第19話:これが私の発散法開始の合図☆

 腹の上にいる愛奈は、獲物を吟味する女豹のように俺を見下ろしてくる。だというのに、だ。俺が感じているのは屈辱や敗北感ではなく、彼女の生々しい尻を始めとした感触による焦りと心臓のバクバクだった。


「さーて、どうしてくれましょうかネ~? 嘘寝がバレたからには恥ずかしすぎて先輩をそのまま生かすわけにはいきませン」

「自分の狸寝入りによるミスを人に転化するのはいっそ清々しいんだが、まずはどいてくれないか」

「ヤです」


 にべもなし。


「じゃあ同じ恥を知る――むしろ見切った張本人である九錠先生を先に亡き者にするのはどうだ。今なら俺も協力するぞ」

「え、何言ってんですか? あたしが師匠をどうにかできるわけないんだから、先輩をどうにかして師匠には黙ってもらっておくのが正解ですヨ」


 このヤロウ。人がせっかく生かすわけにはいかないとかいう物騒な台詞を拾ってやったというのに、まったくコイツはああいえばこういうだなほんと!


「じゃ、そゆことで」

「ま、待て! 話せばわかる」

「やん♡ そんなとこ触っちゃビックリしちゃいまス♡」


 反射的に腰を掴んだだけのはずなのに愛奈の反応は変に艶めかしい。慌てて手を放そうとすると、何故か彼女はみずからこちらに向かって倒れ込んできた。

 当然の如く、そのふくよかなパイに俺の顔が沈み込み、


「ッッ!!?」


 これまでの生活においてほぼ感じる事のなかった、マシュマロに似た感触&甘い体臭と汗の入り混じった匂いのダイレクトアタックにくらっとしてしまう。


「はぅ♡ パイセンってばそんな荒い呼吸を……さすがおっぱい星人」

「むがっ! そんな名前の宇宙人は知らん!!」

「あ」


 愛奈がちょっとだけ驚いた声をあげた。

 現状をどうにかしようともがき伸ばした俺の手。その掌が、彼女の押しつけてきた巨大マシュマロに向かって、降下したプライズキャッチャーアームのように沈み込み“むにょん♪”と鷲掴みしてるかのようになったからだ。


「……き、聞いてくれ愛奈。これは事故だ」

「へぇ~、おっぱいガン見しながら説得しようとするのクソダサイんですがそれは。あとまるで吸いついたように何度もニギニギ揉みこんでくるのも事故だト?」

「俺達は……話せばわかりあえると思わないか?」


 そう、決して触り心地が良すぎて意識的に動かしてるわけではないと。

 これは無意識からくる本能的かつ健全なもので――って、バカか俺は!?


「ふーん、先輩もなんだかんだで♂ですねェ」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

「先輩の指を動かす筋肉に大事なところを触れられてると思うと、つい」


 筋肉フェチとかそういうレベルかそれわ。


 くっそ、俺の名誉のために反論したい!

 おっぱいガン見に見えるのは愛奈が豊かな胸部が目の前にある事による不可抗力であり、ついでに愛奈が腰を動かして柔い尻を押しつけてきても嬉しくはなってない、と。


「誤解なんだ。そのあまりにも気持ちいいだk……ハッ!?」

「ナチュラルにキモい発言いただきですネ☆」

「誘導尋問だ! 身体で男の純情を弄ぶなんてッ」

「え、どの口がそんな妄言を?」


 すまん、コレはさすがに全面的に俺がおかしい。

 押し倒されてるがゆえに不可能だが、俺はせめてもの謝罪の表意として心の中で土下座した。


「別に怒ってないですけどー、なんでしたらもっとイッときます?」

「冗談でもやめろよな!? と、とりあえずいつまでも床の上に転がってるのも背中が痛くなるから一旦どいてくれ」

「あ、ごめんですヨ。そうですね、先輩のイイ筋肉が傷ついたらたいへ――」

「いまだ!!」


 隙をついて俺は愛奈をはねのけて一気に起き上がった。


「あーーーーー!? 先輩ズルイ!! 人が素直にどいてあげたのに!!?」

「そもそも上に乗っかってくるヤツが悪いんだよ!」


 拘束から脱出した俺は一目散に部屋の入口へと向かった。

 ココから出てしまえば愛奈が俺にどうこうできる術はない。あとは適当にその辺をぶらつくなりすれば万事解決――。


「あ、もしもし師匠? 聞いてくださいよー、いま鳶瑞パイセンが可愛い後輩をおっぱいを鷲掴みにしてヤリすてた挙句に『師匠を亡き者にするのに協力してやるZE!』って部屋から逃走しようと――」

