を買い進んでいく人


「すいません、少し読ませてもらってもいいですか?」

「どうぞ~♪」


 リュックを背負った男性に対して愛奈が良いスマイルで返すと、ちょっとひょろっとしたその人はテーブルに並んでいた本を手に取ってパラパラとめくっていった。


 もしやこれは買ってくれるのだろうか。

 などと、自分の物ではないはずなのに妙に緊張してしまったのだが、


「では、新刊を1冊ください」

「ありがとうございます、五百円ですネ。先輩、受け取ってもらえますか?」

「わ、わかった」


「はい、じゃあ五百円」

「あ、ありがとうございます!」


 思わず体育会系のごとき気合の入った礼をすると、その男性はちょっとビックリしたようだがすぐに柔らかい表情で「こちらこそ」と告げて去っていく。


 と、思いきや。隣のサークルさんにも同じように声をかけ、そして1冊買っていく。そのまま見ていたら列を順繰りに巡って、同様の行動を繰り返していた。


「あの人、すごいな。ああいう買い方は普通なのか?」

「まさか! あんな太っ腹の人は早々いませんヨ。まったくいないわけじゃないですが、ありがたい限りですね。ちょっと拝んでおきましょう」

「それほどか」

「ハイ♪ きっとこのジャンルをとても愛してる人なんですね~」


 そんな買い方を目にした事のない俺が不思議な感動を覚えていると、あの人はまた次のサークルの本を買っていた。ありゃすごいわ。



▼ケース2:すごい名前の人


「あ、ここかな? すいません、七味筋肉しちみマッチョちゃんはいますか?」

「え、なんて?」


 思わず反射的に訊きかえしてしまった相手は、俺達より少し年上に見える女性だった。大学生ぐらいだろうか?

 しかし、しちみまっちょとは一体何のことなのか?


「あ! ナタデボコさんじゃないですカ~! お久しぶりデース」

 

 ちょっと後ろの荷物をゴソゴソしていた愛奈が、「ちょりーっす」と挨拶する。


「お久しぶり。やー、よかったわースペースに居てくれて。いま、このお兄さんに『え、なんて???』なんて言われてやっちまったーーーって叫びだしそうだったもの」


 いきなり女性の態度がフランクなもの(※おそらくこっちが素)に変わり、俺の感覚が一瞬バグった。が、なんとか持ち直して愛奈に確認を試みる。


「……えーと、愛奈の知り合い、か?」

「ですです。この人はナタデボコさんと言いまして、ちょっとした縁で仲良くさせてもらってるんですよ」

「珍しい名前だな。もしかして外国の人か?」


 俺がそう口にすると、ナタデボコさんが盛大に噴き出した。


「あはははは! ちょっと七味筋肉ちゃん、この面白い子はどっから連れてきたの

! わたし、外国人と間違われたの初めてなんですけど」

「先輩先輩。ナタデボコっていうのはペンネームであって、外国人のお名前とかじゃないですよ」

「えっ、あ!? す、すいません、それはひどい勘違いをッ」

「いいのいいの、むしろ笑わせてもらいました。あー、お腹痛い……。今時珍しいタイプね。もしかしなくても初めて来たのかな?」


「コイツにお願いされまして……」

「そうなんだ。熱中症に気をつけて楽しんでいってね。七味筋肉ちゃん、イイ子見つけたわね~」

「ふっふっふー、大層役に立ってもらってますよ」


 愛奈がドヤ顔で胸を張ると、ナタデボコさんもニッコリ笑い返す。

 そして一冊買った上に差し入れのドリンクまで置いて、人混みの中に消えていった。


「……ふぅ、びっくりしたな。それよりお前、自分のペンネームがあるなら先に言えよな! まるで俺が本人が横にいるのにわかってない変なヤツみたいだったろうが」

「やだなー、タイミングの問題ですよー。別にわざと黙ってたとかじゃないので、お触り一回で許してくださイ♡」

「人の手を怪しい場所に持ってこうとするな!?」


 ちょっと触っちゃっただろうが!


「……ところで、なんで七味筋肉なんて名乗ってるんだ?」

「それは筋肉に七つの味わいがあるところから始まりまして――」

「なるほど、相も変わらず筋肉フェチからきてるのな」


「ああん、先輩のイケズ。ちゃんと最後まで聞いてくださいよ~……ってまあ、大抵のペンネームはその人の趣味嗜好が絡んでるものですけどね」

「ふーん。じゃあ、ナタデボコさんも趣味が絡んでるのか」


 なんだろう。ナタデココが好きだからもじったとかだろうか。


「ふふふ、先に言っておきますけどナタデココは関係ないですよ?♪」

「え、そうなのか」

「ええ、だって――」


 愛奈がこしょこしょと語源を口にした瞬間、衝撃が走った。

 ナタデボコさんのペンネームはそのまま読むとほんのり女子っぽさがあるのだが、実際のところは、


 ナタデボコ → ナタデ、ボコ → 鉈でボコ(る) から来てるらしい。

 

 わかるわけがない。

 あの人が気に入ったキャラをボコるのが好きなドS嗜好とかマジか……。


 ほんと、人は見かけによらないな。



 ◇◇◇

 

 とまあ、ここまでは驚きはしたものの“印象に残りやすい”ぐらいのものだ。

 中にはもっと困った事態になる場合もあった。


 そう……それは、


七味筋肉しちみまっちょたん、今日もとってもヤバみであふれてるわぁ♪ ねえねえ、今日のイベントが終わったらちょっとお茶でもどう?」


 押せ押せでくるハイテンションナンパ女とか。


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