第20話:女の子がせらぴーと称して添い寝を所望したことにより、大変なことになりつつある俺の秩序


 ゴロゴロ ゴロゴロ

 ゴーロゴロゴロゴロ♪


 そんな猫が喉を鳴らすような音が聞こえてきそうな程に、自由奔放な愛奈様は絶好調かつご機嫌だった。


「くふ、くふふふふ♡ 触ってみるとわかる、このガッシリしつつも柔らかでしなやかな筋肉。腹筋、背筋、胸筋大臀筋、大腿直筋……ふへへへへ♡」


 傍から見れば、完全にイッてしまっている輩の目をして涎を垂らしかねない女。そいつが仰向けに寝ている俺の身体(筋肉)を思う存分触り、撫で回し、堪能している。さながら現在の俺はヤベェ儀式に捧げられた生贄か何かか。


 などと思わなくもないが、実際は儀式なんてものはない。

 単に猫の耳と尻尾でも生やしてそうな筋肉フェチの後輩ギャルが俺に添い寝と称して圧し掛かり、あちこち触っているだけだ。


「十分ヤバイけどな」

「んん、何がですカ?」

「この状況の何もかもだ!」


 別に縄で縛られたりはしてないが、束縛されているという点では似たようなものだ。もし俺がこの部屋から逃走を図った場合、愛奈は遠慮なく保護者兼師匠の九錠先生に連絡するだろう。

 そうなった場合、俺はどんな目に遭うのだろうか。事故とはいえ愛奈のチチを鷲掴みにした代償として俺が知る由もない同人界隈流の罰でも受けるのか。何をされるのか全く予想できないのが恐ろしい……。


「もー博武先輩ってばー。可愛い後輩が添い寝を所望しているのに嬉しくないんですか? 今ならこっそりお触りし放題ですよ? ほらほら、手を伸ばせばおっぱいもおしりもすぐ届くでしょ♡」

「そんなあからさまな罠に引っかかるとでも?」

「ヤダナー、別にテーブルの上にカメラを仕込んでおいて、先輩があたしにえっちな事した証拠を残して脅そうとか……考エテル訳ナイデスヨ?」


 こいつッ、やってんな?

 ますますどこも動かせないじゃないか。


「勿体ないですね~。せっかくだから先輩も今を楽しめばいいのにぃ~」

「身体をくねらせながらすり寄るんじゃない。びっくりするから」


 お前のでかい胸が形を変えながら押しつけられてるせいで、とは言わない。

 言えない。そんな堂々としたセクハラが言えたものか。


「こうしなきゃ添い寝にならないじゃないですか」


 愛奈がころんと俺の上から転がって、今度は横から俺を抱きしめる。

 その様子は木に捕まっているコアラのようなのだろうが、生憎俺は動けない木ではない。ガッツリしがみついてスリスリしてくる愛奈のすべすべした肌の感触もぬくもりもしっかり感じてるし、反応してしまう。


「フハァ~~♡ 先輩の筋肉せらぴ~最高です♡ これからしか摂取できないエネルギーが間違いなくありまス」

「そんな言葉を使うのはお前だけだよ」

「いやいや、これで案外同志はいますって。先輩が即売会で引っかけてた女の人とか」

「アレはお前がやれって言ったんだよな!?」


 まるで俺が望んでやったかのように言いおってからに。


「ええー、案外ノリノリだったじゃないですか~。よっ、この筋肉殺し!」

「何も嬉しくない……あとコレはいつまで続くんだ……」

「あたしが回復するまでですネ♪」

「具体的に何分か教えてくれ。俺に文句言われながら変に長引かせるのも嫌だろ?」

「全然余裕ですけど?」


 “それが何か?”と返されては呆れるしかない。

 コイツは正真正銘、心の底からこの状況を喜んでいるというのか。普通に考えれば女子というものは他人の男との接触なんて論外で、触れ合いを許すのはよほど仲の良い相手――恋人とかではないのだろうか。


「なあ、愛奈。お前以外の女の子もこうやって気安く人に触ったり、抱きついたり、身体を許したりするのか」

「しないデスよ?」

「しないのかよ!」

「そりゃそうですよ。どう考えたらそんな質問が出てくるのか謎です。それとも先輩の身近にいた女の子はそういうのなんですか?」


 きょとんとした感じで尋ねられると俺が困ってしまう。

 おかしい、俺が愛奈の変さに対して質問していたはずなのに、気付けば俺が変なやつ扱いされている気分だ。


「……俺が知ってる限り、こんなにスキンシップしてくる筋肉フェチはお前だけだ」

「ふふふっ、あたしもこんなに面白――抗いつつも受け入れる人は先輩だけです」


 こいつ今『面白い』つったか?


「まぁまぁ、あたしも鬼じゃないんでー。先輩の行動によってはこうしてる時間も短くなったりしちゃったりするわけでしてー」

「ココから更に何をしろって?」

「せらぴーですからね。この疲弊している愛奈ちゃんを先輩なりに癒してくれればいいんですよ♡」

「……もっと具体的に」

「ハグとなでなでと励ましの言葉を! 心を込めて!!」


 ニッコニコの笑顔でものすごい注文をしてくるなこの女。

 だが、断れない。

 むしろ向こうから必要な理由――言い訳を提示してくれたのだ。常識をぶん投げてしまえば、男として破格の条件ではないか。


「……後で訴えるなよ」

「かもんまっちょー♪」


 意味わからん独特な返事を機に、今度は俺から大きく広げた腕で愛奈をハグする。

 もう理由作りも難しい。

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