第7.5話:とあるマネージャーの目撃証言「うちのエースが女と一緒にどこかへ消えた」


 とある先輩スイマーが所属している水泳部の部室。

 そこで、数名の男子部員達がトレーニングの準備をしながら何やらワイワイと話しをしていた。


「それにしても博武くんが復帰してくれるって話、ほんとに良かったッスね!」

「フン、勝手な話だ。別に戻ってこなくてもいいんだあんなヤツ」

「めちゃくちゃキレてるようですが、一番心配してたのキミですよね?」


 反応は三者三様だが、彼らはみな鳶瑞 博武のチームメイトである。

 しばらく水泳部に顔も出さなくなっていたエースが直接謝りに来たこと。それからなるべく早く部活に復帰すると聞いて嬉しくないはずがなかった。


「んで、いつ戻ってくるんスか?」

「知らん!」

「手伝いがどうとかで来週~さ来週になるとか?」


 そんな曖昧な会話を続けていると、部室のドアが大きな音をたてて開いた。

 ロッカーがたくさん並ぶ部屋に入ってきたのはみんな大好き、水泳部の女子マネージャーである。


「マネージャーちーっス!」

「…………おはよう」


 ジャージ姿のクール美人が、小さく挨拶を返してから自分用の席につく。

 だがその様子は明らかにおかしかった。

 普段から会話が少ない彼女ではあったが、ものすごく深刻そうな顔をしているのは中々ない。


「……あー、どうかしたのか? 体調が悪いんだったら保健室にでも――」

「ううん、そういうんじゃないの。ただ……」

 

 彼女は相当逡巡した様子だったが、すぐに悩みの種を男達に打ち明ける事を選んだ。


「鳶瑞くんと、会ったんだけど……」

「ああ、ちょうど僕達も博武について話してたんですよ」


「そ、そうなの? えっと……まさか、退部するとかじゃない……わよね?」

「むしろ戻ってくるって話だろ。あのバカ、ようやく立ち直ったようだな、ったくよぉ」


「そ、そうなの?」


 同じ言葉を繰り返すマネージャーに、チームメイト一同はかなりの疑念を持った。なぜこの人は、博武が何かヤバイんじゃないかみたいな気持ちになってるのか? と。


「ふふっ、そうよね。やっぱりアレは見間違いなんだわ」

「何の話ッスか?」

「さっきね、鳶瑞くんに会ったの。電車のホームで乗り換え待ちしてる時だったんだけど――」


『あ、マネージャー。こんなところで会うなんて奇遇ですね』

『その俺、マネージャーにも謝らないといけなくて。散々距離をとっておいて勝手な話なんですけど』


『実は今少し立て込んでまして。厄介な奴に厄介な約束をしてしまったというか、持ちつ持たれつの関係になったというか』


『……あっ!? しまった電車が来てしまう。すいませんマネージャー、この話はまた次の機会にでも!』


 マネージャーは記憶にある限りの鳶瑞を、身振り手振りも交えて一同に伝えた。

 そこまで聞いても誰も何がおかしいのかわからなかったが。


「…………話が読めません。そこでどうして博武の退部うんぬんを考えたんですか?」

「と、鳶瑞くんが走って行った先にね。すごい可愛い子がいたの」

「彼女っスか!?」

「バカな、ありえん!!」


「その子、ウチの学校でも一際目立つ子なんだけど。あ、私が知ってる中での話ね。そのギャルの子が、すごい嬉しそうに鳶瑞くんに抱きついたかと思えば、その手には大荷物があって」


 ごくりと、マネージャーが意味深に喉を鳴らした。


「アレって、もしかしなくても急激に親密になった二人のラブラブ夏旅行なんじゃないかしら?! 人目も気にせずハグ! しかもあんなに胸を押しつけるように密着してハレンチよ! ああでも、二人がその気なら私は応援してあげたいの、ねえどう思うかしら!? やっぱりひと夏のアバンチュール……きゃーーーラブロマンスだわ!!」


 興奮しながら早口でまくしたてるマネージャーに、男達は気圧された。

 さすがにそれはない、とは言えない雰囲気だ。

 付け加えるなら絶対違うとも言い切れない。その根拠が、ない。


「……よし、博武に連絡するか。女にうつつを抜かしてるのかどうか確かめてやろうぜ」

「あーダメですね、電話に出ません。これは駆け落ちの可能性も……」

「うあー?! 俺達のエースがーーーー!! きっとそのギャルに垂らし込まれたに違いないッスーーー!!」


 各々が勝手な言い分を口にしての大騒ぎ。

 そのうるささは、すぐに水泳部のコーチを呼び寄せることになるのだが――。




 当の鳶瑞博武は、そんな珍事が起きている事を知る由もなかった。



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ここまでお読みいただきありがとうございます!

本エピソードで一区切り(第一章・完)となります。


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