【番外】集中できない図書館
「うぅ……つまんナいよ~、疲れたよゥ~」
「……投げ出すのが早すぎやしないか?」
テーブル向かいに座っているワンピース姿の愛奈が、ぐでーんとスライムのように全身で机に突っ伏す。図書館の一区画に用意された勉強用スペース――要は外――にいるというのに、まるで家にいるかのようなだらけっぷりだ。
見栄えをかなり気にするギャルの一人としてそんな姿を他人に見られても平気なのだろうか。……まあ、室内にいるのは今は俺達だけで、小声以外に聞こえるのは冷房の唸り声と頑張ってる蝉の鳴き声のみなんだが。
「宿題が終わらないから手伝ってくれ。そうお願いしてきたのは誰だった?」
「うぐぅっ……先輩がいぢめてくるぅ。意地悪に攻めてくるのはベッドの上だけだと思ってたのにぃ」
冗談か本気かわかりづらい声のトーンだが、その内容は真偽を問わず誰かに訊かれたらエライことになりかねない。主に俺が。
だからこそ注意をこめて愛奈の足をつま先でコツンと蹴った。「あいた」と全然痛くなさそうな呻き声が漏れる。
「連絡してきた時のやる気はどこへいったんだ」
「だってぇ~、先輩のおうちに行く口実も兼ねてたんデスヨ? つまんない宿題をパパッと終わらせて、そのあとは愛のサタデーナイトフィーバーするつもりでいたんデス。なのに、なのに……」
「仕方ないだろ、冷房が故障したんだ。ただでさえうだるような暑さなのに、灼熱の室内での勉強はキツイどころじゃなく、そもそも居る事すら厳しいだろうが」
「ふーんだ、今は正論なんて聞きたくないですよーだ。なんですかまったく、ここぞとばかりにクソ真面目ヅラしてメガネなんてかけちゃって……ちょっと勉強ができるお利口さん気取りですカァ?」
「何度も言ってるが、俺は昔から日常的にメガネかけてるからな?」
正確には必要な時は、だが。
たとえば泳ぐときは邪魔になるので外している。
「せんぱい。眼鏡キャラらしい台詞でなんとか場を盛り上げてください」
「無茶振りか。……あれー、めがねめがね……俺のメガネはどこだぁ」
「ダメ。ボツ。センスが百億年ぐらい古いデス。まだ『おいメスブタ。ほんとのブタになる前にちっぽけな脳味噌を動かせ、さもなければケツをひっぱたくぞ』の方がマシ」
それは最早ただの罵倒だ。
大分あんにゅいな愛奈さんは言いたい放題である。
しかし、気持ちはわからないでもない。
俺だって勉強が好きなわけでは無いんだ。
だのに何故この場にいるかと言えば家の冷房が壊れたため避難してきたのもあるが、ある程度の勉強をしておかないと水泳部で泳ぐのを禁止されてしまうためだったりする。
好きなことをするためには、時に苦行も必要なのである。
――と。
そこまで考えがいったところで、愛奈にやる気を出させる方法が思い浮かんだ。
今のコイツは勉強という名の鞭を喰らい続けてぐろっきーなのだから、それを乗り越えさせる飴を用意してやればいいのではないか。
「愛奈」
「なんですカ、ガリ勉筋肉先輩」
「その宿題が終わったら、泳ぎに行くか」
ぴくりと。突っ伏してた愛奈の耳があからさまに反応した。
「早く終わればその分いいところに――」
「つまり海ですね!!?」
ガバッ! と勢いよく愛奈の頭が上がる。その瞳はキラキラした希望の光に満ち溢れ、もはや夏の青い海しか映ってないようだ。
「待て。誰も海なんて言ってな」
「うーみ、うーみ♪」
「単に俺はいつものプールでだな」
「うみうみうみうーみ☆」
訂正しようとしたが、愛奈の喜びの声がそれを許さない。
俺としては最も自分が気分転換になるもの(※水泳)を提案しただけのつもりで、決して海水浴に誘ったわけではなかったのだが……。
「先輩! この数式はどうやって解くんですか!?」
「この方程式を使うんだ」
「せんぱい! この時の作者の気持ちはどっからヒントを得れば!」
「ああ、多分この辺りを読めば――」
「ひろむん、この英文を訳してくだサイ♡」
「直接答えを聞くな!」
などと問答を繰り返していく内に。愛奈はさっきまでとは打って変わり、爆速で宿題を終わらせていく。最初からそのペースでやればいいんじゃとも思ったが、これも海という名の飴の効果か。
ますます、海ではなくプールだとは言い出しづらくなった。
「先輩!」
「ん?」
「海、楽しみですね♪」
もう……そんな風に満面の笑みで言われてしまっては「違うぞ」とは言えないな。
しょうがない。ココは言いだしっぺとして、近場の海でも調べることにしよう。
「俺も、楽しみになってきたよ」
「やだ先輩ってば♡ 過激な水着姿のあたしになにするつもりデスか?♡ あ、先に妄想用としてフライングします?」
わざとらしく胸元をグイッと引っ張り、自慢の胸部とそこから生まれる谷間を見せびらかしてきた後輩ギャル。
その脳天に丸めたノートの一撃をお見舞いした。
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