第17話:あの日交わした「カラダ使わせてください」の意


 愛奈が回復してからサークルスペースに戻ると、撤収を始めるのに割とちょうどよい時間になっていたようだ。


「思ったより遅かったね。私に出来るわかる範囲で撤収の準備は進めてあるから、あとは愛奈達で荷物整理して」


 帰還してすぐ九錠先生はそう告げると、特にどこかへ行くわけでもなく最後まで撤収を手伝ってくれた。いつでも仕舞える最低限の部数だけテーブル上におき、あとはのんびりとイベント終了の合図を待つ。

 愛奈の体調を考えて「少し早めに撤収しないのか?」と訊いてはみたが、


「せっかく来たんだから最後までちゃんと居たいでス!」


 一番ココに来たかった本人がそういうのであれば、その意志を汲んでやりたいものである。それ以上何も言わず、俺はサポートに徹することにした。


 そうしていると遂に――、


『これにて今回のイベントは終了となります! みなさま、この度のご参加をまことにありがとうございました!!』


 イベント開始時と同じように放送が流れ、即売会終了の宣言がなされる。

 放送が言い出したわけでもなく、周りにいる参加者――おそらく今の時間帯になっても残っている全ての人達が手を叩き始めたのだろう。中々耳にしないレベルの盛大な拍手で会場が包まれていく。


「おつかれさまでしたー♪」


 とても楽しそうに愛奈が拍手をするのに合わせて、俺も手を叩く。

 どこか不思議な一体感を味わいながら、こうして俺の初同人イベント(売り子)は幕を閉じていった。



 ◇◇◇



「とまぁ、こんな感じで綺麗に終わったら後は普通の服に着替えて帰るだけだと思ったんですよね」

「……予想が外れてるとこアレだが、キミにはまだまだやってもらう事があるから帰られると私も困る」

「いやもう、よくよく考えればおかしいと思うべきでしたが。まあお願いを引き受けたのは俺なので」


 半ば俺自身が勘違いしていたが、今回の初体験をするにあたって愛奈が俺に頼んだのは「売り子で手伝ってください」ではないのだ。

 正確には『来週の土日、せんばいのカラダ使わせてください!!』である。


 これはつまり“二日間の間、お前(の身体)を好きにさせろ」とも取れるわけで……。


「Zzzzz♡」


 先生が運転している軽自動車。

 その後部座席に座っている俺の隣で気持ちよさそうに寝ている愛奈が、あのお願いによってどこまで考えてたのかは知らないが、こんな状態では確かめようもない。もう完全に俺にもたれかかってるし……なんなら寝ていてもなお俺の腕や足に触ってくるしで筋肉フェチとやらもここまで来ると感心するぞほんと。


「念のため忠告しておくが、私の車の中で盛らないでくれよ?」

「その発言がなければミリ単位の想像すらしませんでしたけどね」

「神に誓って言えるか? 自慢じゃないが、そこで幸せそうに寝こけてヨダレ垂らしてる従妹にすり寄られて平常心を保てるヤツを私は知らない」

「どんな目で従妹を見てんだ!?」


「女の私でも非常にそそられる可愛い従妹だよ。可能なら好きなだけ私の望むままに着せ替え人形にしてやりたい。今日着てたコスも似合っていただろ? アレは私の知り合いにいる重度のコスプレマニアが愛奈のために用意したもので――」

「愛があるのは十分伝わりました……」


 おかしい、俺の知ってる九錠先生はいつもクールで的確な判断をするカッコイイお医者様だったはずなんだが。運転しながら従妹への愛情(※重くて濃い)を語る目の前の女性はまったくそんな感じがしない。これじゃただの従姉馬鹿だ。


「言っておくが私はノンケだぞ」

「は? のん……なんですって?」

「いや、知らないならいい。あのタベネコ氏と同列に扱いさえしなければな」

「よくわからないんですが、タベネコさんがディスられてます?」

「あんな天然サークルクラッシャーは危険人物以外の何者でもない。まったく、あいつに愛奈を知られたのは今考えてもミスだった」


 タベネコさん。あなたどんだけ要注意されてるんですか……。


「ま、これからは鳶瑞くんが盾になるからいいか。――もうすぐ目的地に到着するが、その前にコンビニにでも寄るとしよう」


 寄るのは大賛成なんだが、その前の聞き捨てならない台詞はとてもじゃないけど流せないんですが!



 ◇◇◇



 そんなこんなで到着した場所は“ホテル”だった。

 お城の形をしてるとかカプセル的なものではなく、十何階建てはありそうな立派なホテルである。入口に入った瞬間から各所にその豪華さが垣間見え、明らかに俺のような学生が気軽に泊まれるような場所ではない。


 ……さらに言うなら、


「おい愛奈、いい加減起きろ」

「Zzzzz♡」

「あきらめろ鳶瑞くん。愛奈は最高に良質な睡眠状態なんだ」

「いや、そうは言いますけどねッ」


 まさか車を降りてからこっち、コイツを抱きかかえたまんまでホテル内に入るとか目立つどころの騒ぎじゃないですって。ああ、さっきからロビーにいる人達の視線が痛――いや、なんか生暖かいな。


「安心しなさい。この時期このホテルの利用者は大概が同類だ」

「……人類が何か?」

「ああ、そうだよ。漫画を愛し、二次創作の薄い本を求めて集まる猛者たちさ。面構えが違う」

「わかんねぇっす……」

「そこはほら、キミがまだまだパンピー寄りだからだ」


 深いな、こっちの世界。


「それとも何か? 愛奈が重いからという情けない理由で、彼女をカートにでも乗せて部屋まで運ぶかい? 寝ている彼女になんて辱めを受けさせるんだキミは」

「男に抱きかかえられてる今よりマシでは?」


 あと車椅子ぐらいあるのではないか。これだけのホテルなのだから。


「いいじゃないかお姫様みたいで。いつの時代も女の子の憧れだ、その鍛えた肉体で可能な限り王子様らしく務めてくれ」


 好き勝手言う先生だが、俺からすると今の愛奈はお姫様というより木にしがみついてるコアラかナマケモノなのだ。どちらも嫌いではないが、そもそもがそういう話じゃない。

 異性に抱えられてる今の方が、よっぽど女子としての辱めにならないかである。


「ちゃっちゃと受付を済ませてくるから、荷物と一緒にその辺で待っててくれ」

「え、いや、ちょ!? さすがにそれは――」


 スタスタと受付カウンターに行ってしまう九錠先生。

 その間、俺は近くの壁際(※備え付けソファーが空いてなかった)にそのまま待機。当然愛奈を抱っこしたままで。


 必死に気配を殺そうとしているが、どうやっても感じてしまう。

 突き刺さるような視線。注目されている空気。他人事だから言える無責任な声が!


『……リア充アピールかしら?』

『罰ゲームでしょ!』

『いや、筋トレじゃないかな』

『ばっかだなー、あれはどう考えてもパコパコする前の羞恥プレごふぅ!?』

『バカはお前じゃ!!』


 こんなに興味津々に見られるなんて今日だけで何度目だ。

 あと、なんか興味の行きどころが偏ってるというか、一般的じゃないというか……。


「これが同人界隈、か」

「変にキメてるトコになんだが、部屋行くぞ?」

「ぬな!? お、驚かせないでくださいよ先生!」

「羞恥プレイにふけってる方が悪い。あーあー、こんなヤツに愛奈を任せるのは不安だなぁ」


「代わります?」

「キミ……愛奈の代わりに私を抱きかかえて何をする気だ」


 そっちじゃねえって。

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