第28話:矜持と気持ちの問題なんデスヨ

◇◇◇


「ちょ、ちょっと先輩! まだ諦めるには早――」


 俯き加減に立ち上がった先輩は、何も聞こえないかのように診察室を出ていく。扉が静かに閉まった直後、あたしは師匠に詰め寄った。


「師匠! 博武先輩がユーレイみたいな感じで出てっちゃったんですケド!?」

「そうだね」

「そうだねって……ちょっとクールすぎません!? もうちょっとなんかこう……あるでショ! 慰めるとか励ますとか能力が爆上がりする危険なお注射♡とか!」

「三つ目以外はわからんでもないが、医者としてアレ以上私に言えることはないよ。急ぎすぎても後から手痛いしっぺ返しがくる。だから、必要なことを必要な分だけやるよう徹底するんだ。地味でも辛くとも、ね」


 師匠の言葉は正しいのかもしれない。

 けど、あたしは……というか先輩も納得なんて出来ない。


「慰めが必要なら愛奈、キミがやってあげたらいい。私よりもずっと彼には効果的だよ。弱ってるところをその身体と甘い言葉を使えば純情少年なんてイチコロだろう」

「悪党みたいなアドバイスどーも!!」


 捨て台詞を吐き、ぷりぷり怒り散らしながら先輩の後を追おうとすると「愛奈」と師匠が一声かけながら何かをポイッと放り投げてきた。

 当たった胸でバウンドしてからキャッチしたソレは、丸めたメモ紙……?


「医者の私はさっきのとおりだが、従姉としては可愛い愛奈と付き合いのある少年に少しばかり助力するのもやぶさかではない。……ま、鳶瑞くんの事だ。きっと勝手にどうこうしようとするだろうし、それを放置するのも罪悪感がひどいわけで――」

「これ、誰かの名前と連絡先……?」

「私の心の平穏を保つためにも、鳶瑞くんにそれとなく教えてやりなさい。決して私からだとは伝えないように」


「師匠……そういうところが大好きですヨ!!♡」

「うんうん、その柔らかボディを堪能するのはまた今度でね」


 精一杯のハグで愛と尊敬を示すと、師匠はやれやれといった感じに口元を緩めていた。ちょっとだけ「……やっぱり育ちすぎじゃないか? どうなってるんだほんとに」なんて聞こえた気もしたけド。


「それじゃ、あたしもこれで! また何かあったらお邪魔しますネ♪」

「その時は怪我や病気じゃないことを祈るよ」


 全力ダッシュで病院を飛び出して(※院内は静かにだけど)先輩を見つけるために道の左右を確認する。すると、右の多少離れた位置にある曲がり角をまがっていくパイセンの後姿がわずかながらに見えた。


「せんぱ~~~い!! ちょっと待ってくだサーーーーーーイ!! っていうか止まレェェェエエエ!!!」


 あたしは急いでその後を追う。

 手には師匠が渡してくれたメモが握りしめられており、早くそこに書いてあることをあの人に伝えたくて仕方がなかった。


 師匠の知り合いにして、一部で有名なやり手のトレーナー。

 通称ゴリクマ先生と呼ばれる人の連絡先を。


 ◇◇◇


「はぁ~~~♪ よかった~、先輩が気付いてくれて♡」

「お前ほんとにやめろよ!? 何をトチ狂って住宅街近くで『あたしを見捨てないで! 散々弄んだ癖に置いてくなんてひどいですよ鳶瑞博武センパーーーーイ!!』なんて叫んだんだよ!!」


 あんな風にフルネームで呼ばれたら知り合いがいた場合は即バレ。放っておいた日には周辺に変な噂が立つ可能性もある上に、コイツに至っては最終手段として学校名や住所まで叫ばれかねん。

 そんな状態で置いてくなんてできるはずがない。社会的に俺が死ぬ。


「まあまあ、そんな社会攻撃をしてでもたったか伝えたい事があったんですよォ♪」

「モシ下ラナイ事ダッタラ何ヲスルカ判ランゾ?」

「おこっちゃやーだ♡ でも、わかりました。もし下らないものだったら身も心も先輩に捧げて一生♀奴隷として生きましょう」


 その発言をする時点で判ってるのか怪しいのだが。

 ただ、逆に考えればそれだけ自信があるのか。コイツは一体何をそんなに急いでるというのか。


「そんな誓いはいいから。歩きながら話してくれるか」

「いえっさー!」


 憎らしい程にまばゆい太陽に熱された歩道を、なるべく高い建物や道沿いの木々なんかの影でやりすごしつつ歩いていく。

 俺が目指しているのは通い慣れているあのプールなので、徐々に緑地がある方へと向かうことになり、段々自然の緑が増えてくのも助かるところだ。単純に涼しさが違うから。


「おや。もしかしなくても先輩ってば、溺れてたあたしを助けたプールをお目指しですカ?」

「ああ。あそこなら人もそんなにいないし、知り合いもいるから何かと融通が利く。水泳部の連中もあえて来たりはしないだろうし」

「んん??? 先輩も水泳部のプール使えばいいんでワ?」


「そこはなんだ。俺がいきなり混ざって、そもそも頑張ってる連中のスケジュールやルーチンを崩したら大変だろ。既にあいつらなりにトレーニングを積み重ねてるんだからさ」

「……おおー、すごい気ぃ遣ってるんですネェ」


「あと、俺は俺でガッツリ調整したいし。そもそも勝負相手の横で気兼ねなく練習しようというのもの、な」

「やだ先輩♡ 明らかな本音が後半漏れてるのクソダサ♡」

「お前は俺を単にディスりに来たの?」

「いえいえ! 先輩の忠実な協力者たる愛奈ちゃんとしましては、あらゆる方面でサポートをする気満々ですよ♪」


 なるほど。

 そのサポートが「クソダサ♡」発言で、遠慮なく俺にメンタルダメージを与えているわけか。余計なお世話だ!

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