第9話:準備をするご主人様と使い魔
「いいですか? お釣りはここのケースに入ってます。お札は右のスペースで、硬貨は左側。ちゃんと種類別に分けると楽ちんですよ」
「……」
「ウチみたいな島サークルに列ができるなんて基本ないですから、ひとりひとり落ち着いて対応しましょう。もし『この絵を描いてる方いますか?』って聞かれたり、明らかにあたしに会いに来たっぽい人だったらあたしがお話しますが、万が一トイレとかでいなかったりした場合はその旨を伝えて~――」
「なぁ」
「あ! 部数やお金の渡し間違いには気をつけてくださいね。今日は新刊以外にも既刊が何冊かあって、全部五百円だったら良かったんですけど物によって若干ちが――」
「なあってば」
「なんですかヒロム先輩、質問したいところでも?」
「ああ」
むしろわからないトコしかない。
「なあ愛奈。どうして俺はこんなところにいるんだ?」
俺達が居る場所は大きなイベント用施設の一角。おそらく何千何万の人が収容できるであろう広さの建物内には沢山の長机とイスが設営されており、それぞれに割り振られたスペースでたくさんの人達が準備に勤しんでいる。
空調は効いているものの季節は夏。少し動けば汗が出ずにはいられない状況で、ほとんどの人はとても楽しそうにしているのが印象的だ。
水泳の大会でも時折似たような空気を感じる時はあるが、もっとずっと大きいナニカ。まるで大きな祭がこれから始まるような、そんな熱気と喜びがヒシヒシと感じられる。
「だが、俺がどうしてそんな場所にいるのかが解せん」
「ぷふーw もう今更何言ってるんですカ! ココにいる理由なんて先輩があたしのお願いを聞いてくれたからに決まってるじゃないですかー」
ぺしぺしと人の肩を叩く愛奈。その際に愛でるように触れるのがなんともコイツらしいが、若干ぞわっとしたのでペンッとその手を払いのける。
「いやだわマスター。そんな乱暴に払いのけられたら傷つくのだわ」
「誰がマスターだ誰が」
あとその口調はなんだ。イメチェンか?
「ェェー、その格好はどっからどう見ても極地用制服仕様のマスターじゃないですか」
「お前に着させられたこの黒い衣装が?」
「ういうい、似合ってますよ」
なんで俺の服のサイズを知ってるのかは訊かない方がいいんだろうか。
俺がしているのはいわゆるコスプレというヤツだ。
「では、お前のその格好はなんだ?」
「えへへ、可愛くないですかこれ♪ あたしの好きなキャラなんですよ」
愛奈がスペース内でくるりと小さく回った。
その勢いで着ている赤黒いマントがひるがえり、中に着ていた薄手の黒い衣装(ドレス)が顕わになる。胸元があいてる上着にワンピース。ソックスは右足だけで、左足全部と右太ももの肌はガッツリさらされて涼しそうではある。
あと、髪型はリボンをつけたツーサイドアップに変化+ティアラが装備されており……手にはなんか鳥籠みたいな物を持っていた。
俺とは違い、愛奈は完全にファンタジー世界の住人のようだ。あしらわれた髑髏や色合いからして闇属性っぽい。
そして、可愛いか可愛くないで言うなら間違いなく可愛いかった。身長差もあって胸に目が行きやすいのがアレだが。
「ほんとは槍を持ってみたかったんですけどネー。大きさと長さがネックでして」
「今からコスプレ大会でも始まるのか」
「いやいや、今日これから始まるのは即売会という名のお祭りです。先輩だってマンガやアニメくらい見るでしょ? 同人誌とか二次創作とか聞いた事ないでス?」
「前者はともかく後者はあまり、な。察するにアレか。愛奈は漫画家なのか」
テーブルに並べられた市販の物より薄くてでかい本。それを用意したのが愛奈なのだから、そこに描かれている絵もコイツが描いたのだろう。素人目ではあるが、かなり上手に見える。
キャラクターは……さすがによくわからないが。
「それを言うならココにいる人の多くが漫画家さんですネ! アマチュアですけど皆創作活動してる人達です。中には本当にプロとしてやってる人もいますが」
「おお……すごい世界だな。俺が知らないだけでこんなにたくさんの創作者達が集まるんだな」
「すごいですよね♪」
「……ああ。だがそれはそれとして、だ」
話を戻そう。
「もう一度聞くぞ? どうして俺はココにいるんだ?」
「何度でも言いますが、あたしのサークルをお手伝いして欲しいんです。主に売り子さんですね」
「…………要はお店の接客か。経験はほとんどないが?」
「大丈夫! あたしも大して変わりませんよッ」
ウインクで決め顔をする愛奈。
どうするか、不安が大きくなってきたぞ。
「まあまあ、せっかくなんで雰囲気だけでも味わってくださいよ。売り子をやって欲しいと言いましたが、先輩がそこにいるだけであたし的には超心強いんですから」
そこまで言われてしまっては、こっちも悪い気はしない。
そもそも可能な限りお願いを聞くと言ったのは俺だ。頼られる以上、相応に尽くすのが礼儀である。
「でも、ちょーっと重い物を運んだりする時や手が足りない時は協力お願いしますね、マスター♪」
「よくわからんが……わかったよ」
だが、どーしても気になることがあるのでソレだけは聞きたい。
「なあ愛奈。もうひとつ教えてくれないか?」
「ういうい」
「ここに並んでる売り物なんだが……表紙に載ってるのは基本的に男と女のキャラだ」
「ですねぇ、あたしの好きなカップリングってヤツです♪」
「じゃあこの……半裸の男同士が表紙のヤツは、なんなんだ」
「カップリングです♡」
「片方が脱いでるこの服、今俺が着てるのにソックリじゃないか?」
「偶然デスネ♡」
「……わかった、もういい。俺が悪かった」
「やー、先輩はそっちもイケますか? だったら後でじっくりねっとりお話しましょう! いやむしろ、誰か来るまで盛りあがっちゃいますカ!? その鍛えられた腹筋を見せびらかすチャンスですよ!」
「ええい、掘り下げようとするんじゃないあと腹筋は関係ないだろこの話はここでおしまいだ!!」
俺は強引に話しの流れを断ち切った。
ちょっと大声を出し過ぎてしまったか。さっきから感じていた周囲の温かくて優しい視線も遠ざけてしまった気がする。アレは不慣れそうな俺を気遣ってくれようとしてたのだろうか。ああ、きっとそうだ。
……決して獲物を前にした肉食獣のように、目をギラつかせていたわけじゃないはずだ。
『みなさま、大変長らくお待たせいたしました。これより本日のイベントを開始いたします――――』
俺が自分の勘違い(と思いたい)をふり払っている間に、開場の放送が施設内に流れていく。時間になるとそこら中にいる人が手を叩きはじめたので愛奈が先に乗っかり、続けて俺も合わせていくと会場中が拍手に包まれていった。
――それから間もなく、遠くから聞こえてきたのは地響きである。
その音が高速で競歩(?)してくる集団によるものだと知った時、俺は戦慄するしかなかった。
尚、俺以外の皆々様は、大興奮でそれらを出迎えていたようだ。
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