第27話:必要の中にイチャイチャと情熱は含まれますか?→YES
「キミらはバカなのか」
「……その、なんと言いますか」
水泳部を後にした俺は九錠先生がいる小さな病院へ立ち寄り、白衣姿のその人に何故か罵倒されていた。いや原因は明らかに二週間後の勝負の事を話したからなのだが、『キミ』ではなく『キミら』になっているのは何故か愛奈も同席しているからか、それとも水泳部面々に向けてか。
「男の子って時折超バカですヨネー♪」
「常時エロバカの愛奈には言われたくない」
「おっ、なんだやるかこら~♡」
「キミ達、このクソ暑い中でわざわざイチャイチャを見せつけにきたんなら帰ってくれないか?」
診察室の椅子に座る俺に対して、立っている愛奈が横から絡みついてくる光景は嫌がらせと捉えかねないのはわかる。が、いくらこの病院に人が来なかろうが(※多分たまたま)決してそんなものを見せつけにきたわけではない。
愛奈は知らないが、俺にはちゃんとした用があるのだ。
「ひとまず、コーチには許可をもらえました。俺は水泳部に復帰します」
「……そんなデカイ子犬にじゃれつかれてるような状況で真面目にされてもね」
ごもっともだったので、俺は絡みついていた愛奈をベリッと剥してその辺にポイした。「パイセンに捨てられた~~!」という人聞きの悪いブーイングが聞こえたが、話が進まないのでスルーする。
「ただ、水泳部に復帰するにあたって俺の気持ちを行動で示す必要があります。今回はそれが元哉との勝負になっただけで、結局いつかは似たような事になったんじゃないかと」
「赤柴くん、ね。彼みたいなのだと勝手に去った者がすんなり戻ってくるのは認められないというわけか」
「ですね」
ほんのり棘のある先生の言葉が胸に刺さるが、言ってる事はそのとおりだ。仮に俺が元哉と同じ立ち位置にいたとして、水泳から離れた友人がこれからは戻りたいと願って素直に納得できるかといえば……元哉と同じ態度をとったかもしれない。
「まあ、それで両者が納得できるならいいよ。だがな鳶瑞くん?」
手元で開いていたファイルをパタンと閉じて、九錠先生がじっと真剣な眼差しを向けてくる。
「勝算はあるのかい。故障が原因で水泳から離れていたキミと、キミがいない間も水泳に打ち込んでいた彼。どちらが有利かなんてわかりきってるだろう」
「やってみないとわかりませんが、俺が有利な要素はひとつも無いでしょうね」
実際そう思うので、俺は素直な返答をした。
それを聞いた愛奈が「ええ!?」と全身で驚いている。
「博武先輩と赤柴先輩の勝負って、そんなに勝ち目が薄いんですカ?」
「可愛い従妹にわかるように説明するとだね。今の鳶瑞くんは、以前はバリバリ創作活動をしていたスゴイ同人作家だが、身体を壊して以降はまともにペンも握れなかった人なわけだよ。一方赤柴くんの評判は鳶瑞くんに負けず劣らずで、鳶瑞くんが活動できない間もずっと創作し続けていたんだ」
トン、トンと膝上のファイルを指で叩きながら先生は続ける。
「愛奈、自分に置き換えてみてもいい。キミが何ヵ月も漫画を描いてなくて、その間も描いてた同レベルの誰かと『漫画で勝負しましょう』と言われたらどうなる? 描いてなかった分のマイナスが一気に影響するんだ」
「それは……でも、やってみなくちゃわかりませんね☆ 愛と根性と突き進む勇気があれば未来はどこまでも広がっているのデス!」
「私の言って欲しかった答えとは違うが……ふふっ、愛奈には敵わないね♡」
「いやーそれほどでもー♡」
なんか今度は従姉妹達がハートマークいっぱいでイチャイチャし始めたが、九錠先生が伝えたいことは十分わかっているのでまあ良しとしよう。
それよりも、
「先生。今一度確認させてください。俺が泳ぎを再開するにあたって、もう不安は何もないでしょうか?」
「大ありだよこのおバカ」
キッパリ言われてしまい、すっと顔が青ざめていくようだった。
「いいかい? 今のキミは治ってから間もない、いわば病み上がりみたいなものだ。その状態で以前と同じように全力でやったらすぐにドクターストップだよ」
「……マジですか?」
「まずは身体の調子を整えてからだ。よく食べて、よく寝て、無理せず動く。これが復帰する一番の近道だ」
「そ、そこをなんとか、こう……」
「しつこい」
盛大に溜息を吐かれ、もはや話は終わりだと言わんばかりに目線を切られてしまう。その態度に心が挫けそうになるが……しかし、今度はどうしてもなんとかしたいのだ。以前のように、泳ぎたい時に泳げないのはもう嫌だから。
だが、九錠先生は医者だ。
その立場からして仮に思っていたとしても「好きにしろ」なんて言えるはずもないだろう。それも理解できる。
ならば俺が取るべき行動はひとつだ。
「……わかりました。先生、今日もお世話になりました」
「はいお大事に」
「それじゃ……これで失礼します」
退室の挨拶を済ませて、俺は病院を後にした。
後ろから愛奈の「待って」が聞こえた気がしたが、振り向く事もしなかった。
行くべき場所は決まっているのだ。
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