おかしな水泳部の面々 編

第23話:迎えてくれた水泳部の面々の様子がちょっとおかしい

 夏の初体験は、まあ色々あった。

 愛奈に連れられて同人即売会とやらに駆り出された事に始まり、サークルスペースでコスプレの売り子をするわ、九錠先生にバッタリ会うわ、愛奈を励ましながら添い寝をするわ。


 あまりにも濃すぎて気軽に思い出すのも難しい。

 結局二人揃って寝こけてるのを九錠先生に「やっぱりな」みたいな生温かい表情で見られ、バカな事をしでかしてないかチェックされまくり結局ホテルにお泊り。

 翌日は愛奈に連れ回されるままにお守り役として活動開始。滅多に行くことがない都会の各所や余った時間で即売会二日目を見て回る等々。とても新鮮かつ知らなかった世界に触れることができた。


 この予想外の遠出は、総じて楽しかったと言っていい。

 ただまぁ、他人から見れば「ハッキリしろ!」と怒られそうな出来事が最後に待っていて、それについてはどうしたものかと思わなくもないのだが……。


「……で、これからどうしたいんだお前は」

「それなんですが」


 いま大事なのは、水泳部のロッカールームで一度は逃げ出した俺にちゃんと向きあってくれているコーチと、今後についてちゃんと話す事だ。


「迷惑をかけといて言えた義理じゃないですが、水泳部に復帰したいです。……次の大会――今年出れなかった分、来年の大会を目標にして」

「なるほど、リベンジがしたいって訳だ」


 長身かつガタイのいいおっさん(コーチ)が顎をなでる。

 気難しいところもあるが、このコーチの根底は男らしさたっぷりの熱血系。ただその分、ルールを破ったり大切な物を大事にしないヤツには普通に荒く出るタイプだ。

 俺は故障が原因とはいえ既に一回ヤラかしてしまっているため「ふざけんな!!」と怒鳴られても仕方なく、下手すれば復帰を認められない可能性だってある。


 それでも、だからこそこの人に話さねばならないのだ。

 自分の失敗を受け止めるために、筋を通すために。

 

「……いくつか訊きたい事がある。偽りは許さねえ」

「わかりました」


「お前自身、身体の調子はどうなんだ」

「故障した時と比べたらすこぶる良いですよ。変に痛むこともありません」


「九錠先生からはなんて言われた。そもそも訊いてすらいないか?」

「たまたま出先で話せる機会があったのでその時に話してます。以前の診断どおり、ちゃんと治療にあたったのだから大丈夫だと」


「……それだけか?」

「いえ。もしまたオーバートレーニングをした場合、同じ目に遭うと思えと注意されてます。逆に、注意さえしていれば問題ないとも」


「そうか……まああの先生はヤブじゃねえ。信頼できる」

「ですね」


 それから少しの間、コーチは黙ったまま考え込む素振りを見せた。

 半袖半ズボン姿で足を組むその姿は、新聞と煙草を持たせたら競馬に熱中するおっさんのようだ、とは俺達水泳部連中の共通認識である。口にしたらぶっ飛ばされそうなので誰も言わないが、とてもこの人らしいポーズでもあった。


「……お前が顔を出さなくなってしばらく経つな。勘を取り戻すのだって楽じゃねえぞ?」

「覚悟の上です。……といいますか、雑用や皆のサポートをやれと言われれば全力でやるつもりでした」

「それじゃお前が泳げないだろ。戻る意味がねえ」

「意味ならあります。大会で勝とうとしてたあいつらに違う形で協力できる。俺が故障して一番悔しかったのは、みんなの気持ちに応えられなかった事ですから」


「バカ野郎」


 コーチがぴしゃりと言い放つ。


「散々泳ぎだけに集中してきたお前が、今更サポート役に回ったからってあいつらの力になんかなりゃしねえんだよ」

「うっ。それでも、それでも俺は――!」


「どうせなら仲間が期待した泳ぎで魅せてやる覚悟でいけ。俺が、お前らみんなを勝利に導いてやるってな」


 コーチに掌で制されて、俺はもう何も言えなかった。

 その手の向こうで挑発的な笑みを浮かべられてしまっては仕方ない。


「鳶瑞。お前がやりたいようにやってみせろ。少しでも腑抜けそうになったら引っ叩いてやる」

「あ、ありがとうございます!!!」


 俺は椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。

 そしてもう一度、感謝の言葉を口にした。


「あー……ところで鳶瑞。念のため訊きたい事があるんだが」

「はい?」

「お前、ショックで休んでる間に……その、なんだ。怪しい宗教に勧誘されたり、性質の悪い集まりに参加したりなんてことは、ないか?」


 熱血系のコーチにしては珍しく歯切れの悪い問いだ。

 しかし、まったく身に覚えがないのでどうしてそんな事を訊かれるのかがわからない。なのでキッパリこう言った。


「ないですね」

「そうか……ならいい。体を壊しかけるほど水泳にストイックなお前だ。早々変なヤツには引っかからないだろうしな」

「はぁ? まあそうですね???」


 まごまごしているコーチに対して、俺はそう返すしかなかった。


 ◇◇◇


「失礼しました」


 話し合いの場から退出。

 それから俺が向かったのは懐かしき水泳部のプールだった。


 今日コーチに話をつける前の時点で、水泳部の仲間達には俺が顔を出したことは知られている。というか、バッタリ会っていた。


 さすがに上級生の先輩達は引退が近いのもあって居なかったが、同級生と後輩の仲間達は時間さえあれば泳いでいるのだから当然ではあるんだが。


「……大分余所余所しいというか、なんか変な態度だったよなぁ」


 しばらくぶりのヤツと会って気まずいのはわかる。俺だってそうだ。

 ただ、てっきり無視されるか罵声のひとつでもあるのかと思っていたので、


『博武くん! あの……大丈夫だったッスか?!』

『お、おお?』


 ものすごくガチめに心配されたのは意外も意外だった。

 アレは最早『悪党に連れ去られて行方不明者が無事に戻ってきた』ぐらいのものなんじゃなかろうか。

 一方で、水泳部が誇るクール美人なマネージャーはというと、


『鳶瑞くん……ううん、これからは鳶瑞サンって呼ばないとね。あなたと私たちには、もう絶対的な経験の差ができてしまったんだから』

『ドラマのネタか何かですか?』

『いや! いいの、今は深くは聞かないわ! でも機会があったら是非とも教えてね、今後の参考にするから!!!』


 これまた変な距離感ができていた。しばらく水泳部に来てなかったせいで話す感覚を忘れてしまったとかだろうか。わからん、ほんとにわからん。


 そんなことを思い出しながらプールサイドに到着すると、まるで俺が来るのがわかっていたかのように待ち構えているヤツがいた。


「よぉ、博武。久しぶりだな……どの面下げて顔を出しに来た」

「……ああ、顔も出さなくて悪かった。こんな顔だけど、想像してたとおりか?」


 一番長く一緒に泳いだ、一番付き合いの長いチームメイト。

 赤柴元哉あかしばもとやの顔面には青筋が立っていた。

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