(光の速さで戻りながら)「だああああああ!!? じょ、冗談ですからね九錠先生! 半分くらいは愛奈の虚言癖によるもので――」

「あら先輩、お早いお帰りで」

「お、お前……やっていい事と悪い事があるだろ!」

「安心してください、かけてませんよ♡」


 ケラケラと小悪魔スマイルをしながら、愛奈が持っていたスマホに「chu♡」とキスをしてベッドにこしかける。

 俺は冷や汗を流しながらその様子を見守ってるしかなく、気付けば床に正座していた。少しでも反省の意を示すために。


「まったく先輩ってばぁ、人がちゃんとどいてあげたのに逃げようとするなんて……しかも電話してみせるだけで戻って来るとかめちゃかっこ悪いですネ♡」

「……何が望みだ」

「そんな切羽詰まらなくても大丈夫ですよ。あたしと先輩の仲じゃないですか? あ、とりあえず喉渇いたんで冷蔵庫に入ってる飲み物とってもらえます?」


 命じられるがままに飲み物をとってきて渡すと、愛奈はそのジュースを美味しそうにクピクピと飲んだ。


「ふはぁ~~♪ 潤うーーー!」

「ヨカッタナ」

「どうしたんですか先輩。突然カタカナでしか喋れない呪いにでもかかりました?」


 だとしたら呪ったのはお前だ。


「……はぁー、すいません先輩。この女王様気分も悪くはないのですが、別に先輩に生きているのが恥ずかしくなるレベルの恥辱を味あわせたいなんて“少し”しか考えてないので、もう普通にしてください」


 少しの部分が非常に引っかかったが、俺は言われるままに警戒を解く。そのまま近くにあった椅子に腰かけようとすると、愛奈がニコニコしながら「ん♪」と自分の隣――枕がある頭を置く方――をポンポン叩いたのでそっちに移動する。


「もう♡ 最初からそうやって素直にしてくれてればいいのにぃ♡」

「大事な場所を触った後だ。正直何されるかわからない恐怖が勝った」


 それから、愛奈の誘惑に抗い続ける自信がなかった。自分自身、理性が吹っ飛ぶなんて事はないと思いたいが絶対ではない。

 非常に魅力的な異性との濃厚接触は、それだけ危険を伴うものなのだ。


「男たるもの、普通は女の子に迫られたら『ひゃっほう♪』するものじャ?」

「なんだお前、ヤロウに襲われたい願望持ちか何かか」

「別に? ああでもえっちな事には興味津々ですネ。そういうお年頃ですから」


 こいつ……気軽に言うな。

 よくわからないがギャルだから言い慣れてるのか? だとしたら、さぞ男達を籠絡してきたのだろうか。俺もその一人かと思うと悲しくなるぞ。


「誤解しないで欲しいんですが、あたしは別に尻軽でもふしだらでもないですよ」

「じゃあなんだ?」

「自分の欲望に対して!!! 超正直なだけです!!!!!」


 なんだコイツかっこいいな!?

 眩い光とバカでかい効果音を背負ってめちゃくちゃキメてるみたいだ。


 内容はブーイングものだが!


「あー、大きな声出したらまた疲れてきましたね~。というわけで先輩、回復魔法プリーズ♪」

「そんなもの使えないないんだが」

「使えますよ。むしろ先輩しか使えない魔法があります!」

「…………その真意は?」


「いいから黙って横になりやがれ♡ です」


 

 胸を掴んだ実績のある俺に、その命令を拒否する権利などあるわけがなかった。

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