──お願いDEお出かけ 編──

第8話:思春期二人のイケナイ旅行☆(?)


「すまん、少し遅くなった」

「大丈夫ですヨ先輩♪ 次の電車に乗ったってヨユーですから。それに……ネ?」


 大きな四輪キャリーケースのハンドルから手を放して、相も変わらず露出多めの夏服を着た愛奈が俺の体にしなだれかかる。たったそれだけの事だというのに、俺の心臓は早鐘を打ちはじめた。


「約束しましたから。あたしと先輩の関係は、こうやって続くんだって」

 

 愛奈のせつなげな上目遣いに男を堕とす魔力が宿っているかのように、俺の視線を釘付けにしていた。思わず衝動的に抱きしめたくなる誘惑にかられるが、ここは駅のホームという公共の場。

 イキすぎな行為は憚られるため、俺はぐっとこらえる。


「ふふっ、今からそんなんで大丈夫ですカ? 身体がもたないかもしれませんよ」

「そうなる前に(手を)抜いてくれ」

「やだ先輩♡ こんなところでヌイてくれなんて、大胆とおりこしてドン引きですヨ♡ でも先輩が望むならあたしは――」


 違う、そうじゃない。

 確かに誤解をまねく発言だったかもしれないが、そういう意味じゃない。


「なあ、愛奈」

「はい」

「いつまでこの茶番を続けるつもりだ?」

「エーーー、やだなぁ先輩ってば。茶番じゃなくて、まごころのこもった挨拶をしてるんじゃないですかァ」


 そうか、お前のまごころは朝っぱらからピンク一色なんだな。


「なんですかその生温かい目は」

「いや、お前に籠絡されたヤツはさぞ多いんだろうなと再認識したところだ……あ、電車きたな。荷物持つぞ」

「すごい失礼な感じですけど~、荷物持ってくれるのは助かります♪」


 ようやくきた急行電車に乗り込む愛奈は元気いっぱい。

 かたや俺はといえば、行き先も目的もわからずに出発する現状にそれなりの不安を抱いていた。


 これは俺が小心者なのではない。


『お願いします先輩。来週の土日、せんばいのカラダ使わせてください!!』


 その願いを聞き届けるまではよかった。だが、まさか当日になっても詳細が知らされないとは思わなかったのだ。

 さらに付け加えるなら、


『あ、当日はあたしの言うとおりにしてくださいね? 安心してくださいちゃんとお返しはしますから。それに……言う事をきかないと、どうなっても知りませんよ~?』


 などと脅されてもいる。

 一体俺は何をされるのだろうか。まさか他人に話せないような闇バイト……なんて事はないと信じたいが、一泊二日のつもりで荷物を持って来てくれと告げられた辺り、いやな予感は高まる一方だ。


「ほらヒロム先輩乗って乗って! 楽しい楽しい逃避行の始まりですよー♪」

「一体何から逃げるんだ……」


 そう呟きながらも。

 久しぶりの遠出になりそうな今日という日を、どこか楽しく思っている自分は確かにいる。



 ◇◇◇



 電車に揺られること数時間。

 途中で特急やらに乗り換えつつ、もはや完全にプチ旅行といっても過言ではない状況は予想外の思考を俺に発生させた。


「体調は大丈夫ですか先輩。もし眠いなら目的地に到着するまで寝ててもいいですよ、ちゃーんと愛をこめて起こしますかラ」

「いや、大丈夫だ。それより愛奈はさ……その、どこか遠くにでも行きたかったのか?」


 その質問の意味がわからなかったのか。向かい合わせの席に座る愛奈が大きな目をパチパチさせる。

 

「いやほら、この状況がさ。なんか二人旅みたいじゃないか。そこから考えて、他に誘える奴がいなかったから俺を誘ったのかな、と」


 至って普通に話したつもりだが、二人旅と口にした辺りで俺は大分緊張していた。二人旅と言えば聞こえはいいが、若い男女が一泊二日(予定)で出かけるなんて滅多にあることではない。

 親戚の家に遊びに行くとか、兄弟でお出かけとは異なる。

 こんな行動を起こすのは恋人同士ぐらいのものではないか。そう俺の常識が訴えているのだ。


「んーまあ概ねそのとおりですネ。先輩がいなかったらあたし、ひとり寂しく行ってたとこでした」

「そ、そうか。俺なんかで良かったのか?」

「むしろ、先輩じゃないとダメですよ。やはー、向こうに着いたら楽しみだなァー。きっと先輩と一緒にすごい盛りあがっちゃうんだろうなぁ~」


 盛り上がる……だと!?


