第22話:励ましの言葉と心地よさと

「ボディビルダーのようなゴリゴリのマッチョもいいんですが、あたしが大好きなのはしなやかな筋肉が一見細身に凝縮されてて服の上からだとわかりづらいけど、脱いだらスゴイんです的なアレでして――!!」

「話の腰を折ってしまうが、先に進んでくれ」

「えっ、人をこんなに火照らせといてですカ!? そんな殺生ナ?!」

「わかったわかった! 一回だけ好きな場所に触ってイイから!」

「え、マジですか。じゃあこ、股か――」


 それは勘弁してくれの意を表すため、俺はガッチリ股を閉じて手が入る隙間を消した。巻き添えで愛奈の足を挟んでしまったが、さすがに今そのラインは超えては励ますどころの話じゃないのだ。


「ぶー、ぶー」

「許せ、そこは男の聖域だ」

「精逝き?」

「絶対字が違うだろ……」

「ソンナコトナイデスヨー……あ! そういえばあたし、パイセンに言いたい事があったんだっタ!」


 目を泳がせたかと思いきや、ノリと勢いで誤魔化すように愛奈の話題が急転換する。


「こないだ先輩は『可能な限りなんでもお願いを聞く』って大変魅力的でありがたい提案をしてくれましたけど、アレは良くないでス! そんなことしてると今に大変な目に遭いますよ」


 こ、こいつ……その大変な目とやらに自分が遭わせてる自覚がないのか。大物だな。


「そうならないように可能な限りって言ったんだよ」

「今度からは自己判断で厳しい物は不可、と契約書に書いたほうがいいです」

「わかった、イベント会場に無理矢理連れてくのはNGにしとこう」

「それはダメ」(キッパリ)


 おいこら。


「まあこの件については後々代案があるので伝えるとしまして……。そう、それで理想の筋肉が描けなかった私は、あのプールに行ったわけです」

「なんで筋肉を描けないのにプールなんぞに……」

「話せば長くなるんですが――」


 この後、愛奈の話はまとまりがなく本当に長かったので要約するとこうなる。

 理想の肉体が上手く描けない愛奈は、ならば現実でソレに近い物を観察しようと考えた。第一候補は海だったが、当初の愛奈は見事なカナヅチ。そこでプールで泳げるようになる → 海へ行く → YES!! の流れで行こうとしたらしい。


「したら、プールでまさかの運命的な出会いがあったわけデス」

「仰々しい言い方だ」

「溺れてるところを助けてくれた人がドストライクの身体の持ち主な上に、水泳部のエース。大分お人よしでお願いしたらつきっきりで泳ぎも教えてくれて、カナヅチを克服できたってだけで十分ドラマチックでしョ!」

「た、確かに……」


 そのあとソイツは挫けた心を立て直し、水泳を再開する決意を固めたわけだしな。

 ……ドラマチックなのは愛奈だけじゃない。俺もコイツにとても助けられてる。恩人といって良い。

 そう思えたからココでこうしてる訳だしな。


「先輩のおかげで絶望の淵から這い上がれますよ。師匠と同じように『二次創作はまぁまぁだけど、オリジナルは微妙』とか言いおった編集の人もまとめて見返すチャンス到来です!」

「ああ、良かったな」 

 

 コイツもコイツなりに葛藤している。

 その事実が共感を呼び、俺の心のブレーキを外した。一気に愛奈がいとしくなって、要求されるまでもなく抱き寄せてしまう。この初めて感じる強い気持ちがなんて呼ぶのかはわからないが……少なくとも頑張って立とうとしてる愛らしい子猫や子犬に感じるものには近い。


「ふえ?」

「頑張ったな愛奈」


 すっとんきょうな声に被せるように、愛奈の耳元で励ましの言葉を囁く。


「お前には助けられた。訳わからん時もあるし振り回される事もあるが、お前が俺を救ってくれたんだ」

「……あ、あの」

「正直、絵や漫画の事はよくわからない。けど、愛奈の絵は良い絵だよ。少なくとも俺はそう思う」

「…………」


「二次創作が上手いけどオリジナルは下手? だからなんだ。そんなのお前ならすぐに越えられる。明日の愛奈は今日の愛奈より先に進んでるんだ」


 たとえどんなに短い一歩でも進むのは大事な事だ。水泳がたったひとつの動作でタイムが変わるように。


「俺は伊達や酔狂で『なんでもお願いを聞いてやる』なんて言わない。それだけの事をしてもらったと考えたからそうするんだ。改めて愛奈が望むなら、いくらでも協力してやる」


 だから――。


「だから、たくさん休んだら満足するまで頑張ってみよう。無理はせずに、な」

「…………」


 幼子をあやすように頭をなでながら、俺は言葉をかけ続けた。

 愛奈からは何の返事もない。果たして今の言動をどう受け止めたのかはわからない。


 ただ、彼女がそう望んだのだから。

 俺は出来る限り、励ましてやるだけだ。


「…………ふふふっ♪ せんぱい、励ますの上手じゃないですか」

「スポーツで誰かの応援をするなんて日常茶飯事だからな」

「なるほど……納得デス。ふわぁ……なんか急にすごく眠くなってきちゃいました」

「寝ればいい。九錠先生が戻ってきたら起こしてやるよ」

「はい……じゃあ、お願いしま……ス♡」


 顔を下げると、とろんとした愛奈の目蓋が完全に落ちていくところだった。

 よほど疲れていたのか、はたまた寝つきがいいのか。すぐに穏やかな寝息が聞こえてきて、ホッと一安心だ。


 空調がしっかりしてるとはいえ身体が冷えるといけない。近くにあった薄いかけ布団を愛奈にかけて、それから起こさないように俺はベッドから離れようとする。

 だが、身体を離そうとした時に何かが服を引っ張られた。ソレは寝ているはずの愛奈の手で、彼女のおねだりを伝えようとしているかのようだ。


「……おおせのままに」


 軽く呆れながら添い寝を続行すると、心なしか愛奈の表情がさらに緩んだ気がする。

 そのままの体勢でいると、俺にも眠気がやってきた。寝てはマズイと感じつつも、強烈な睡魔とほぼ密着している後輩ギャルの心地よさには抗えず……。


 一分も経たない内に、俺の意識も沈んでいく。

 


 ――その結果、九錠先生に色々とお叱りを受けるハメになる事を、この時の俺はまだ知らなかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここまでお読みいただきありがとうございます!

本エピソードにて、また一区切りとなります。


もしよろしければ、

イイネと感じたら『♡』を。


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次回からは水泳の話になります。

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