第14話:特定のフェチ持ちをダメにする広告塔(生)作戦

「えっ、あ、うそ!? お、お兄さん……すごい(イイカラダ)ですね」

「そんな事ありませんよ、でもありがとうございます。お互い、今日はとても暑くて大変ですよね」


 元々半分くらい下ろしていた上着のジッパーをさらに下ろすと、はだけた肉体から熱気が逃げていき薄くかいた汗の粒子がきらめいた。

 正直何をしてるんだ感が半端ないのだが、この恥ずかしさを決して表に出さないよう我慢しながら俺は応対を続けていく。

 「キャッ!」とか「いい筋肉……」という言葉を気にしたら負けだ。


「どうぞお手にとってみてください。例えば、コレなんてどうでしょう?」

「え”っ、これって……キミが?」

「いえ、描いたのは横にいるこの子です。僕は絵心がないものですから、少しでも手伝えたらなって」


 出来る限り爽やか青年をイメージしながら話す俺の姿よ。もしコレを水泳部のやつらに見られようものなら全力で記憶を飛ばしにかかるだろう。殴打で。


「リ、リアル細マッチョフェスキターーーーー!! すいません、ちょっと拝んでもいいですか?!」

「俺なんかで良ければ」


「ふああああああ!? ありがたやありがたや!! これは推せますっていうか推すしかないです! あの、もしこの後コスプレ広場に行くなら是非写真をお願いしたいんですが!!!」

「えと、行くかはわからないんですが。もしタイミングよく見かけた時は声をかけてもらえると――」


「わかりました絶対声かけますね! はぁーありがてぇー、貴重なエネルギー摂取できる~~~。あ、この本1冊ください!!!」

「ありがとうございます!」


 俺なりに全力全開の笑顔をすると、

「ファ!!?」

 目の前の人が心臓を押さえながらドサッと崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか!」

「だ……大丈夫です、心配いりません、ちょっとその肉体美と笑顔でオーバードーズしちゃっただけですから」


 どこにも大丈夫な要素は無さそうだが、そう言われては俺からできることは何もないわけで。


「えっと、それじゃあこの本を一冊で――」

「やっぱり全部1冊ずつください!! 冊数分だけのスマイルもお願いします!!!」


 某ハンバーガー店のような注文を受けつつ本を手渡して、大変満足気な女性が通路を進むのを見送る。


「さすが先輩、よっこの筋肉レディ殺し!!」


 隣で待機していた愛奈はとても嬉しそうで大変結構なのだが、心中複雑である。正直今何が起きていたのかを理解できていないのだから当然なのだが。


「なあ、本当にアレでいいのか……? なんかやり方が不誠実じゃ」

「何言ってるんですか!! お客さんはパイセンの近年稀に見る素晴らしい筋肉と笑顔を摂取できてうれしい! コッチは本がたくさん売れて嬉しい!! 見事な等価交換でしョ!!!」

「……いや、でもな? 果たしてこれで売れるのが正しいのかというと――」 

「いいですか、博武先輩」


 ポン。

 愛奈が俺の肩を叩く。


「偉い人はこう言いました。『愛のこもった同人誌を売るための努力を惜しんではならぬ』と」

「ほう」

「あと『在庫を減らす手段は、犯罪でなければいいのだ』とも」


 ぶっちゃけすぎてるクソ発言に涙が出そうだ。

 

「あ、あのすみません。そこのぐだおさん、本を読ませてもらってもいいですか?」

(輝くスマイルで)「もちろんですよっ」

「キャーーーーーー♪♪♪ すみません、お布施替わりにそこのBL本3冊ください友達に布教します!!」

「ありがとうございますッッッ」


『ねぇねぇ、なんかあっちで黄色い悲鳴が』

『えっ!? あっちの島で推すしかない肉体の持ち主(♂)がBL本売ってるってマジ!!』

『みたいみたい! 早くいこっ』


 気づけばいつの間にかサークル前にはちょっとした列ができている。理由はわからないが全員女性で、応対相手に俺を選んでくる。ここにきて一気に忙しくなったため、愛奈に本の補充とお釣り管理を任せて俺はひたすらお客さんの相手をするハメになった。


「せんぱいすごーーーい! なんて最高の広告塔なんでしょうカ、その調子でずっとお願いしますネ♡」

「おい後輩よ。後でちょっと大事な話があるから、逃げるなよ?」

「怒った先輩もカッコイイですよ♡ あ、ほら次の人きますよ」


 それからしばらく、俺は謎のエネルギーをふりまくマシーンとなったのだった。


◇◇◇


「つ……つかれ、た」

「やーほんとお疲れ様でッス! 先輩の大活躍によって完売も見えてきましたよ、マジ感謝♪」


 ようやくパイプ椅子に座って休むことを許されたので、渇いた喉に一気にスポドリを流し込む。ああー、生き返ったぁ!


「もう……今日はさっきみたいのはやらないぞ」

「ういうい♪ 大丈夫です、先輩は安心して休んでください」


 あ、でも――と愛奈が何やら含みを持たせる間をとった。


「このあと少しの間だけ行きたい場所があるので、そこにあたしが出かけてる間はココを見てもらってていいですか?」

「ん? ああ、それぐらいなら別に」


「あともしかすると、そろそろもう一人の知り合いがですね――」


 愛奈がそう言いかけた時、テーブルの前に誰かがきた。


「よっ。すまん、予想以上に到着が遅れてしまった」

「あ! 師匠!! おつかれさまデス♪」


 愛奈が師匠と呼んだ人物を、椅子に座ったまま見上げる。

 女性にしては高身長で、最初はその顔が逆光によってうまく見えなかった。


 だが、すぐにそれが誰かがわかった俺はパイプイスをこかす勢いで立ち上がってしまった。


九錠くじょう先生!!?」

「げっ」


 お互いに何故お前がココに見たいな状態であったが、相手の方がよっぽど苦虫をかみつぶしたような顔をしているだろう。


「鳶瑞お前……いつから水泳から離れて同人の道を歩きはじめたんだ?」


 あなたこそ、いつから医療の道から同人界隈に足を踏み入れたのか。

 俺の身体の故障に対して「しばらく泳ぐな」と診断した本人を前にして――あふれでる疑問の数々は止まることがなかった。


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