第30話:誠意と決意の表れ

 ◇◇◇

 

 エアコンはなく、うなる旧式の扇風機と開け放った窓から入る風が涼しさをくれる職員部屋。長机とパイプイスと各種荷物が置かれた雑多な会議室のような場所で、俺は事情を説明した。


「――そんなわけで、ご相談にきたわけです」

「なるほど。鳶瑞くん達の事情は概ね把握したよ」


 ブーメランパンツ姿から代わって、ちょっとキツそうなシャツと短パン姿になったゴリクマ先生が頷く。


「鳶瑞くんには水泳教室の借りがあるからね。ワタシとしては協力するのはやぶさかじゃない」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「ただ、十分もあれば伝えられる簡単な体調管理やケアならともかく、二週間の間ずっとつきっきりで……となると難しくなるNA。技術や知識の安売りはするべきじゃないからNE」


「つきっきりでなんて、とても頼めません。迷惑にならないように可能な範囲でいいんです」

「しかし、鳶瑞くんとしてはずっと近くにいて欲しいだRO。ワタシがキミならそう思う」

「…………それは」


 図星すぎて何も言えなくなった。

 少なくともゴリクマ先生が見ていてくれる時間があればあるほど、俺は故障を恐れず安心して練習ができるのだから。


「あのあの! 見てるのはあたしがやりますんで、ゴリクマ先生はあたしに注意点だけ教えるとかってどうでスカ? それならなんとかなりませんかネ」


 はいはい! と手を挙げながら愛奈が提案する。その姿勢に一番驚いたのは多分俺だ。どうして愛奈がそこまでしようとしてくれるのか、納得できる理由がなかったから。


「HAHAHA! そいつはイイ、それじゃあホットなガールフレンドに出来る限りのコツを――と言いたいが……一朝一夕で覚えられるものじゃないんDA。すまない」

「そ、そうです……か」


 がっくり肩を落として愛奈が着席する。

 その態度だけで十分だと、いますぐ伝えてやりたい。


「そこで提案するとしたら。その勝負の日まで、ワタシをパーソナルトレーナーとして個人的に雇うというのはどうか、というものになる」

「え?」

「ちょうど今は多少の時間があってね。毎日は無理でも、それに近い形で指導することはできるだろう」

「おおー!? なーんだゴリクマ先生、そんな手があるならもったいぶらないで教えてくれればよかったじゃないですかー♪ これで力を借りれますね、せん・ぱい♡


 愛奈は安堵の表情でそう言ったが、俺の表情は硬い。

 相対するゴリクマ先生も、言ってはみたもののあまり乗り気ではなさそうだ。


「愛奈。ゴリクマさんはもったいぶってたわけじゃない」

「へ? でも……」 

「ゴリクマさん。その雇うというのは、仕事として依頼するって事ですよね」

「YESだ」


 となると、別の問題が発生するな。


「どれだけ、かかりますか?」

「……キミは話が早いね。ずばり1回=1日として、14日の内すべてじゃないし休みもある。ざっくり約10日分と換算して……二十万になるかNA」

「にじゅッ!?」


 愛奈がわかりやすい程に驚愕する。

 声こそあげていないが、俺だって似たようなものだ。


「い、いやいやいやいや!? 二十万って学生にとっては大金も大金じゃないですか?! 無理でしょそんなノ!! 実はカマかけてたりとか――」

「愛奈、それはない。ちょっとネットで調べればすぐにわかる。……すいませんゴリクマさん、連れが失礼なことを言ってしまって」

 

 俺の謝罪に「いや、当然の反応さ」と苦笑が返ってくる。

 わずかな間に愛奈はスマホを高速操作して調べ終えたらしい。すぐに「ごめんなさいでした……」と力なく頭を下げていた。


 十日で二十万という額が、本職の仕事として頼む分には高いわけではない。むしろ安い方だと理解できたんだろう。どうしてゴリクマさんが真っ先に提案しなかったのかも。


 とはいえ他に案もない。

 シンプルに天秤で量るなら、ゴリクマ先生の力を大金を出してでも借りるか。それとも不安はあってもゴリクマ先生無しで行くかだろう。

 ……ちなみに、残念ながら二十万をポンと今すぐ払えるような財力は俺にはない。


 この時点で、事実上積んでるようなものだ。

 ――このままならば。


「うーん…………」

「悩んでるようだが、別にいますぐ決めなくても大丈夫だYO。時間をかけてゆっくり考えてもらっていいし、無かったことにしてくれてもいい。個人的にはキミならワタシがいなくてもなんとかなるんじゃないかTO――」

「いや、もう決めました」


 ゴリクマさんをさえぎって、俺は自分の決心を告げた。

 


「二十万、用意します。ゴリクマさんの力を貸してください」



 せめてもの礼を尽くすように大きく頭を下げて。



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