第29話:先生は大きくて黒くてテカテカ


「クソダサは冗談としまして先パーイ、師匠に黙って全力で泳いだりしていいんですかァ? あとで知られたらめっちゃ怒られるかモ?」

「先生が止めたのはがむしゃらなハードすぎる練習だ。ちゃんと体調管理をしながら適切なトレーニングがダメとは言ってない」

「屁理屈デス?」

「ただのまっとうな理解だよ」


「くふっ♪ ノータイムでそう返してくるの、かっこよく見えますネ♡ はい! そんな先輩に朗報です」


 じゃじゃーん♪ と、愛奈がメモ紙を広げてみせてくる。


「博武先輩のおっしゃるとおり。要はヤりすぎがいくないってだけで、師匠は泳ぐこと自体は認めてたわけですヨ。って、ことわぁ~? 先輩の身体の状態をしっかり見てくれる人がいて、適度なトレーニングをすれば尚良しって寸法デス!」

「……まあ、そうだな」

「そこでご用意しましたのが、この連絡先! この番号にかければあら不思議。頼りになる強い味方が出てくるわけで」


 ――よかった、ちょっと安心した。

 今のノリノリな愛奈であれば「私がトレーナーしますよ、やるの初めてですけど♪」とか言い出しても不思議じゃなかったからな。


『で・も♡ そのためには先輩の身体をよくわかっていないといけませんよね? さあ、いますぐその最高の身体をあたしに解放プリーズ♡』


 と、ここまで予想してしまったのだが……杞憂だったな。


「その強い味方は何をしてくれるんだ」

「さあ?」

「『さあ?』って。何をしてくれるのかもわからん相手をお前は強い味方とか言ってるのか?」

「誤解しなさんナ! さっきの『さあ?』はあたしには詳しくわからないけど、って話で。この番号の人は五里獏麻ごりばくまというお名前で、一部の人達に知られた名トレーナーさんなんです」


 そんな人が何してくれるかなんて専門的すぎて自分にはわからない。

 愛奈はそう続けた。


「名トレーナー……愛奈おまえ、よくそんな人の連絡先知ってるな。知り合いなのか?」

「ほへ? むしろ先輩の方があたしよりもお知り合いなんでわ」

「どうしてそうなる」


 この時の俺は、本気でその名前の響きに心当たりがなかった。

 しかし、愛奈が次に発した言葉は一気にその心当たりを引き寄せるのに十分だったのである。


「五里獏麻さんは、先輩が代わりにやった水泳教室の先生ですよ。プリントに書いてあったし、子供達も言ってたでショ? 五里獏麻。通称:ゴリクマ先生って」


 

◇◇◇



 一気に点と点が繋がった俺は、プールに向かう道中で連絡をとってみた。そしたら偶然にも先方はあの市民プールにいたようで、色々と手間が省けた形となる。

 待たせるのも悪いのでなるべく早足で目的地へと向かうと、そこで待っていたのは――。


「うぇるかむボーイ&ガール!! どうぞワタシの事はゴリクマと呼んでヨロシクしてくれたまえ!!」


 テラッテラの黒光りマッチョボディを輝かせながらポージングをキメてる巨漢のゴリラ――じゃなくてクマ――でもない。例のゴリクマ先生その人だ。圧倒されそうそうな程のナイススマイルで白い歯がキラリンと光っている。似合いすぎてるブーメランパンツも衝撃度に拍車をかけているなコレは。


「おおおーーーーーーーー!!? す、すごい! これはスゴイキレてますよ先輩?!」

「お、おお」


 すごいのはお前の興奮っぷりだよ。

 俺からすればゴリマッチョのボディビルダーだ!? ぐらいなのだが、筋肉フェチの愛奈からすれば探検家がジャングル奥地で秘宝を発見したレベルの衝撃なのかもしれない。

 まあ、普通の人からしてもひっそりとした市民プールの一角でこんな人見つけたら相当衝撃的なのだが。熱されたタイルよりも暑苦しさが半端ないし。

 だがこの人こそが今頼るべき相手なのだ。


「こんにちは五里さん」

「こんにちは! 直接会うのは初めてだが、先程も言ったとおりワタシの事はゴリクマと呼んでくれると距離が近くて嬉しいな鳶瑞くん。先日はワタシの代わりに水泳教室の皆に泳ぎを教えてくれたんだってね!」


「いえ、俺はほとんど何もできてません。五里さ――ゴリクマさんの教えが良いから子供達も泳ぎが達者でしたよ」

「HAHAHAHA! この辺りで水泳をぶいぶい言わせていたキミに褒められたのなら皆も喜ぶサ!」


 ん? ぶいぶい言わせていたって……。


「俺の事、知ってるんですか?」

「ワタシの趣味は身体を鍛える事だが、水泳にも大いに興味があってね。あっちこっちで素晴らしい泳ぎを魅せてくれる那珂川なかがわ学園の鳶瑞くんは、個人的にも応援していたよ。ワタシも同じ学園の出身だから、遠い先輩後輩って面もあるがね!」

「それは知りませんでした」


 でもそう聞くと急に親近感が沸いてくるな。

 何も縁のない他人よりも、大分とっつきやすくなる。


 見た目のインパクトは……慣れるのに時間がかかりそうだけども。


「あ、あのゴリクマ先生。ちょっと腕にぶらさがってもいいですカ!?」

「おお!? 構わないよ、よし来なさい」

「~~~~~ッッ、わあ~~~~すごいすごいデス! あたしいま筋肉で高い高いされてますヨ!! 先輩もひとつどうですか!? 楽しいですよコレッ」

「いや、お前を腕で持ち上げてる時点ですごいが、さすがに俺の体重じゃ重すぎるから迷惑だろ……」


 それより本題に入った方がいい。時間が惜しいからな。


「先にお伝えしてますが、今日はお願いがあってきました。是非ゴリクマ先生の力をお借りしたいんです」

「……Hum、どうやら大真面目な話のようだね。ココじゃなんだからちょっと職員部屋に行って、プロテインでも飲みながら聞こうじゃないか」


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