第24話:水泳と女、どっちが大事だ!!(※大変な誤解です)
赤柴 元哉。
コイツは鳶瑞 博武の同級生であり、最も付き合いの長い水泳仲間だ。
小さい頃から何かと張り合う仲であるコイツとは友達でありライバル。見た目が目つきの悪いツリ目のあんちゃん風な元哉は、気に入らない事があると手が出るのも早く、その辺のアホが突っかかってきた際にはあっさり返り討ちにしてしまう。
しかし、コイツが下らない理由で自分から手を出した事は俺が知る限り一度もない。ケンカが好きなわけでもなく、あくまで迫る火の粉を払っただけ。本人は頑なに否定するが、実はとても動物が好きで捨て猫なんて見つけた日には飼い主が見つかるまで世話をするのだろう。実際、何度かあったし。
そんな元哉は、こと水泳においてはとても真剣である。
だから…………、
「のこのこ帰ってきた俺が気に入らないか」
「ったりめえだボケが!!」
泳ぐ前にウォーミングアップでもしてたのだろう。ジャージ姿の元哉が吼えた。
「てめえはどんだけの間ココに来なかったと思ってんだ! ああ、確かに負い目はあるだろうさ? 九錠からドクターストップもかかったわな」
「九錠先生を呼び捨てにすると後が怖いぞ」
下手したらあの地獄耳でキャッチして、いますぐシバきにきかねない。そんな俺の心配をまったく気にせず、元哉はずんずんと詰め寄ってくる。
「んなのはどーだっていいんだよ! 俺が気に入らねえのは、てめえが一人で勝手に悩んで! 責任を感じて! 水泳から離れたことだ!!」
「……すまない、心配してくれたんだよな」
「誰も心配なんかしてねえーーーーーーーーーーーーーーー!!」
耳がキーンとする程の大声をあげる元哉だが、こんな応酬は俺にとって日常茶飯事だったので驚くことはない。
「ちっ、まったく、まったくだぜ! 戻ってくるならくるで、一声かけるのが筋ってもんじゃねえのか、ああ!?」
「そうだな。だからこうしてプールまで足をのばしてみたんだ。きっとお前がいると思ってさ」
舌打ちしながら背を向ける。
そんなツンツンした態度をとっている元哉は……多分、感情の激流で涙を滲ませているのだろう。そりゃあ俺の方なんて見れないよな。
あえて指摘もしないし、口にも出さないが、せめて心の中で謝らせてくれよ。
きっとお前が一番……俺が水泳部を離れるのが許せなくて、同時に心配をかけただろうから。
「元哉」
「んだよ!?」
「さっきコーチと話してきてな。復帰を許可してもらえた」
「……都合のいい話だな?」
――ほんとだよな。
「今度は身体を壊したりなんかしない。今度こそ目標の大会に出て、ちゃんと泳ぎきりたいんだ」
「…………」
タオルで顔をぐしぐしとぬぐった元哉が改めてコッチへ向き直る。
さっきから周りには「なんだなんだ?」と元哉の怒声を訊きつけた水泳部員達が集まっており、ちょっとしたギャラリーが出来上がっていた。
「ちょうどいいから皆も聞いてくれ。まずは……謝らせてほしい、すまなかった」
俺がしっかりと頭を下げても、誰も何も言わなかった。
元哉もそうだが簡単に受け入れてもらえるとは元々思っていない。口だけの謝罪なんて誰も求めてもいないだろう。
だから俺は、態度と行動で示さなければならない。
「今の俺はみんなの期待を裏切ったヤツで、エースなんて口が裂けても言えない。俺自身は次の大会を目指してやっていくつもりだけど、離れていた分の衰えは隠しようもない。だから……ってわけじゃないが、必要に応じてサポートにも回るし、何かアドバイスを求められたらいつでもしてやりたい」
少しだけどよめきが起きた。
故障前の俺なら、きっとこんな言葉は絶対に使わなかっただろうから。
「最終的にはこの水泳部のメンバーで勝利できれば、俺が泳ぐだのどうだのは二の次だ。……今から再スタートになるんだ。せめてみんなの足を引っ張らないように努めたい――改めてよろしく頼む」
迸りそうな気持ちだけが先行したような風だったが、俺は言いたい事はなるべく伝えたつもりだ。どこかの誰かさんのアドバイスに則って。
