第46話:どうしてこうなった???

「あ、このトロピカルジェラート超美味しいデスね! ひろむん先輩も一口どうですか♪」

「いや、別にいらな――わかったわかった食べるからそんな露骨に悲しそうな顔をしないでくれ!」

「でわ、はいアーン♪」


 こいつ正気か。

 今がどういう状況かわかっているのか空気を読まないにも程があるのではないか。


 簡単に説明しただけでも、俺達が居るテラスの丸テーブル席には俺・愛奈が隣同士で座り、向かい合うように強引に付いてきた元哉と氷上マネージャー。さらに俺と元哉に挟まれる形で零斗がいた。


 そんな場で羞恥レベルMAXの「あーん」をやれと?

 無理だろ普通。恥ずかしさで死人がでかねんぞ。


 ……なんて言って、愛奈が引き下がるのなら俺は困ってないか。


 早めに諦めの境地に立った俺は、せめて少しでも耐える時間を減らすために素直に愛奈が差し向けたスプーンを頬張った。

 様々なフルーツフレバーが混ざり合いその名の通りのトロピカルな味が口に広がる。強い甘みは俺が直前までラーメンを食べていたせいもあるだろうが……。


「美味いな」

「デスよねー♡ さすが先輩、愛奈ちゃんとの間接キスによる恥ずかしすぎる感想を誤魔化すためにそんなドシンプルに返してくれるなんてく・う・る♪」


 頼む愛奈よ。クールとかどうでもいいからこれ以上口から砂糖が吐きだしそうな言動は慎んでくれ。俺の心がもたない。


「……あら、そこな羨ましげな赤柴くんには私がやってあげましょうか?」

「ぜってぇ止めろよ? いくら氷上ジャーマネでもやっていい事と悪い事があるからな? おい!? なんでニヤニヤしながらスプーンをこっちに向けようとしてやがる!!


「四人共、ダブルデートじゃないんだから少しは周りに配慮してね? 独り身の僕が悲しくなるから」

「待て零斗。俺は別に愛奈と付き合ってるわけじゃ――」

「俺だってそうじゃボケ!!」


「ああ、はいはいわかったわかった。博武も元哉も疲れてるんだから変に体力消耗するような真似はよしなよ。話したいことがあるからわざわざ席を設けたんでしょ?」


 ごもっともな意見なのだが、からかってきたのは零斗なので非常に納得いかない。

 更に言うなら、大きな公園に併設されたフードコートのような場所のあちこちで俺達の会話に聞き耳を立てられてる気がするので落ち着いて話もしづらい。


 何がどうしてこんな事になってるかというと、だ。


 まず、元哉が「俺もジェラートが喰いたい」とかいう謎な理由で車に乗りこもうとした。ここまではいい。


 続けてその流れに便乗するように氷上マネージャーと零斗も一緒に行きたいと申し出た。しかしそうなると一台の車に全員は乗れないわけで……ココでゴリクマさんがこう提案したのだ。


『じゃあワタシの車で連れて行こうか。皆もお腹が空いているだろう? イイモノを見せてくれた礼も兼ねて今回はワタシが奢ってあげるから、好きに食べるといいSA』


 この一見ナイスで嬉しい提案が、引き金になった。ゴリクマさんの身体同様に大きな声を聴きつけた(※俺達の話を盗み聞きしてたともいう)水泳部員達が飯にありつけるチャンスと考えて、どいつもこいつもが目を輝きだして付いて来ようとしたのである。


 その騒ぎをコーチが抑えようとしたが、腹を空かした運動部員達を押しとどめるのは容易ではない上に「俺の教え子に餌付けすんじゃねえ、ゴリクマが出すならオレが出すぞコラァ!!」と張り合いながら太っ腹なことを言いだして……。


