第34話:交わしたソレを忘れない
いつもの明るくて軽い口調はどこへいったのか。
本人的に茶化せない話をする時、この後輩ギャルは物憂げな表情とトーンで話す。まるで独り言のように。自分自身でその意味を確かめるように。
最近それがわかるようになってきた。
「難しいことはわかりません。考えたくもありません。苦手だから……上手に言えた気になれないからデス」
「……」
「先輩のことが気に入ってるのは嘘じゃないデス。本当にそう想ってます。きっとコレが、『好き』ってものなんじゃないかなーと」
いきなり飛び出てきた単語に心臓が跳ねる。
それは、告白となんら変わらないのではないか。
「ただ、どうにもしっくりきまセン。これはライクでしょうカ、それともラブなんでしょうカ。あたしにとって先輩は、あるいは先輩にとってのあたしは友達ですか? それとも恋人になろうとしてる途中なんでしょうか?」
「お前が何を言いたいのかはイマイチ掴めないが……そうだな」
俺も熟考は得意な方ではない。
そんなことに時間を使うのであれば、とにかく泳いでいたいと考えてしまう性質だ。その辺りが周りから水泳バカ扱いされた原因だろう。
「少なくとも赤の他人じゃない。単なる先輩・後輩とも違う。知り合いは……大分遠いし、物寂しい気がするな」
少なくとも、今挙げたすべての関係では中々このような状況にはならないだろう。
誰もが通る可能性がある外の公園のベンチ。そこで休憩してる体で、女の子に膝枕なんてしやしない。
「それで友達か、恋人かって?」
「ハイ。単に思いついた単語を口にしただけですケド」
「う~む~~~~~」
「そう唸っちゃうぐらいにはよくわからないですよねぇ?」
「……そうさな」
友達、はまあいいとしてもだ。
恋人は何か違うだろう。少なくとも告白したわけではないし、OKを貰ったわけでもないのだから。ならば、俺達の関係はなんと表わすべきなのだろうか。
「あ! 第三の候補が浮かびましたよ」
「ほう、言ってみ」
「セフr――!」
それは絶対違うので、俺は愛奈の口を掌で塞いだ。
「毎回のことだがそういうのを大声で言うなバカ。恥ずかしくて仕方がない」
「もがもが……ぷはっ。そうやって照れちゃう先輩が見たくて、つい♡」
「なんでお前は平気そうなんだよ」
「ふっふっふ、それはきっと同人界隈や女子友達トークにおいてもっとディープな会話が繰り広げられるからでしょうネ」
どっちも掘り下げたくならないな。
「あまりやりすぎないようにしろ。変な方向に勘違いさせるぞ」
「ふ~ん? 先輩がですか?♪」
「その質問には黙秘権を行使する」
「男の人がえっちなのは全時代共通なので気にしませんヨ♡」
「だから……そういうのがだな」
「あたしとソウイウ事したく、なっちゃいますカ?」
人がせっかく濁してるのに、コイツというヤツは。
なぜぶっこんでくるのか。
「………………………………~~~~~ッッ」
「わわっ、ちょっとちょっと。その苦悩っぷり、ガチのヤツじゃないデスか」
「ソレ伝わったなら少し自重してくれ。頭を動かすのもな。コレでも大分堪えてるんだ」
割と決壊寸前だが。
「え~~、……あ、ハイ。理解しました、すみませんデス、はい」
さすがにナニカに気づいたのだろう。珍しく愛奈が困った様子で頬を赤くするのを見ることができた。
ココが外でよかったというべきか、残念がるべきか。
愛奈のノリ発言に乗っかってどこぞへ入り込んでたら、容赦なく一線を超えていたのではなかろうか。
「よし、そろそろ起きてくれ」
「ん~~……もうちょっとだけ、この筋肉の味わいをぉぉ」
「お前全く懲りてないな?」
「いえいえ、これでも割と懲りてますんで。もうほんとにゴリゴリですヨ」
……多分、懲り懲り(こりごり)と言いたいんだろう。
「ん~、でも先輩ならイイかなって考えちゃうあたしがいタリ――」
「なにを小声でぶつぶつ言ってるんだ?」
「なんでもないですヨーダ♪」
勢いをつけて立ち上がる愛奈がにししと笑ってみせる。
さっきまでウダウダしてたくせに、なんとも自由なものだ。
「めんくさい考えはポイしてですね、あたしが先輩に構ってちゃんする理由が今なら言えそうですよ」
「その心は?」
「先輩があたしの推しメンだから、デス♡」
なんともあっさりと、愛奈は言ってのけた。
「推しメンに協力的なのは当たり前。必要とあれば愛をお金に変えて届けてもみせましょう♪ これぞ推し活!」
「推し、なぁ……」
「安心してください。下心120%のいやらしさ満点なので♡」
「安心できる要素がひとつもないぞ」
「え~、人がせっかく純粋な推し活愛を語ってるのにぃ~」
「推してもらうのは嬉しいが、それだけじゃダメだろ」
「んん?」
「相手の要求・お願いには可能な限り応えて、そのあとは同レベルのお礼・お返しをする、だろ?」
愛奈が決めたルールを俺が復唱すると、目の前のそいつはとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。キラキラ輝いていて眩しいばかりだ。
「先輩、二週間後に向けて頑張りましょうね♡」
「ああ、もちろんだ」
「さて、今のはあたしが先輩にお願いした形になるんだと思われますネ。それでは同レベルのお返しを考えなくちゃいけません」
「……そう、なるか?」
「なるなるデス。で、あたしちょっと考えたんですけど……先輩にはこんなのはどうかなぁって」
ゼロ距離まで近づいてきた愛奈が、こっしょりと耳打ちをしてくる。
「勝負がイイ感じに決着したら――――ご褒美としてあたしのこと一日中好きにしていいデスヨ♡」
「おまへっ!?」
「あ~~、先輩顔あか~い、やーらしー♪ 好きにするって聞いて一体どんな想像したんですかァ~♡ もう、えっ・ち♡」
そこまで言われては我慢ならない。
めちゃくちゃ煽ってくる脳内ピンク色の後輩に向かって、俺はこう言ってやった。
「お前の考えより100倍はエロいぞ」
健全で思春期な青少年の妄想力を舐めるなよ。
後日、不用意な発言を後悔させてやるから覚悟しておけよ蜂丈愛奈。
◇◇◇
そうこうと色々やってる内に。
――勝負の日が、きた。
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