第31話:予想外の支払い方?
俺の発言によって、場がしん……と静まりかえる。
うるさく鳴きわめく蝉の声も遠く感じる程に。
下げていた顔を上げると、いつも騒がしい愛奈もこの時はぽかーんと口を開けてしまっているのが見えた。
「…………そんなに早く決めていいのかNA」
「構いません。ただ、申し訳ないですが今すぐ全額は払えないので、可能な限り分割払いでお願いしたいですけどね」
ちょっとした冗談のつもりだったがゴリクマさんは真剣に「hummm」と考え始めてくれた。
「支払うアテはあるのかい?」
「二十万は学生が一度で払うには大金ですが、少しずつ払っていいのであれば払えない額じゃない。足りない分はバイトでもなんでもすれば十分用意可能でしょう」
「た、確かにそうかもしれないが、何か月かかるKA」
「もし、保険として前金が必要なのであれば幾らあればいいか提示してください。保護者の同意が必要なら……すぐに取ってきますから書類の用意をお願いします」
冷静に、淡々と話を進めていく。
その態度によってゴリクマさんを困惑させてしまっているようだが、ここで止める気はない。
――やっと。
やっと、泳ぎに戻れるのだから。
あいつらと一緒に、わだかまりなく泳ぎたいから。
「どうかお願いします」
「…………」
「まだ何か足りませんか? それなら言ってみてください」
「u-nnnnn――」
「先輩! 無理言っちゃダメですヨ!!」
ゴリクマ先生が難しそうに唸っていると、何故か隣にいる愛奈から待ったが入った。
「ゴリクマ先生困ってマス! ちょっと一旦落ち着きましょう」
「落ち着くといってもなぁ……」
「思うに、ゴリクマ先生は一括払いじゃないとダメなんじゃないでしょうカ! でもそれをあたし達に説明すると事実上お断りになっちゃうでショ!」
「それは……そうだな」
愛奈の言葉によって、俺の勢いに一旦ブレーキがかかる。
もし彼女の予想が正しければ、さっきから俺が口にしている言葉はゴリクマ先生を困らせるだけだ。正面きって気持ちをぶつけてる学生に対して「ダメだ」なんて大人が返すのは心苦しいだろう。
「と、いうわけで……ゴリクマセンセイ! あと先輩!」
「「ん?」」
「この場は愛奈ちゃんがなんとかしましょウ。具体的にはその二十万!」
愛奈が何やらスマホを操作して表示された画面を机の上に置いて、俺達に見せつける。ふんすと大きくふんぞりかえった姿勢によって、その胸部がだゆんと揺れた。
「あたしが先輩の代わりに一括で支払っちゃいます! これですべてがまるっと解決デスネ☆」
「ど、どうしてそうなる!?」
まったくもって意味がわからない!
なぜ愛奈が二十万を支払うなんて流れになるのか?!
「大体お前! その金はどっから――」
「ふっふっふっ、先輩もご存じのとおり。あたしはコレでも少しは描ける同人作家デスよ。これまでの売上があればゴリクマ先生に代金を支払うぐらいヨユーでっす♪」
……マジで?
そんな俺の疑問を払拭するかのように、愛奈が机の上に置いたスマホ画面には高校生がまっとうに稼ぐのが容易ではない金額が表示されていた。
見てしまったことを半分後悔しつつ、急いでそのスマホを回収して愛奈に押しつける。
「お前それ通帳だろ!?」
「ですネ。大丈夫ですヨ、見られても困りませんカラ」
「困る困らないじゃなく、そういうのを気軽に人に見せるなって話だ!」
「気軽じゃありませン! ゴリクマ先生に『ほら、ちゃんとありますよ』って証明するのに必要でした!」
大きく言い返してきた愛奈の気迫に押され、俺はたじろいでしまう。
「先輩もゴリクマ先生に無理いうぐらいなら、ここは気楽なあたしに任せて後でゆーーーっくりお金を返した方がいいでショ。利子も担保も保証人も要りません。信用と信頼で成り立つ愛奈バンクです♪」
「……ッ、いや、ダメだ! そこまでしてもらう理由がない!」
「理由が必要なら、この間即売会を手伝ってもらった報酬とかで十分デス!!」
「バカかお前!? そもそもアレは俺がお前のお願いを聞いただけで、報酬をもらうような物じゃ無かっただろうが!!」
「あーーーーーもう!! 細かいところを気にする先輩ですねほんとにッッ! そんな神経質じゃハゲますよ?!」
「神経質じゃなくコレが普通だ! 愛奈が大雑把に無神経すぎるんだよ!!」
「んな!!? だ、誰が無神経デスか!!!」
こっちが言えばあっちが返し、あっちが言えばこっちが返す。
さっきまで緊張感が漂っていたはずの室内はあっという間に騒がしい罵り合いの場と化し、互いに手で押しあう取っ組み合いへと変わっていく。
そんな醜い争いを吹き飛ばしたのは、
「ふっふっふっ、HAHAHAHAHA!!」
こらえきれないといった様子でアメリカンな大笑いをしたゴリクマさんだった。
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