第33話:帰り道のもちゃもちゃ


「何のつもりだったんだよ」

「はへ?」


 プールからの帰り道。

 ゴリクマさんと今後の予定を決め、ある程度泳ぐ練習を終えたあと。

 俺は愛奈に尋ねていた。


「あたしが全部払いますってアレ。どこまで本気だった」

「本気も本気、マジもマジですヨ」


 少し前を歩いていた愛奈がペースを落とし、俺の腕に自分の身体を絡ませながら気さくに返してくる。必然的に押し付けられてくる胸の柔らかさとコッチにかけてくる体重で歩きづらくてかなわない。


「あたし~、それぐらい先輩のことを気に行ってるのデ~♪」

「そう思ってくれるのは有り難いが、納得はできないぞ」

「やだもう理屈屋さんなんだから♡」

「理屈屋だろうがなんだろうが、今は真面目に訊いてる」


 答えたくないならそれでもいい。

 ただ、知ることができるのなら知りたいと思うのが普通ではないか。

 それほど、さっきの愛奈の行動は常識とはかけ離れているのだから。


 そんな俺の意志が伝わったのか、はたまた愛奈も元々説明しようとしていたのか。

 人目もはばからず過激なスキンシップをしてくる後輩がはにかんだ。


「んー……こないだの即売会が終わった後に話したの覚えてまス?」

「どれだ」

「『一方的にお願いを聞こうとするのは変』ってヤツですヨ」


 それならばすぐに思い出せた。

 休憩中に愛奈が俺に言った言葉だ。


 こいつ曰く、なんでもお願いを聞くなんてのはおかしい。だから、あたしに対してそうしたいんであれば、今度からは同じレベルのお返しをするようにします。だったか。


「その1! 相手の要求・お願いには可能な限り応える!」

「その2。応えたあとは同レベルのお礼・お返しをする、だな?」


「デスデス♪ 一方だけが全力で甘やかすとロクなことになりません。大丈夫そうに見えてもいずれは相手に依存しすぎたり、不満を感じてしまいマス」

「わからんでもないが……ルールを設けるほど危ういかは計りかねるな」


「難しく考えなくてもいいんデスよ。持ちつ持たれつが一番いいんじゃんネ☆って話なだけですから。でも先輩はハッキリ決めておかないと、いつか盛大にやらかしそうですねェ。借金地獄とか」

「言っておくが金の使い方はそれなりにしっかりしてるぞ、俺はな」


「いきなり相手に二十万払おうとした人が何を言いますか?」

「愛奈だってやろうとしただろうが!」

「その気になればポンと払えたあたしと分割払いで賄おうとした先輩。さてさてどっちが感覚的に合ってますかねェ?」


 によによしながら俺の顔を見上げてくる愛奈に、上手い言葉がでてこなかった。この気持ちを、うまく言語化できないのがもどかしい。


「……合ってる合ってないとかじゃない。なんて言えばいいのか、俺が払うべきものをお前が払うっていうのが……腑に落ちなくて」

「あ、やば♡ 今の苦しげな表情キュンときました。ねえねえ、ちょっとご休憩しながらもっとよく見せてくださいよ♡」

「疲れたのか? けっこう泳いでる時間長かったからな」


 少し進んだところにある公園のベンチまで移動して、二人並んで腰掛ける。

 愛奈がご休憩とか言い出したタイミングでちらちら見ていた宿泊施設は、全力で見なかったことにした。


「え、いきなり野外プレイとかだ・い・た・ん♡」

「お前が何を言ってるのか理解したくない……」

「この辺で本能に任せて押し倒したりその辺に連れ込もうとしない辺り、博武先輩だなーって感じます♡」

「…………」


 さぞかし今の俺はげんなりしているだろう。表面上は、だが。

 正直に言うのであれば俺は俺で男として溜まっているのだ。だから、愛奈よ。あんまり変な戯言はよしてくれとも思ってしまう。


「もしかしなくても、男に尽くしたいタイプか?」

「ぶっぶー、違いまーす。愛奈ちゃんはそんなタイプじゃありませーんっとぉ」


 じゃあ、なんなんだ。

 そう訊き返すより先に、愛奈がと俺の膝上に倒れてきた。

 その状態が即売会時の膝枕を思い出させたので、リュックのポケットに入れてあった冷たい水で手持ちのタオルを濡らしておでこを冷やし、まだ水が残っているペットボトルは頬にあててやる。


「少しはマシか? 気分が悪いならそのままじっとして――」


 看病モードに入った俺がアレコレしていると、愛奈からくすくすと漏れる笑い声が聞こえてきた。その様子からして、俺の早とちりだったようだ。


「おどかすなよ……」

「先輩が勝手に驚いたんですよーだ。でもせっかくなんでもうちょっとゴロゴロさせてください、太腿の筋肉を味わいたいので」

「暑いだろ」


 炎天下ではなく、日が沈むのも近い時間。

 それでも夏の暑さは健在なのだが、今の愛奈はそれを気にする様子はない。代わりにどこかしっとりした空気を漂わせている。

 

 お互いにわずかに纏うプールの匂い。

 夏の香織。

 それらに、頬に触れてきた陽気な後輩の甘さが混じっていく。


「先輩」

「ん」

「あたしは、自分がどうしてそうしたのかを簡単に説明できないんデスよ」

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