 今やこのフードコートの屋内・屋外スペースの何割かは水泳部達が占拠していた。車に乗れなかったやつらもいたのだが、そっちは走るか自転車で頑張ってきたらしい。学園からココまで車で十五分はかかったと思うのだが、まったく気にした様子はない。つうか食欲と体力がまさった。


 で。


 てっきり美味しいジェラートとやらを喰ったら解散かと思っていたのだが、いまや大会後の打ち上げや各自が意見交換する感想会といった様相である。


 さすがに保護者ポジションが何名もいるし、元々水泳部にマナーがなってないヤツは少ないので他のお客さんの迷惑にはならないだろうが……異様といえば異様ではないか。


 付け加えるならそんな空間内でも、俺達五人が使っているテーブル席はとびきりどうなってんだコレは状態。

 なんでついさっきまで激闘を繰り広げたヤツが同じテーブルについて、ジェラートやラーメンその他を喰ったり、口から砂糖を錬成しそうな羞恥プレイを繰り広げているんだ。本当にわけがわからない。


 ――それでも、ずっと一緒だった元哉達とこうしてテーブルを囲むのは嫌ではなかった。勝手に離れていた負い目があったとしても、懐かしさと居心地の良さが上なのだから俺も現金なものだ。


 ◇◇◇


「さて……と。元哉? いい加減むずかしい顔してないで話したらどうなんだい」

「っせえなぁ。こういうのはタイミングっつーもんがあんだよ、タイミングっつーもんが!」

「はぁ……何ここまできてメンドクサイ事を言ってるんだ。じゃあ僕から話すよ?」


 勝手にしろと言いたげに元哉が「ふん」と相槌を打つと、零斗がこちらへ顔を向ける。その手にはチョコミント・わさび味のジェラート(ダブル)が盛られたカップが握られているが、あえて突っ込まない。


「まずは……すごかったって伝えさせてくれ博武。まさかあそこまで泳げるなんて想像もしてなかったから、本当に驚いた」

「……そう言って貰えて嬉しいよ」

「訊くだけ聞いてみるけど、水泳部に顔を出さなくなってからどこかで練習してたのかい?」

「いや、全くしてないわけじゃないが……ほとんど泳いでもいなかった。そうしようとする気さえ無くなってたと言っていい」


「へぇ~、でもそこから復活してみせたんじゃないか。さすが最高の水泳馬鹿」

「水泳バカに水泳馬鹿って言われてもな」

「ふふ、そうかもね。でもまあ本当にすごいと思うよ。一体どんな心境の変化があったのやら」


 零斗の視線がちらりと愛奈に向けられる。愛奈はまったくソレに気づいた様子はなく、さっきからパクパクと美味しそうに色んな味のジェラートを堪能しているようだ。


「ま、ソイツのおかげだよ」

 

 素直にそう答えるとは思っていなかったのか。零斗の表情が少しばかりあっけにとられる。


「てっきりお茶を濁すかと」

「んん、そういう事を考えなかったわけじゃないが今ぐらい良いかなと。ほら、俺はコイツと幸せなままどっかに行かないとならないし」


 至って平静かつ会話の流れを切らずに口にしたつもりだったが、部員達で騒がしいフードコートと隔離されたかのように場がしんと静まり返る。さすがの愛奈もレアな困り顔だ。

 だがコレは仕方ない。どんなタイミングだろうと避けられなかっただろう。


「……ソッチを選ぶのかい?」

「ああ、軟弱者だからな」

「せ、せせせせんぱい? そ、そんなこと急に言われても面白く返しきれないといいマスカカカ!」


「いいさ。今は面白さは求めてないし、単に今の俺はお前の方がいいってだけだ」

「あ、あたしちょっとアイスのおかわり貰ってきます!!」


 勢いよく席から立ち上がった愛奈が売り場の方へと駆けだす。

 なんだあいつ顔真っ赤にして。案外真正面ストレートに弱いタイプなのか? いいことを知ったかもしれない。


「愛奈が戻ってきたら今日は退散だ。水泳部にお別れしてな」








 

 

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