『いいですかー博武先輩♡ 伝えたい事があるなら臆さず隠さず、全部最初に言っちゃえばいいんですヨ。何か問題があるならその後どうにかしましょ♪』
脳天気そうではあるが、正しいとも思う。
少なくともあいつの気楽そうな言葉が、俺の不安を少なからず取り払ったのは確かだろう。
なんとも不思議なものだった。あいつの素直さにあやかっただけで、どうにかしてやるって気持ちが大きくなるのだから。
しばらく、プールサイドがしんと静まり返る。
別にココで受け入れてくれなくてもいい。ゆっくりと時間をかけて以前のように、いや、以前よりもっと良い方向へ進めればそれでいい。
そう思ってプールから離れようとした時、
「お帰りなさい鳶瑞くん。でも、そんな仰々しい態度はいりませんよ」
人の輪の向こうからマネージャーが前に出てきて微笑んだ。
「言われなくてもコキ使います。それと、どれだけ衰えたのか知りませんけど鳶瑞くんより速く泳げる人なんて元々そんなにいないので。大会で勝ちたいんだったら早く調子を取り戻して、ぶっちぎりで泳いでもらわないと」
マネージャーの言葉を後押しするように、部員達が「そうだそうだ!」「お帰り先輩!」「早速ボクの泳ぎ見てくださいよ」「負けませんからね!」と声をかけたり、親指を立てたりしてくれる。
いかん、想定外だったのでちょっとじわっときてしまった。これじゃ元哉を笑えない。
涙声になったら恥ずかしかったので、俺はもう一度深く頭を下げる。
今度こそ大きな歓声が、プール中に響いた。
◇◇◇
「おい博武。まだ俺は認めてねえからな」
「ああ、わかってるよ」
「その『おまえ、ツンデレだもんな?』みたいな顔はやめろ!!」
それは誤解だ。
素直じゃないなとは思ったが。
「どうしても水泳部に戻りたいならなぁ、ハッキリさせなきゃいけねえ事があんだろが」
「なんだ? 言ってみてくれ」
「……てめぇ、水泳部から離れてる間に何してた」
「何って……基本的には怪我の治療と療養。あとは市民プールの手伝いとかだな」
「誤魔化すんじゃねえ!」
誤魔化すどころか嘘偽りのない真実なんだが。
「わかってねえようだから質問を変えてやる。博武てめぇ、水泳と女とどっちが大事だ!?」
「……は?」
「しらばっくれんな! マネージャーが見たんだよ、てめぇがこの学校で有名な一学年下の後輩ギャルとひと夏のあばんちゅーるに出発するのをよお!!!!」
え、なんだそれわ。
「ひと夏のあばんちゅ~る~?」
「そうだ! アレだろ! 水泳部を離れたのはその女のせいなんじゃねえか!? 聞けば相当可愛くてエロイ体をしてるヤツらしいが、てめぇはその後輩の色香に溺れたに違いねぇ!! ストイックな生活をしてたお前は、自分の肉欲をおさえきれずに水泳を捨てたんじゃねえのかあ!!?」
待て待て待て待て待て待て!
何をどうしたらそんな話になるんだ!?
「マネージャー!? 何をどう誤解すると元哉がこんな頭おかしい妄想に憑りつかれるんだ!!」
「……ごめんね鳶瑞くん。あなたのことは信頼してるけど、私はただ単にこの眼で見たことを赤柴くん達に伝えただけなのよ。……そ、それでその……実際どうなの?」
興味津々といった様子のマネージャー。ダメだこりゃ、この人は味方ではなさそうだ。
「どうも何も、目撃した女って愛奈のことですよね? 別に俺はあいつと水泳を天秤にかけたことなんか一度もな――」
「おい鳶瑞! お客さんだぞ!!」
俺の声をさえぎったのは、プールに顔を出したコーチの声だった。
その直後、さらに別の明るい女の子の声が聞こえてくる。
「博武せんぱーい♪ あなたの愛しの愛奈ちゃんが様子を見に来ましたヨーー♡」
さっきまで俺を温かく迎え入れてくれた水泳部の面々。
その視線が一気に突き刺さるものに変わったのは、気のせいだと思いたい。
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