第25話:蜂条愛奈は誤魔化さないが、言い方が正しいわけでもない


 どうして愛奈が水泳部のプールにいるのか。なんてタイミングで、なんて気楽そうに爆弾発言をぶっこんでくるのか。


 そんな疑問がぐるぐると頭を回っている間に、学校の制服を着て――そういえばちゃんと見たのは初めてだ――髪をツインテールにした愛奈がパタパタとのんきに駆けてくる。あいつからも俺が水泳部面子に囲まれている現状は見えているはずなのだが、臆する様子はまったくない。


 せめてもう少し躊躇してくれれば……そう思いながら目頭を押さえていると、目と鼻の先に愛奈が到着していた。


「やー、ちょっと野暮用で学校に来たんですけどもしかして先輩居るかなーと思ってきてみたらドンピシャでしたね♪」

「愛奈おまえ……どうして入って来れたんだ。水泳部の練習中は基本的に関係者以外は入れないんじゃ……」


 なんでコーチはコイツを招き入れたんだ。

 まさか水泳しにきた女子部員だとでも考えたのか。はたまた「おっ、可愛いギャルがいるじゃねえか。ちょっくら遊んでくかい!」なんて脳味噌が煮えたようなナンパでもしたか。


「エ? 入口でバッタリ会ったコーチさんに話をつけたらフツーに入れてくれましたよ?」

「マジか。どう説得をした」

「『どーもー♡ 深い仲になる鳶瑞博武先輩の応援に来た、蜂丈愛奈デッス♪』で顔パスでした」


 それを顔パスとは言わないな!?

 そして、その嘘ではないが誤解しか生まなそうな発言によって、さらに周囲がざわついてしまう。


「か、可愛い……」

「ギャルだ。まごうことなきギャルだ」

「おっぱいでかっ!?」

「マネージャー、それ以上はマズイからね?」


 声のする方を確認するのがとても怖い。

 ココは面倒な尋問をされる前にさっさと逃げ出す=帰るのが得策か。


 そう判断した俺は愛奈の手を掴もうとしたが、それより先に愛奈の前に立ちはだかるヤツがいた。今にも髪を逆立てそうな怒気を放つ元哉である。


「てめえか! 博武をたぶらかした女ってのは!?」

「わっ! 先輩に負けないぐらいイイ身体をした目つきの悪い人に威嚇されましたヨ、こわっ!?」

「誰が今にも殺しをかましそうな目をしてるだコラァ!!!」


 そこまでは誰も言ってねえよ。


「待て元哉。一応は俺に会いに来た後輩をいきなり脅すのはどうなんだ。お前ひとりの行動で水泳部全体が怖がられたらどうする」

「知るかボケ!!」


「赤柴くん? 後輩と女の子には優しくしなさいって……いつも言ってるわよね?」

「……ぐっ、わかった。マネージャーに免じてココはこらえてやる」


 こっわ。

 マネージャーの冷たい声音によって体感温度がグッと下がったぞ今。さすがの元哉も水泳部最恐のストッパーにまで刃向かおうとはしないのだ。


「……愛奈。その前に立ってる男の名前は赤柴元哉といって、俺の友達なんだ」

「ああ! あなたが赤柴先輩だったんですネ! お噂はかねがね……」


「おっ、なんだ。もしかして俺のファンなのか?」

「赤柴先輩というより水泳部全般が好きなんでス。主にそのからd」

「よせ、それ以上お前の趣味嗜好に満ちた怪しい目をみんなに向けるな」


 慌てて愛奈の口を塞ぐ。

 過剰な筋肉フェチの犠牲者は、俺一人で十分なのだ。

 

「えーと元哉。コイツは蜂丈愛奈と言って、おそらくお前を含めたみんなの誤解の元凶になっている――」

「何をいまさら! この子がお前のコレ(※小指を立てるサイン)なのは周知の事実だろうが」

「それは事実じゃない虚構だ。さもなきゃ誰かの妄想か行き違いだ」

「……ぷはっ。よくわかりませんけど、いま先輩はあたしとの関係で揉めてるんデスカ?」

「俺もなんでそうなったのかはわからないが、そういう事らしい。あ、ちょうどいいから愛奈よ。お前からも言ってやってくれ、別に変な関係ではないって」


 俺の言葉を咀嚼しているのか。何かしら考えた素振りを見せた愛奈が「ふむ」と手に顎をあてると、すぐにニパッとイイ笑顔を浮かべながらくるりと短いスカートを翻す。


「先輩のいうとおり、あたしと先輩は変な仲ではありませんヨ♪」

「じゃあどんな関係だ!?」


 他の水泳部部員達が「そっかー」「だよなー」「博武くん女っ気ない水泳一筋だし」という感じで納得する中、元哉だけがいまだに喰ってかかる。だがまあ、本当に変な仲ではないので何もやましく思うことはない。


 ――そう考えた俺が、甘かった。

 愛奈が突拍子もないヤツであるという、大事な部分が抜け落ちていたのだ。


「そりゃもちろん、大変具合のいい肉体関係に決まってますヨ♡」

「…………えっ?」


 この爆弾発言を何段も飛び越えた、拡散波動砲発射装置をボチリと押すような言葉がぶちかまされた瞬間。俺を含めた周囲の時間は停止した。

 そう感じる程に全員がビシリと身体が固まり、あの元哉でさえも驚きのあまり純粋な少年のように訊きかえしてしまっていたのだ。


「……すまん、よく聞こえなかったようだぜ。もう一度聞くぞ? お前と博武はどんな仲だって?」

「だから、肉体関係ですってば。繰り返しましょうか? 肉・体・関係デス! お互いにもう相手の身体がないと満足できないディープなアレですよ、あ・れ♡」


「………………?」(←博武に対して『マジで?』という顔を向けている)

「嘘だから。真に受けるなよ元哉」


「嘘とはなんですか先輩!? アレですか、溜めこんだものを発散させるだけ発散させたらいらないからもうポイってヤツですカ! あたしとの濃密な日々は遊びだったんですか! 所詮、遊びの関係だったト?!」

「……愛奈、お前ってヤツはほんとに――」


 お前に頼ったのがアホだったよ。

 今更手遅れなのは明らかだが。


「み……み……見損なったぜひろむううううううううう!!? 水泳と女、もとい彼女を天秤にかけるどころかヤリすてるとか言語道断!! この男の恥さらしにしてドクズがあ!!!」」

「誤解だ元哉!? いや、元哉だけじゃない、水泳部の皆もそんなゴミを見るような目でみてくれるな?! こ、コイツが言ったのは……そう! いわゆる比喩表現というか例え話的なアレでだな――」


「エ? あたしが先輩の身体(筋肉)に癒されたのは事実ですし、その逆もまた然りで。なんだったらいつもあたしのおっぱいガン見してるし、(抱きしめてる時に)触って嬉しそうにしてるのでは?」


 お前もう、ほんと黙れや。

 頼むから仮にそれが事実だとしても、人の性癖を堂々と暴露するのはやめてくれ……頼む、ほんと頼む。


 ――あと、俺に向けられてるこの大量の殺意を責任とって晴らしてくれ。


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