第13話:現実的な事情 & 理想を追求する心

「なんか……あまり手に取ってもらえなくなってきたか?」

「ん~、そうですねェ」


 タベネコさんなる強者との攻防が終わったあと。

 開場からそれなりの時間が経って時刻は午後になろうとしているのだが、声をかけてくれる人は大分少なくなっていた。


「もう薄い本を求める最強の猛者達が撤収し始めてもおかしくない時間でスから、単純にその影響かもですネ」

「撤収って、イベント終了時刻までまだ何時間もあるのにか?」


「ほんとに素早い人なら目当ての物を買ったら即撤収しちゃってもおかしくないんですヨ。会場内や近くで苦楽を共にした仲間達と戦利品を報告しあったりはしてるでしょうが、買いたい物買ったからもういいやー的な?」

「そ、そういうものか」


 相槌を打ちながら、ちらりと愛奈が売っている本の在庫を確認する。

 テーブルの上に乗せていた物は少なくなってはいるが、そもそもテーブル上には全ての在庫を乗せられるスペースはなく、少なくなったら補充してを繰り返しているものだ。どれだけ買ってもらえたかは『正』の字でチェックしてはいるものの、床に置いてあるダンボールにはそれなりの本が残っている。


「……けっこう買ってもらってた気がするのにな」

「ほへ? どうして博武先輩が残念そうなんでス?」

「いや、こういう物を売る時ってやっぱり完売を目指すものだろ。そりゃ俺が作った本じゃないにしたってさ、けっこう上手に描けてるじゃないか。だから残るのが勿体ないなって――」


 売るための人員として手伝っているのだ。

 売れ残りができてしまうのは、少なからず申し訳なさがある。もっと自分に出来ることがあったのでは……そう思ってしまうのだ。


 その口にしなかった不甲斐なさを愛奈は察知したのだろうか。

 愛奈の表情に多少の驚きと照れくささが滲み出た。だが、すぐにその感情は陽気な笑みによって隠れていく。


「もー、もーッ! なーに変な落ち込みかたしてるんですカ♪ さりげなくあたしまで褒めだすとか何を狙ってるんですかァ♡」

「いていて、なぜポカポカ殴るッ」


「あのデスネ! 先輩は初めて来たからわからないのは当然ですが、こういう即売会で用意した同人誌を全部売るのってとても難しいんですよ! むしろ売れ残るのがフツーです。全部無くなるのはスゴくてとても名誉なことです」

「あ、ああ。そういうのが一般的なのか」


「デスデス。いまいちピンと来てないかもですが、言い換えるならこの場は年齢・性別・得意ジャンルに関係なく、数多のアマチュア作家が集まりその腕を披露する無差別級の試合会場! 中には商業で連載しているガチプロ勢もいるとんでもない場所です」

「……マジか」


 思わずポロッと本音が零れてしまったが、愛奈の説明を俺流にするなら『すべての水泳選手が集まって泳ぐ。種目名はあっても、種目別に分かれてないし、年齢制限・性別もない大会』なのかもしれない。そりゃあ泳ぎが上手いヤツしか勝ちあがれないだろう。


「ふふふっ、まあそういう一面もあるって話で全部じゃないデス。同人即売会というものは、同じ趣味を持つ人達が集まって行なうフェスティバール。売上なんて度外視で好きな物を好きに作る人もいるし、一般ウケしてなかろうが個人的にクリティカルヒットした本を買う人もいる。みんな楽しくワイワイやれれば、それはそれでいいんですよ」

「タイムは競いあうし順位も決まるが、勝ち負けがすべてじゃないって事か……」


「そんな感じデス♪ だから売れ残ったってそこまで気にする必要はない……と言いたいトコですが、残りすぎたら残りすぎたで困りますけどネ」

「具体的には?」

「お持ち帰りになります。もちろん次の機会にまた売ればいいんですが、持ち運びは常に大変です。最悪、部屋の片隅に完全に売れなくなってしまった在庫の山ができあがって床が抜けます」


「ヤバいなそれ」

「はい、ヤババです。な・の・で、パイセンには頑張って売り子さんしてもらって、ダメそうならえっちらおっちらダンボールに詰まった本を運んでもらうハメになりますね♡」

「おまっ。重い物を運んでもらうかもって話は……まさかそれか!」


 にしししっ♪ とおどけて笑う愛奈は答えないが、その態度からして正解のようだ。


「まあまあ、先輩のイカス筋肉があれば大丈夫ですよ」

「まったくお前は……。それならまだ時間はあるんだから、何か売れるようにする作戦とか考えた方がいいんじゃないか?」

「うーん、無くは無いですが……」

「あるなら、やるべきだろう。何を躊躇する必要がある」

「わかりました! じゃあ先輩には一肌脱いでもらうって事で、ひとつよろしくお願いしゃす」


「待て、お前何を企んで――」


 

 ◇◇◇



「はい! そこのお姉さん、ちょっと本を読んでいってもらえませんカ!」

「あ、はい。じゃあ、少しだ…け?」


 テーブルとテーブルの間にある通路を歩いていた女性が、愛奈の呼び込みによって俺達のサークルスペース近づいて、そして俺を見るや否や固まった。その顔は信じられないものを見た時のソレなのだが、どうにも既視感がある。いや、ありすぎた。




 何故ならその反応が、俺(の体)にハァハァしてる時の愛奈とソックリダカラダ。


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