 その瞬間、俺の脳内に未来想像図が浮かび上がった。

 丁寧に掃除されたホテルの洋室。

 ベッドに腰掛けながら、テレビも点けずに小さな窓から外を眺めているバスローブ姿の俺。ユニットバスの扉がカチャリと開いていくと、そこからバスタオルを身体に巻いただけの煽情的な姿をした愛奈が出てくる。


 全身からはほのかな湯気と共にシャンプーの匂いをかおらせ、髪と足からは吹ききれない水滴が滴っている刺激的な姿だ。俺の視線はまず肩口からのぞく水着の日焼け跡にいき、そこから下っていくと両手で覆って隠そうにもとうてい隠しきれるはずもないふたつの大きな果実が、どうしようもなく秘めていたはずの男心を目覚めさせていき――。


『……あんまり見ちゃ恥ずかしいですヨ』

『でも、先輩になら…………』


 そう言った愛奈はゆっくりと俺に近づいて、その火照った体を任せて――――。



「――――んぱい、おーいヒロムーせんぱーい?」

「はっ!」

「どうかしましたか? なんか上の空でしたけど」

「いやなんでもないぞ! ちょっとこの座席シートが心地よくてな、うたたねしたのかもしれん!」


 とても口には出せない妄想を隠すために取り繕った俺に対して、愛奈はとても怪訝そうな表情を見せている。だがコレは他人に、さらに言うなら愛奈にはとても話せるものではない。俺の本能がバグった結果見えてしまった秘密の妄想として封印するべき代物だ。


「ふーん、まあ特急のシートは座り心地いいですよね」

「うんそうだな」


 愛奈が窓の外の景色に目を向けている間に、胸に手をあてながら心を落ち着ける深呼吸を行なう。

 ………………よし、コレで邪念は去ったぞ。


「胸が痛いんです?」

「いや!? そういうわけじゃ」

「……なーんか変ですねぇ。やっぱり体調不良じゃ」

「それはないから。単に、今日はどんな目に遭うのか気になるだけだよ」

「ふへへへ、それじゃあそろそろお伝えしてもいいかもですねェ」


 怪しげな、けれど人懐っこい笑みを見せながら、愛奈が俺の隣に移動してくる。


「実は……あたしも初めてなんですよ」

「え?」


「――初体験。上手く言葉にできないデスけど、これでわかってくれませんか? その……あたしも正直に話すの、けっこう恥ずかしいんですヨ?」


 こしょこしょと耳元で伝えてくる声が艶めかしい。

 率直に言ってえろい。えろすぎた。


 そのせいで心の中にいる俺が、大慌てで「なんだとおおおおおお!?!?!?」と叫んでいる。周りではクラッカーとベルがお祭り騒ぎの大暴走だ。


「たくさん思い出に残る日にしましょ、せん・ぱい♡」


 小悪魔的な意味深発言をするだけして、愛奈が恥ずかしがりながら向かいの席に戻っていく。

 ここにきて俺は、自分の体力を心配しはじめた。いや、何があるというわけではないが。


 なにがあるというわけでもないが体力は大事だよな! うん大事だ!




 ――そんな思春期の妄想をこじらせている内に、窓の外には海沿いにある街が見え始めていた。



 俺がもっと正気でいられたのなら、この時点で愛奈に今日の詳細を尋ねていたのかもしれないが……それは後の祭り。いや、もはや祭りの後となってしまうのだった。





 



 


 














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