先輩スイマーと後輩ギャル -筋肉フェチに推されて飛び込みリスタート!-
ののあ@各書店で書籍発売中
始まりと水泳教室 編
第1話:ぷろろーぐ
暑くて熱くて篤い夏。
絶好の水泳日和となった終業式の日。
俺は学園外周に設置されたフェンスの外から、水泳部の屋内プールがある建物をメガネのレンズ越しに眺めていた。
以前と比べて少々伸びすぎた髪に濡れてはりつくのがうっとうしい。もし泳ごうものならタイムに影響を及ぼすレベルで邪魔になるかもしれないが、そんな有り得ない事態を想像しても意味は無い。
……ただ、あんなことさえ起こさなければ今頃は仲間と一緒に目標へ向かっていたのかと、自分からあの場所を離れておきながらそう考えてしまう。これが未練というものなのか。
「今更なのにな……」
あえて下校していく生徒達の波とは逆へ――誰もが使う駅とは違う方向へと歩きだす制服姿の俺は、周りからは変に見られるのだろうか。いや、そんな風にいちいち気にするヤツなんているわけもないか。
などとダウナー満載で俯いていたら、ドン! と何かとぶつかった。
「わぷっ!」
そのぶつかったもの――女子生徒が声をあげたのと同時に倒れそうになったのに気づき、急いでその身体を支える。たまたま背中に手を回すような形になってしまったが、転ばせる前に助けられたのでホッと一息吐いた。
「すまん。大丈夫か?」
ろくに前を見てなかった自分が悪いので俺はすぐに謝った。そして、俺の顔を上目遣いに見てくるその女子と目があう。
パッと見で色々遊んでそうなギャルっぽい印象があるその子が、ぱちくりと大きくて綺麗な目を瞬かせた。
「いやー、こっちこそスイマセン! お怪我はないデスか?」
ちょっと独特なイントネーションの言葉を発しながら、ギャル女子がにぱっと微笑む。
今の俺には眩しすぎる程に明るくてよい顔だった。
「こっちは大丈夫だ。悪かったな、帰りの邪魔して」
「全然問題ないデスよ~、むしろ力強さを肌で感じ取れて役得っていいマスか」
「ん?」
「いえいえこっちの話です。……それじゃあたしはこれで、先輩はトレーニング頑張ってくださいねー♪」
身体を起こしたその子は、何故かぽんぽんと俺の身体(※彼女がぶつかった胸辺り)をはたくとニマニマしながら足早に去っていく。俺を先輩と呼んだあたり後輩のようだが……、
「なんでトレーニングを頑張れなんて言ったんだ……?」
理由がわからない。
そもそも俺の事を知っているのか? だが、本当に知ってるならトレーニング頑張れなんて言わないだろう。
正確には『言えない』と思う。まともなトレーニングなんて出来ないのだから。
「……まあ、いいか」
気にしても仕方ないと頭を切り替えて、俺は医者が待っている病院へと再び向かいだす。
すまんな、ぶつかった後輩よ。とても残念だが俺が頑張るのはトレーニングじゃなくて治療なんだ。
もう泳ぐ気力を失ってしまった。
自分がどんな気持ちで水泳に臨んでいたかも上手く思い出せない。
しかし、もし叶うのであれば。
「また、前みたいに…………」
泳ぐことができたらどんなに良いだろう。
その時は、さっきの後輩ギャルのような子に応援してもらえばやる気も出るのだろうか。
そんな水泳馬鹿だった男のやるせない妄想はすぐにどこかへ消え去った。
けれど、この時の俺は知らなかったのだ。
ぶつかった後輩女子とは、割とすぐに再会することを。
そこからの出来事が、
――とても大切だったものを取り戻すための、リスタートラインになる事を。
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